Chapter2:鬼退治(1)
ネルスターから手渡された資料によれば、事件が発生したのは私の住んでいるクラウドベリー・タンから高速飛行艇「スカイウォーカー」を二回乗り継いで55分程の、海辺の小さな村、ブルースプルス。
二回の乗り継ぎの後、小さなステーションをいくつか通り過ぎたが、ブルースプルスに近づくにつれて、徐々に人家がまばらになっていった。
大きな山を二つほど越えて見えてきた小さな集落が、ブルースプルスだった。
ブルー地区と言えば、高級住宅街と、その南の海辺のリゾート地、華やかなバカンスのイメージだが、ブルースプルスは、そう言った流れから取り残されたように、さびれた小さな漁村、という感じだった。
パレットの、こんな南の端っこに、人が住んでいるのだ。
小さくて質素で、こんなところで人が二人も死んだなんてちょっと似つかわしくない。
資料には、大雑把な村の地図が付いていた。ステーションが村の北西に位置し、村をはさんで反対側が海だ。村の東側からぐるりと南側まで海に面している。
ステーションから遠目にも青い水平線が見えた。
予約しておいた宿のチェックインまでまだ少し時間があったので、とりあえず依頼主の家を探すことにした。
村のメインストリートらしき道をステーションから真っ直ぐ南へ下る。
昼日中だと言うのに、村中がひっそりと静まり返り、人影一つ見当たらない。
…これほどまでか。何も知らない人間がこの村へ降り立ったら、さぞ気味悪く思うことだろう。
依頼主の名はアノルド・ハーネット。
この辺り一帯の大地主らしく、住宅はなかなか豪勢だった。おそらくこの村で一番大きな屋敷だろう。
私は、よく磨かれた黒い鉄格子に圧倒されながら、その脇についているインターフォンを押してみた。
しかし、反応がない。留守だろうか。
もう一度しっかり押してみるが、やはり反応はない。
鉄格子から中を覗いてみたが、どの窓にも白いレースのカーテンがしっかりと閉まっていて、中の様子は分からなかった。
「参ったわね。」
仕方がないので、宿へ向かうことにした。荷物を軽くしてから、また出直そう。
「静かねー。」
部屋の窓からは、海がよく見えた。
私の故郷は、海から遠くもなく近くもなくという場所にあったため、別段海と親しいわけでもなく、遠く憧れを持っていたわけでもない。
でも、窓から見えるブルースプルスの海は、穏やかで優しげだった。
再び出かけようとした私に、フロントに居た宿主が不思議そうにたずねた。
「こんなところに女の子が一人で、何しに来たの?まさかとは思うけど、自殺なんかしないでよね。そういうのにはうんざりなんだ。」
私は、知人を訪ねて来たのだと言ってごまかしておいた。
やはりこの村、“やつ”にそうとう苦しめられているらしい。
はじめの事件が起こったのは三日前。
一人目の犠牲者が出てから、二日とたたない間に二人目が殺された。
二人目が殺されてから今日までは、まだ“やつ”は現れていないらしいが。
今回の依頼は、「怪物退治」だった。
村の人々は“やつ”のことを、「人食い鬼」と呼んでいるらしい。
人間ではない、怪物。
実際にその姿を見たものによれば、おそろしく醜悪な姿をしていたのだと言う。
だが、人食い鬼に殺された、というだけで、具体的な事件の詳細は資料には何一つ書かれていなかった。
どこまでも不可解な依頼だ。
渡された資料には太字で大きく一つの条件が書かれていた。
「絶対に、事件の内容を、村の外、特に警察に漏らさないこと」
人が二人も死んでいると言うのに、始めの事件から三日、警察沙汰になっていないと言うのは、どういうことだ?
相手が「人食い鬼」だと言うぐらいだから、なにか尋常でない事情でもあるのだろうか。
どうも、マジックが絡んでいるにおいがする。だとしたら面倒なことになるぞ。
私は昔から、とことんマジックが苦手だった。学生時代も、基礎魔法の成績のせいで何度落第しかけたことか。
「なんでよりによってネルが居ない時に、こんな仕事をくれるのよ…」
私は一人で社長に毒づいた。