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「大丈夫ですよ、糸さん」糸を見て湖は言った。

「大丈夫?」糸は言う。

 糸は湖を見る。

 糸はいつの間にか泣いていた。

 その涙は糸の真っ白な頬を伝って、ぽたぽたと糸のきている着物の腿のあたりを濡らした。

「はい、大丈夫です。兄さんは絶対に帰ってきますよ。きっともうすぐ、いつもと同じようにぼんやりとした顔をして、何事もなかったかのように、帰ってきます。このお家に。きっと、絶対」

 湖は言う。

「絶対」糸は言う。

「はい。絶対です」ふふっと笑って湖は言った。

 湖は自信満々の顔でそういった。

 湖には兄の清志郎がこの若草家に帰ってくるという絶対の自信があった。なぜならあの、優しい兄がこんなにも可憐で、か弱くて、心細くで、泣いている糸のことを放っておいて、どこかに旅立ってしまうなんてことがあるはずがないとわかっていたからだった。

「兄さんは絶対に迎えにきてくれるんです」と湖は言った。

「迎えに?」

 自分が泣いていることに気がついて、顔を真っ赤にしながらその涙を着物の袖で拭っていた糸がいう。

「はい。いつも絶対に私のことを迎えにきてくれます。私を一人になんてこと、絶対にそんなことを兄さんはしないんです。子供のころからずっとそうだったんです。きっと今もそうです。そうに違いありません」

 湖は少しだけ畳の上を座り直すようにして移動をして、糸の手の上に自分の手を重ねた。

「だから大丈夫ですよ、『姉さん』」

 にっこりと笑って、湖は言った。

 湖が糸のことを姉さんと呼んだのは今日が初めてのことだった。


「ただいま」

 そう言って清志郎が帰宅をしたのは午後十時を過ぎたころだった。

 そんな清志郎に玄関先で「兄さん。遅いですよ。姉さんのことを一人にして、今までどこに行っていたんですか?」と物凄く怒った顔をして、湖は言った。

 清志郎は若草家に妹の湖がこんな遅い時間にいることに(それから、もしかしたら湖が糸のこと姉さんと呼んだことに)驚いた顔をした。

 それから湖の後ろにいる糸を見て、助けを求めるような顔をした。

 そんな清志郎の顔を見ながら、糸はごめんなさい、清志郎さん、と口だけを動かして清志郎に言ってから、小さくその赤い舌を出して笑った。


 悲しいことがあったんです。


 ねえ、一緒に帰ろうよ。 終わり

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