Chapter2:鬼退治(4)
翌朝。
支度をして部屋を出ると、フロントにはすでに主人が起きていた。
そばのダイニングルームに朝食を用意してくれる。
「昨日の騒ぎは聞いたろう?ネビルの野郎ならしばらくは帰って来ん。こんなところにいてもいいことはないぞ。悪いことは言わないから、何も見なかった振りをして村を出なさい。」
「ネビル?」
親切そうな彼の口調の中に不可解な言葉を聞いた気がして、私はとっさに聞き返していた。
「ネビル・ハーネットさ。奴に会いに来たんだって、言ったろう?」
「ネビル・ハーネット?……アノルド・ハーネットではなくて?」
彼の表情が突然不信感をあらわにした。
私はどうも、また地雷を踏んだらしい。
「じゃあ、まさかあんたが……」
「そうよ、私よ!」私は我慢しきれなくなって言った。
「依頼を受けて派遣されたの。どうなってんの、この村は?全部きちんと説明してもらいたいわ。」
「あなた、お一人ですか。」彼は私の質問には無視して言った。
「そうよ、私一人よ。」私はふてくされて言った。
「なんだか知らないが、大枚払わされたわりに、ずいぶんおざなりなんですねぇ。こんなネェちゃん一人よこすなんてさ。」
頼りないネェちゃん一人で悪かったですね。
私だってこんなところに一人で来たくなぞなかった。
私はもう一度彼を見たが、彼は私が言い返す間もなくダイニングルームを出て行ってしまった。
「昨日もまた怪我人が出たんだ。できるもんなら早くやっちまってくれ。」
それだけを言い残して。
彼はアヴェンジャーへの依頼についてを知っていた。
そして私の様子から私が派遣されたアヴェンジャーなんじゃないかと推測した。
それは見事当たったわけだけど。
パンの味が全然しなかった。
昨日の若いおまわりさんも依頼のことを知っているようだった。
村中が、おまわりさんも含めてみんなでグルなのか。
しかし確かに、事情はどうであれ、さっさと犯人をとっちめてしまうことが先決のようだ。
村は海に向かった丘の上にあり、丘を下ると、防波堤の役割を果たす大きな段差にぶつかる。その段差の下から突然砂浜だった。
間近に見る海は、よく晴れた空の下、とても美しかった。
この美しい風景のどこかに、恐ろしい怪物が棲んでいるというのだろうか。
右手は白い砂浜、左手は途中から砂浜が切れて、ごつごつした岩場が続く磯になっている。そちら側は、村の東へ向かって丘の段差が徐々に急に、高くなっていく。
私はなんとなく左手の岩場の方にひかれて、左へ向かった。
すぐにごつごつとした岩場になり、歩きにくいことこの上ない。
辛抱して歩いていると、海岸線が左へ折れた。
こちら側は少し波が荒い。
岩の隙間に水が入り込んできていた。左側の、さっきまで丘だった部分はここまで来て、もう絶壁と呼んでもいいような高さになっている。
途中で、その絶壁の下に、砂浜が小さな広場を作っている場所があった。
私は久しぶりに砂浜に足をおろし、その壁をしげしげと眺めた。茶色い岩だ。コケや水生生物がまったく付いていないところを見ると、潮が満ちてもここまでは波がやってこないのだろう。
あれ……?
ぱっと見には分からないが、広場の中央で、壁に私の背丈の三分の二程の大きさの黒い亀裂が入っているのに気が付いた。
私は手を突っ込んでみた。奥が深そうだ。
洞窟?……お決まりだな、と思いながら、マジックトーチに息を吹きかける。ぼっと勢いよく火がつく。
会社から支給されたものだ。マジック技術の向上で、最近はずいぶん便利なものがたくさんある。
洞窟に入る時はろうそくの火を先に入れるのが決まりらしい。悪いガスが溜まっていたりすると死んじゃうからだ。
どうやら、トーチが吹き消えてしまうようなことはないようだ。
私は一つ深呼吸をして中に入った。