Chapter1:プロナの大迷宮(12)
しかし……
「させるか!」
転送装置の蒼い光の向こうから、転がるように一人の男が飛んできた。
ロンが呼んだアヴェンジャーの、ネルスターと呼ばれていた男だ。
「ネルスターさん?なぜ?あなたも地上へ逃げてください!」
「だから、あんたも一緒じゃなきゃ戻れないって、言ったろ?」
シエナは首を横に振った。
「ダメなんです。プロナを破壊したら、転送装置も壊れてしまいます。そうしたら、ここから地上へ戻る方法はなくなってしまう」
「諦めるのはまだ早い」
彼はポケットから黒いチョークを取り出し、床に何かの回路を書き始めた。
「なんですか?それは……」
彼は複雑な回路を一心に書き続ける。
「こんなもんかな」
しかし、出来上がったそれは、およそマジック回路とは言えない、簡略なものだった。
「よし出来た。簡易エレベータだ」
彼は手を広げて足元の象形を示す。
まさか。普段私たちが使うマジックのエレベータの回路はもっと複雑で、こんなに簡単に作れてしまうものではない。専門の教育を受けたマジックの技師が、様々な専用の塗料や用具を使って、緻密な計算を元に作られているもののはず。それを、簡易回路用のチョーク一本で描いてしまうなんて。
「こんなものが本当にちゃんと、機能するのですか……?」
「まぁ、ちゃんと機能するか、100%保障することはちょっと出来ないけど……。ほら、あんたは自分がやるべきことをやるんだ」
彼の目に迷いはないようだった。
シエナはそれに促されるように、プロナの破壊を実行した。
ァア――――――――――――――アァ―――――――――――――――――
耳をつんざくような幾重にも重なるうめき声、叫び声、それらが棺の部屋を完全に満たし、同時に強い光が辺りを包んだ。
ゴォ―――ッ。竜巻のように激しい力の波が、棺から立ち上り、それを受けて、すべてのものがあっと言う間に崩れ始めた。
足元が覚束なくなる。
ネルスターが瞬時にシエナの体を抱きとめ、先ほど作った簡易回路を実行した。
ネルスターの手と指が手話のように、何かの象形をなぞるように動く。目を細めて慎重に慎重に……
二人の体がふわりと浮かぶ。
確かにそれは、マジックのエレベータに乗った瞬間と実によく似た感覚だった。