Chapter1:プロナの大迷宮(9)
ネルスターのマジックは〝イタン〟ではないが、通常のマジックとは少し異なる。
彼が名づけたところによると、〝回路補完式〟魔法。通常複雑な回路を必要とするマジックを省略し、単純な回路だけで同じ効果を発揮させてしまう。時には回路すら省略する。
ネルスターはいつか言っていた。
例えば、毎日毎日同じ“コンロ”の 回路を使い続ける主婦は、勘のいい人なら、回路がなくても炎を発生させることができるようになるのだ、と。
つまり回路と言うのは、人間の魔力をどのような筋道で流せば(どのような形態にすれば)炎になるかを指し示すものなのだ。回路さえあれば、どんな人間も、ただそれに魔力を流すだけで魔法が使える。
だから、逆に言えば、回路に魔力を流す時の感覚さえ正確に覚えてしまえば、回路がなくてもマジックは使えるのだ。
言葉で言うのは簡単だけど、もちろん普通の人にそんなことはできない。(私なんかには到底無理。)魔法回路というのは非常に複雑なもので、少しの微妙なずれも許されないものだからだ。
「なんのつもりだ…部外者は口出ししないでもらいたい」
ミカヤが頭を押さえながらふらふらと起き上がり、対峙する私達を鋭い瞳で睨みつける。
「たしかに俺達は部外者だ。あんたが誰かも知らないし、こんな遺跡に興味はない。俺達は、依頼主ロン・ギルバートの依頼を忠実に遂行するまでだ。アヴェンジャーの名にかけて」
ネルが不敵に言い放った。
そして、首をすくめ、辺りを見回しながら苦笑気味に付け足す。
「それになんか、マズイことになって来てるみたいよ?」
ァア―――――――――――――ア――――――――
私は思わず体をすくめていた。
突然、声の主が現れた。
「なんなのよこれ!」
ゾンビのように、次から次へと現れる亡霊たち。
その姿は鎧をかぶっていたり、旅人風の服を着ていたり。老若男女あらゆる人間の形をしたものが、この部屋へ一斉になだれ込んできた。
「プロナの最終防衛手段が働いたようです。普段は魔力の温存のため、使われない手段が」
亡霊は実体を伴っていた。私の手、足、体を、手に手に掴み、プロナの壁の中へ引き入れようとする。気持ち悪い。
私はナイフを抜き、亡霊たちの手を振り解きながら、手当たり次第に斬りつけた。しかし、ナイフはたしかに当たっているはずなのに、ぐにゃりとした感触で全く手ごたえがない。
「どうなってるの!?」
ティナは大丈夫か?亡霊たちの雪崩の向こうに、辛うじてティナの茶色い髪の毛が見え隠れしている。
どうすればいいのだ、このままでは引き込まれる…!!