Chapter1:プロナの大迷宮(6)
「この迷路はいったいなんなの?誰が、いったいなんのためにこんな大掛かりなものを造ったの?」
私は、ネルスターに重ねてシエナに問う。
「シエナさん。ボク、この地図を見ていて気づいたことがあるんです。」
沈黙を保ったままのシエナの代わりに言葉を発したのはティナだった。
「ネルスターさんも、見てみてください。」
ネルスターはティナに手渡されたマジックマップを眺めた。
はじめは眉をひそめて首を傾げていたその顔が、次第に驚愕の表情へと変化する。
「まさか…これって…」
「ええ。一見分からないんですが、よく見てみると、パターンがあるのが分かります。」
パターン?
私も一緒にマップを見てみたが、私にはなんのことかさっぱりだった。
「これは、回路なんです。」
回路…?
私は改めてマップを見た。たしかに、言われてみると回路のようにも見えてくる。
「ほんとうに、途方もないほど巨大な、マジック回路。大きさに目をくらまされてしまうので、ボクもはじめは気づきませんでした。でもこれ、ボクらが日常的に使っている回路と非常に似通った構造をしてる。」
「いや、でもヤバいだろこれ。もし魔力が流されたとしたら、この街全体…いや、もしかしたらもっと広い範囲が吹っ飛ぶんじゃないか?」
さすがネルスター、回路の構造を見ただけでどんな効果を持つ魔方陣か分かったらしい。
「そんな…でも、こんな大きな回路に、いったいどうやって魔力を流すのよ。だいたい…これだけの回路動かすのに、いったいどれだけの魔力が…」
…ってもしかして、だから、
「だから、…侵入者の魔力を吸い取ってたっていうこと…?」
「ええ。その通りです。」
シエナ・アルトゥが、観念した、というように私の言葉を継いだ。
「もともとは、この迷宮の最奥にあるライトフォーリッジの代々の王族を祭る墓を守るための迷宮と、その防衛装置だったものです。それを先の戦争のおり、パレットへの最後の抵抗手段として、さらに巨大なものへと造り変え、強力な兵器とした。古代から延々と蓄え続けた魔力はもう充分に満ちています。これを起動し、操作すれば、遠隔地を攻撃することもできる。でも結局、その威力の大きさゆえに、実際使われることはなく、王国は滅びました。」
シエナは静かに語り続ける。
「プロナの存在を知っていたのは、王国の中でも、ほんの一握りの人間だけでした。そして、それを起動させられるのも、王族の直系の血をひく者のみ。彼らは戦後も、いつかライトフォーリッジの王国が復権することを夢見て、この遺跡だけは、政府の目からさまざまな手を使って、巧みに隠し通したのです。
でも、そうした王国の生き残り達も、一人また一人と、密かに消されていきました。戦後の、反政府分子を潰すための、パレット政府のいわゆる“イタン政策”の名のもとに。」
「シエナさん…、ボクはもう一つ、気づいたことがあるんです。あなたが一人でこの迷宮へ下りた理由は、これを、破壊するためではありませんか?」
シエナの肩が一瞬震え、透明な水晶をあしらった耳飾が、きらりと揺れた。
「ええ…。そうです。」
「やっぱり。…あなたの“研究”とは、この巨大な兵器を滅ぼすためのもの。そして、あの赤い呪文のようなマークも、その為のなんらかの措置ですね。」
「そう。私は、ずっと、プロナの研究を一人で続けてきました。ライトフォーリッジが、最後に残したあの巨大な図書館の、莫大な書物の中に、祖先が密かに残したプロナの封印の方法が暗号のように散りばめられていた。正しい方法で破壊しなければ、プロナは暴走する危険をはらんでいるためです。」
ァア―――――――――ア――――――
突然、どこからともなくうめき声とも叫び声とも取れないような、くぐもった声が、遠くから聞こえてきた。
「何、あの声?」
高い女性の声、男性の声、様々な声が折り重なったような異様な響きの束。
「まずいですね。時間がない。異物が長時間存在し続けていることを、プロナが察知したようです。」
シエナは薄暗い通路の奥を睨むように見つめながら言った。
シエナは私を助け起こしながら立ち上がると、
「魔力の遮断はしましたね?行きましょう。間もなくこの先が、迷路の最終地点。祖先の霊が眠る場所です。」
私たちを促して迷路の奥へと歩き出した。