Chapter1:プロナの大迷宮(8)
「どうやら、もうあまり時間もないみたい。私は、この兵器を壊します」
「そうか。それなら、仕方がない」
ミカヤは目を伏せ、くるりと後ろを向くと、部屋の奥へと歩いていった。
そこで私は初めて、その奥の暗がりの闇の中に何かが、うずくまるように横たえられていることに気づいた。
それは……人?
男はその肩をつかみ、ゆっくりと起き上がらせた。
「ロン……!!」
シエナの悲痛な叫び声が部屋に響く。
駆け寄ろうとするシエナを前に、彼は「来るな!」と厳しく言い放ち、その首もとに刃物を突きつけた。
「ダメ!ロン、魔力が……!」
ロン・ギルバートは憔悴しきっていた。それは、先ほどまでの私と全く同じ症状だった。彼もまた魔力を遮断する術を与えられず、魔力を奪われたらしい。
ミカヤは思いつめた様子でも、取り乱した様子でもなく、冷静だった。冷静にロン・ギルバートの肩をつかんでナイフを突きつけ、真剣な眼差しでシエナを見ていた。
「どうしてよ……」
シエナもまたミカヤを真っ直ぐに見据え、静かに涙を流した。
「どうして……」
シエナは繰り返し問いかけた。その度にとめどなく涙が流れる。
「俺は本気だよ。シエナがあくまでこの貴重な魔法文化遺産を破壊してしまうというのなら、オレはこの人を傷つけることすら厭わない。シエナ、もはやライトフォーリッジの血を受け継ぐのは、君一人だ。〝プロナ〟を起動できるのは、君しかいないんだ。力を貸してくれ」
私は何も出来ず、固唾を飲んでただシエナの横顔を見ていた。
彼女はミカヤを見つめたまま、身じろぎもしない。
「……ミカヤ。」
二人の間の緊張をほどくように、ロンの低い声がミカヤを呼んだ。
「ミカヤ。私は正直言って、お前が政府に入ることを心配していた。あまりに正直すぎ、素直すぎるお前が、中央の汚い、世界の裏側を見たら、どうなってしまうか。心配していたんだよ」
ミカヤは微かに表情を変え、ロンの横顔を見つめた。
「だがそれは、杞憂だったようだ。私は、お前を見て安心したよ。お前は政府に入ってもなお、昔と変わらずそうして真っ直ぐで、世の悪に真っ向から向き合おうと言うんだね」
ロンはミカヤに掴まれた肩をそっと押さえながら、自分の足でしっかりその場に立った。
「ミカヤ、それならばお前が、シエナに力を貸してやって欲しい。彼女はずっと一人ぼっちだった。彼女もまた、一人で政府と戦おうとしているのだ。ライトフォーリッジに残る魔法を、政府の手から守ることでね」
ロンの声は、教師らしく、優しく穏やかだった。
「ロン……」
ミカヤの静かな声に、微かな動揺が走る。
――キール、今だ、フォーメーション・B。
私の隣でネルスターが囁いた。フォ、フォーメーションB?って、何。
え、えっと取りあえず、
私は走り出し、ブーツを蹴り上げてミカヤの肩を蹴倒した。ブーツの回路が機能しなかったので残念ながらいつも通りの蹴りはお見舞い出来なかったが、どうやら不意打ちを喰らったミカヤは後ろに倒れた。
「失礼。大切な依頼人を傷つけられるわけにはいかないんでね」
ネルスターはすかさず崩れ落ちるロンの体を抱きとめた。きゅきゅきゅきゅっとすばやくその首筋に回路を書く。
「こんなもんか?」
「なにそれ、魔力回復の回路?」
「基礎代謝魔力量を低下させる魔法。」
ネルは得意げに言う。