Chapter1:プロナの大迷宮(5)
「オマエ、ほんとに大丈夫か?真っ青だぞ…」
「大丈夫よ。それより、はやくティナのところへ戻らないと。」
ネルはふらつく私の足どりを見かねたのか、体を支えてくれた。
ティナは、私たち二人が道を引き返したことにも気づかなかったかの様子で、じっと地図に見入ったまま、通路の真ん中に突っ立っていた。
「うーん…。これは…」
マジックマップを見つめたまま、口元に手を当ててぶつぶつと何かつぶやいている。
「さっきから引っ掛かっていたんですが…これってもしかして…」
突然すたすたと前へ歩き出すティナ。
「おいおい、お前までどうしたんだよ。」
慌ててその後ろを追いかける。
「そうか…やっぱり!!」
「ちょっと待てって…!」
すごい速さで歩き出すティナとそれを追いかけるネルに追いつこうとして、私の疲労は頂点に達した。
「うっ…」
二人を呼ぶ声すらあげられず、その場に倒れこむ。
はぁ…はぁ……はぁ…
呼吸がうまく出来なくて、荒い息をしながら、片膝をついて俯き、遠のきそうになる意識をかろうじて繋ぎ止めていた。
体に全く力が入らない。
ネル…助けて…!
だが、私を助け起こしたのはネルではなかった。
ネルたちが走っていった方向とは反対の方向から現れた人影。
私は思わず体を硬くした。
「どのぐらいこの状態でここに?」
その人は私を助け起こしながら、逼迫した声で言った。
その姿を見て、はっとして見惚れていた。
さらりと揺れる長い金髪。伏し目がちな深い藍色の眼。
白くやわらかな装束を着た、美しい女性だった。
「ひとまず、これと。これをお飲みなさい。」
彼女は銀の腕輪を私の左腕に付け、ハッカの飴のような、白い丸いものを私の口に押し込んだ。
私は抵抗が出来る状態でもなかったのだが、直感的にこの人がシエナ・アルトゥだと思い、されるままになっていた。
「シエナ・アルトゥ…?」
ようやく私の異常に気づいて戻ってきたネルが、彼女を見て言った。
「なぜ、私の名を?あなた達もプロナを狙ってやってきたのですか。なんの予備知識もなく、ここに立ち入るなど、愚かな。」
彼女はあくまで静かな声音で言った。
私は彼女の支える腕の中で、次第に呼吸が正常に戻るのを感じた。
「違うわ。私たちはアヴェンジャー。あなたの育ての親、ロン・ギルバートの依頼で、あなたを助けに来たの。」
「ロンの?」シエナは目を見張った。
「ああ。あんたのことを相当心配していた。自分が助けに来られないからって、俺達に依頼を出したんだ。」
「…そう、ロンが。」
彼女は静かにうなづいて、その後、厳しい口調で言った。
「ひとまずあなた方も、魔力をシャットダウンしなさい。できるでしょう?この腕輪はひとつしかありませんから。」
「魔力をシャットダウン?」私は意味が分からず問い直した。
「この迷宮は、人の魔力を吸って生きている…ですね?」
いつの間にか戻って来たティナが言った。
人の魔力を吸って…?
魔力は、パレットに生きる者が、物理的な体力とは別に持つもので、体力と等しいものだ。
だから、一番魔力の弱い私が、真っ先にやられたと言うわけか。
ティナはどうか知らないが、とりあえずネルの魔力は無尽蔵だと思う。
「そうです。…しかも、魔力を取り込まれた分だけ、その人の“存在”そのものも奪われる。完全に“存在”を奪われた者は、生きる屍と同じ。二度と元の姿に戻ることもできず、ただこの迷宮を彷徨い続けるだけです。」
私は背筋が寒くなった。
「じゃあ…さっき見たのってまさか、私…」
「自らの姿を見ましたか?相当に危険な状態です。ここでプロナに存在を取り込まれた者が過去にどれだけいるか。プロナはそうした、過去にここを訪れた者たちの魔力を蓄え続けているのです。」
彼女はそこで一度言葉を区切り、私たちを見渡して宣言するように言った。
「私にここであったことを幸いと思って、地上へ戻りなさい。今すぐ地上に戻れば、あなた達の魔力も、いずれ正常な値まで回復するでしょう。」
「そうしたいのは山々だが、あんたも一緒じゃなきゃ戻れない。あんた…なんでわざわざこんな危険な場所へ?」
ネルの問い掛けに応えず、彼女は沈黙した。