Chapter1:プロナの大迷宮(10)
「キール!聞こえるか?魔力だ!魔力を解放しろ!!」
「え!?なに!!?」
雪崩の向こうから、ネルの声が聞こえてきた。
「銀のブレスレットだ!」
私はようやく意を得て、先ほどシエナにもらった左手の銀の腕輪を一思いに取り払った。
とたんに、ナイフに書かれたマジック回路が光りだす。私のナイフには、ナイフの切れ味を上げるための回路が書かれているのだ。
威力を上げたナイフはずばりと亡霊を切り払った。
「こいつら、人の魔力で出来てるから、魔力による攻撃しか当たらないらしい!」
すごい。そうか……ようやく私は「魔力を遮断する」の意味を理解した。
人間の魔力は、常に外へ解放されている。普段我々は、その魔力をマジック回路に流すことで魔法を使っているのだが、魔力が体から外へ流れ出す出口を、完全にシャットアウトする方法があるらしい。私の場合はさきほど、シエナにもらった銀の腕輪によって。ネルやティナは、自力で魔力を遮断する方法を知っていたのだろう。
そんなら!
私はマジック回路が書かれたブーツで蹴りを食らわせながら、ナイフを振り回し、亡霊を次々と撃退した。だが、倒す端から後から後から沸いて出るように現れる亡霊たち。状況は先ほどとさほど変わっていない。
「ティナ、平気!?」
「な、なんとかー」ティナの情けない声が聞こえてくる。
どうすりゃいいんだ。ネル、なんとかしてよ!
心の中で叫んだ瞬間だった。
嵐がやむように、すっと亡霊たちの動きが止まった。
台風の目のように開けた白い箱の前でたたずむシエナが驚いた顔をして、二体の亡霊と向かい合っていた。
「お父さん、お母さん」
まるで、時間が止まったかのような長い沈黙の後。
「……分かりました」
シエナが二人に向かって、こっくりとうなづく。
その様子が見えたあと、再び嵐が巻き起こるように、亡霊たちが動き始めた。
「みなさん、なんとかあの白い箱の上に上がってください!それが、転送装置なんです!」
シエナの声が響く。
私はなんとかティナのところまで辿り着き、その手を左手でつかみ、右手のナイフで亡霊を切り倒しながら白い箱へと進んだ。
「ほらティナ、もうちょっとよ!」
「す、すみませんキールさん。ボク、科学者なので戦う方はちょっと苦手で……」
白い箱が見えた!
「ティナほら、上がって!」
私は亡霊たちの手からティナを引きちぎるようにして、無理やり白い箱の上へ引き上げた。
箱の上へ上がると、その上へは亡霊たちは上がって来れないようで、ようやく一息つくことができた。ロン・ギルバートを抱きかかえたネルスターも、どうにかここまで辿り着き、ロンを白い箱の上へ横たえた。
最後まで押し問答をしていたのは、シエナとミカヤだった。
「シエナ!」ネルは箱の上からシエナに手を差し伸べ、彼女の手を取ろうとした。
しかし、シエナは首を振った。
「ミカヤ。本当は私、あなたがここを出ると言ったとき、さびしくてたまらなかった。だから、あなたがここへ帰ってきた時、ほんとうに、嬉しかったのよ」
亡霊たちのうめき声の向こうから、シエナの声は凛と響いた。
シエナはミカヤを白い箱へ向かって思い切り突き倒し、
「私はあなたを信じてるから」
微笑んで告げた。
それから何が起こったのか、私にはよく分からなかった。
一瞬のことだった。
ぴぃーーーーーーーーーーーーーーん
図書館からここへ転送されてきた時と同じ、明るい音。
足元の白い箱が青白い光を放つ。
「シエナ!!」
ミカヤが叫んだ。
「させるか!」
かろうじて聞こえたネルスターの声。