断罪された元公爵令嬢は、毒舌従者のお菓子がお好き。婚約破棄に国外追放、記憶喪失に神殿出禁と地味に詰んでますが、幸せなので不満などありません
『お前のような女は、断じて許しがたい。極刑を言い渡すつもりであったが、聖女が望まぬゆえ、国外追放とする。温情に感謝するといい』
『嫉妬に狂い、聖女さまを傷つけようとした罪はどれほど言葉を重ねたところで贖えるものではありません。生涯をかけて償っていく所存でございます』
『どうぞ、お元気で。あなたの人生に幸多からんことを』
とある街の広場では、旅芸人の一座が今流行りの舞台を披露していた。王都で実際に起きた断罪劇が元になったということもあり、周囲の観客は大興奮だ。拍手と歓声、そして多くの野次とおひねりが飛び交っている。いやあ、儲かってるなこの一座。私にもちょっとおこぼれわけてくれないかな。買ったばかりの糖蜜飴を揺らしながら、地面に転がったお金を数えてみる。
王太子が婚約者だった公爵令嬢の罪をつまびらかにして彼女を追放、真実の愛で結ばれた聖女へ求婚を行うというここ一番の見せ場で、人だかりから離れて歩き始めた。この手の劇は嫌いではないのだけれど、見ているとつい茶々を入れたくなってしまう。盛り上がっているところに水を差すのはよくないからね。主に安全を確保するという意味で。
「おや、もう見物はおしまいですか。お嬢さま」
「ロベルタって呼んでよ。元公爵令嬢だってバレたら、石を投げられるだけじゃ済まないって言っていたのはサディアスでしょう?」
「その名前をわたしが呼ぶことは一生ありませんので」
「ひどい。もう少し敬ってくれてもいいんじゃない?」
「こういう状況に陥ったのは、ご自身の責任です。石を投げられるのがお嫌なら、軽率な過去の自分を省みてはいかがでしょうか」
「ううう、サディアスがいじめる……」
聖女へ嫌がらせをしたとして、王太子から婚約破棄されたあげく、国外追放の刑に処された元公爵令嬢。観客の皆さんは、ざまぁされた元公爵令嬢がすでに儚くなっているとお思いのようだけれど、憎まれっ子世に憚る。私は今日も元気に従者のサディアスとの旅を満喫しているのだった。
***
この国の王太子の婚約者だった私は、かなり傲慢な性格をしていたらしい。身分や礼儀作法にうるさく、秩序を乱すものを厳格に処分してきたのだとか。
婚約者を差し置き、あからさまに聖女に好意を示すようになった王太子に危機感を抱いたあげく、聖女襲撃を企てたそうだ。結局襲撃は未遂に終わり関係者は捕縛されたが、極刑を望まなかった聖女のおかげで国外追放されるに留められたのだという。
すべて伝聞系なのは、私には記憶がないから。それだけ婚約破棄が衝撃的だったのかもしれない。
「いやいや、聖女の温情とか今まで何不自由なく暮らしてきた公爵令嬢を着の身着のままで追放したら、国境に辿り着く前に野垂れ死ぬか、人さらいにあって売り飛ばされるかのどっちかでしょ」
「自分の手を汚さずに相手の人生を終了させることができるという意味では良い方法でしょうね」
「聖女さま、えげつないわ。そうでなくとも、面倒な犯罪者を追放という形で隣国に押しつけてるわけだし」
「しょせん死人に口なしですから」
「殺す気満々だ!」
物騒過ぎる結論に切なくなった私は、ほろ苦い思いをなだめるべく手元の糖蜜飴を頬張った。甘ったるい味が口いっぱいに広がっていく。
「甘いものはやっぱり正義ね」
「お嬢さま。一体どんな食べ方をしたら顔中がべとべとになるのですか?」
「本当になんでなんだろう」
「まったく、両手もべたべたじゃないですか。幼児くらいですよ、こんなことになるのは」
「大丈夫よ、どんなおやつよりもサディアスの手作りお菓子が一番美味しいから」
「ごまをすったところで本日の手作りおやつはありません」
「酷い、意地悪だわ」
サディアスの言葉に泣き崩れる真似をしてみたものの、あっさり無視されてしまった。
「そもそも朝から宿屋でかなりの量を食べ、観劇しながら買い食いをしていますよね。その挙句、もうおやつの話ですか。お嬢さまの図太さと鋼鉄の胃袋が恐ろしいです」
「だって、サディアスの作るお菓子は特別なんだもの」
「お腹が痛くなっても知りませんよ。わたしたちは神殿への立ち入りを禁止されているのですから」
「それは本当にごめんなさい」
病気や怪我をしても、普通なら神殿所属の聖女や薬師たちが分け隔てなく治療してくれる。神殿を出禁にされたということは、人生終了のお知らせと言っても過言ではない。
「婚約破棄に国外追放、神殿出禁とか本当に詰んでる」
「まったく、他人事のようにおっしゃって」
「だからごめんって。でも『お前があの悪辣非道の公爵令嬢なんだぞ』って言われてもぴんと来ないのよ。サディアスが言ったみたいに、他人事みたいな感覚しかないの」
少しばかり口をとがらせつつ、サディアスの顔を見上げる。ほんのりと嫌そうに眉をしかめたその姿さえも美しい。いつ見ても元気が出る文句なしの美形だわ。記憶を失う前の私も、浮気した挙句自分の心変わりを正当化する王子さまなんかに執着せずに、サディアスに乗り換えればよかったのに。
口は悪いけれど、頭もいいし武術も完璧、しかもお料理だってめちゃくちゃ上手。お嫁さんにするなら、最高の相手。
「勝手にわたしをお嫁さんにしないでください」
「あらやだ、つい本音が」
「お嬢さまは、基本的にすべての感情が漏れっぱなしですよ」
「嘘でしょう? まあ、いいか。別に減るものでもなし」
こちらを見据えてくるサディアスの言葉が冷たすぎて、私はついつい笑ってしまった。私の旅に同行することになったのは、貧乏くじを引かされたからだとこぼしている彼だけれど、なんだかんだで気持ちよく会話ができている。もしかして、意外と昔から結構仲が良かったりして?
「でもさあ、覚えていないってことは、そう大した記憶じゃないと思うのよね」
「なるほど。今までの記憶に大事なものはなかったと。お嬢さまの考えはよくわかりました」
「あれ、サディアス、何か怒ってる?」
「怒ってなどいません」
「ちょっとやだ、怒ってるじゃない」
「しつこいですよ」
なぜかすっかりへそを曲げてしまったサディアスは、結局それからしばらくの間口を利いてはくれなかった。
***
サディアスが再び私に声をかけてくれたのは、とある店に立ち寄ったときのことだった。
そこは小さな露店で、各種さまざまな髪飾りを売っている。綺麗なものを見るのは好きだ。不器用な私では、自分の髪をまとめるのも覚束ないけどね。簪一本で髪の毛をまとめるなんて、魔法みたい。
きらきらと輝く櫛や簪を見ていると、店番をしていた女の子にとっておきとやらを見せつけられた。
「うちの店はね、手頃な木の簪も売っているんだけど、大切なひとに贈るならやっぱり銀細工の髪飾りだよ。こんな可愛い恋人に、自分の色の飾りひとつつけさせてやらないなんて、お兄さん、本気? 男がすたるよ」
初対面とは思えない女の子の商売文句に、思わず笑ってしまう。普段は親御さんにくっついて、仕入れの現場にも出ているらしい。ちょうど運悪く捻挫してしまったせいで、留守番を命じられているのだとか。彼女のこましゃくれた物言いが可愛らしくて、つい合いの手を入れてしまった。
「でも、こういうのってお高いんじゃない?」
「そこがうちのすごいところでね。この飾りは、宝石なんだけど、ネックレスや指輪には使えない小粒のものを使って、ふんだんに飾りつけを行っているんだ。だから他の店よりも、安く仕上げられるってわけ。これだけの品物をこの価格で売っているのはうちだけさ。この髪飾りは、お兄さんの瞳の色にそっくりだろう? ちゃんと虫除けをつけてないと、横からかっさわれるよ」
「あははは、かっさらわれてみたいもんだわ」
私は笑ってのっかるが、サディアスは無言のまま。
サディアスのことだ。「このひとは、わたしの奥さんでも恋人でもありませんので」とでも言って、女の子のことをあしらうだろうと思っていたのに、何やら渋い顔をしている。
さすがにあんなに小さな女の子に、大人げないことをするわけにはいかないと思っているのかもしれない。それならば、ちょっとばかりおねだりをしてみようか。
「私、あの髪飾りがほしいわ。サディアスの瞳の色にそっくりだもの。ねえ、お願い!」
私の言葉にサディアスは、ますます不愉快そうに顔を歪めた。
やはり追放された元公爵令嬢が、髪飾りなどという腹の足しにもならないものを欲しがったからだろうか。私は少しだけしょんぼりしつつ、自身の財布を取り出した。
「お嬢さま、何をしていらっしゃるのです?」
「自分のお小遣いから買おうと思って。しばらくおやつを我慢すれば、なんとか買えそうな値段だし」
「おやつを我慢してまで欲しいんですか?」
「そうよ。似たような髪飾りはまた見つかるかもしれないけれど、あの石にはもう出会えないだろうし。翡翠葛によく似たエメラルドグリーン。大好きなあなたの色だわ」
微笑みかければ、サディアスはぷいと顔を横に背けた。
「翡翠葛ですか。絡みついて鬱陶しいと?」
「そういう意味じゃなくて。翡翠色で綺麗だって言いたかったの」
「言い訳は結構です。買いますよ。買えばいいんでしょう」
「いや、迷惑みたいだし私が自分で買うから」
「お金の管理をしているのはわたしですから。結局は同じことです」
「……ごめんなさい」
それを言われると困ってしまう。手持ちの路銀が心もとなくなるたびに、ギルドでちまちまとした依頼をこなしてお金を稼いでくれるのはサディアスなのだ。
思わずうなだれていると、女の子に耳打ちされた。
「気にしちゃだめよ。そういう言い方しかできないひねくれ者っているんだから。念入りに準備をしてデートに誘ったのに、『ちょうど暇だから声をかけただけ』って言っちゃうひととか。わざわざ贈り物を用意したのに、『自分には不要なものだから』といってあげるひととか。馬鹿みたいよね」
なるほど、店番をしていると大人の本音と建前と言おうか、なんともツンデレな人々を見ることになるらしい。だが、毒舌サディアスがツンデレなんてことがあるのだろうか?
そして今更ながらにおねだりしたことが恥ずかしく思えてきてしまった。
「大丈夫よ。絶対に似合うわ。だってお姉さんは、聖女さまにそっくりだもの。あの色は、聖女さまにこそ相応しい色なのよ」
自分を追放した相手に似ていると言われても、どう反応してよいものやらわからない。大体、聖女さまと自分では髪の色も目の色も違う。何をどう勘違いすれば、そっくりだなんて言えるのだろう。もしかしたら、「美人」の代名詞が「聖女さま」ということになるのだろうか。
妙な気恥ずかしさを覚えるのは、やはり今までの聖女さまとの確執によるものなのかもしれない。
髪飾りを受け取ったものの、どうやっても髪にうまくさすことができない。普通はさらりと髪に飾り、「どう? 似合う?」なんて聞くものなのだろうが、なんともしまらないことだ。
「さあ、こちらへ。どうせあなたは自分で髪をまとめられないでしょう。わたしがつけますから」
サディアスに言われて、大人しく身をまかせることにした。
「まったくお嬢さまは本当に不器用ですね」
「公爵令嬢だったのなら、自分で髪をまとめる必要なんてなかったんじゃない?」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
「え、違うの。もしかして、令嬢でも自分で髪くらいまとめられるものなの?」
私の質問は、こちらを小馬鹿にするように鼻で笑ったサディアスによって流されてしまった。
「何も覚えていなくて、本当に気楽なものですね」
翡翠葛の花言葉は、「わたしを忘れないで」。いつもと変わらず憎まれ口を叩くサディアスがどうしてだか泣いているような気がして、私はゆっくりと目を瞬かせた。一瞬だけぴりついた空気を変えてくれたのは、店番の女の子だ。
「お買い上げありがとうございます!」
「こちらこそ、素敵な品物をありがとう。あなたの怪我が早く治りますように」
そう告げて、私たちは店を後にした。
***
その夜のことだった。宿泊していた部屋に戻り、宿の食事処を利用しようと思っていたところで、サディアスが叫んだ。
「お嬢さま、お逃げください」
一階から私達を探す誰かの声が聞こえる。王家や教会が今後の憂いを断つために掃除を試みているのかもしれない。
もしかして……と考えたことはあったけれど、実際に目の当たりにすると足が震えて仕方がなかった。すぐに窓に向かって走り出す。万が一に備えて、避難経路は確保してあった。逃げ方についても叩き込まれている。だから、きっと大丈夫。
「サディアス、怪我だけはしないで!」
「無茶をおっしゃいますね」
「相手を傷つけないでなんて言わない。どんなことがあっても生き残って。そして私を迎えに来て!」
「承知いたしました」
私はサディアスの言葉を信じて、降りしきる雨の中を町外れの森に向かって駆けた。
夜の森は真っ暗だ。何も見えない。聞こえるのは雨音だけ。気がついた途端に急激に心細くなった。サディアスが一緒に旅についてきてくれているのは、それが仕事だから。「貧乏くじを引いた」という彼の言葉が、不意に胸を刺す。
サディアスは本当に探しにきてくれるのだろうか。だって彼は、私のことが大切でそばにいてくれているわけではない。先程だって、さっさと私を差し出して終わりにしても良かったはずなのに。
嗚咽が漏れそうになって、必死で飲み込んだ。お腹が空いているから、嫌なことを想像してしまうのだろう。こういうときこそ、ちゃんとごはんを食べなくちゃ。雨に濡れないように大きな木の陰に座り込んだ。
肌身離さず持っている巾着袋の中には、サディアスお手製の携行食が入っている。普段おやつとして食べても問題ないくらい美味しいショートブレッドなのだけれど、手軽に栄養を取れるため食べ過ぎには注意しろと散々言われていた。今こそ、この美味しさを堂々と味わうとき!
ふわりと広がるバターの香り。口の中の水分を全部持っていかれそうになって、少しだけ笑った。
『こんなに美味しいのだから、お茶があればいいのに』
『敵から逃げつつ、お茶が飲めるわけがないでしょう。沢の水ですが、泥水でないだけ感謝してほしいものです』
『ありがとう。浄化の魔法をかけたから、半分こしましょ』
『わたしは飲まなくても死にません。さあ、早く召し上がってください』
『あら、回し飲みでも別にいいじゃない。もしかしてサディアスって』
『な、何ですか』
『潔癖症なの?』
『……はあ』
『どうして残念な生き物を見る目で私を見るの?』
ああ、懐かしいわ。あのときは、サディアスと一緒に逃げたのよね
……前って、いつのことかしら。こんな事態、旅に出てから初めてのはずなのに。一体誰から逃げていたのだったか。
ずきりと頭が痛み、私はゆっくりとまぶたを閉じた。
***
とろりと柔らかな緑に包まれていた。このままずっと眠っていたいけれど、なぜか目覚めなければいけないような気がした。
――……さま。ジェイドさま――
知らないはずの名前を、馴染みのある声が呼ぶ。
あたたかく柔らかな何かが、私の唇に触れたようだった。それとともに、とろりとした魔力が注ぎ込まれる。
ああ、思い出した。あの日も、こんな風に雨が降っていたわ。
『王太子の手籠にされたくなければ、その男を連れて今すぐこの国を出て行きなさい』
泣きながら、ロベルタは言ったのよ。真っ直ぐで純粋な私のお友だち。
一番悪いのは王太子だったと思っている。次点で、皮算用をしてしまった王家と神殿か。本来、聖女が聖女である限り婚姻などできないし、私は王太子に対して、友人の婚約者以上の気持ちなど持ち合わせてはいなかったというのに。
あんな男なんて捨ててしまえばいいと思っていたけれど、それでも彼女は彼のことを愛していたようだったから、一芝居打つことにした。ままならぬ恋心を抱えた者同士だったからこそできた究極の選択。
私はロベルタのふりを、ロベルタは私のふりをした。私たちがお互いに成り代われば、みんな騙される。人間はひとの上っ面しか見ていない生き物だと、私たちはよく知っていたから。記憶を取り戻すための鍵は、童話によくある愛するひととの口づけ。
やっぱり彼は、私のことを忘れないでいてくれた。いいえ、彼だけじゃない。髪飾りを売ってくれたあの子も、私に気がついてくれた。
だから彼女には、祈りの言葉が届いたのね。まさかあんな挨拶程度の言葉で治癒魔法が発動するなんて思いもよらなかったし、そこから私の居場所が神殿に知られるというのは予想外だったけれど。
目を開ければそこには、この世の終わりとでも言いたげな顔で私を見つめるサディアスがいる。
「泣かないで、私の騎士さま」
大切なひとが私のことを覚えていてくれた。それがどれだけ幸せなことか。あなたの優しさが、私を満たしてくれる。あなたを信じていたから、私はロベルタの提案に乗ったのだ。
「愛しているわ」
涙をためた彼の頬を、私はそっと撫でた。
***
翌日、日が高くなる前に私たちは町を離れた。記憶を取り戻した後であれば、多少のことは魔法でなんとでもなる。
「あなたに怪我がなくてほっとしたわ」
「聖女さまがあれだけ祈りを捧げてくれましたからね」
「もう、名前で呼んでってば。体力や俊敏性の上昇効果をかけられた神殿騎士相手に戦う羽目になったなんて、彼らには同情しちゃうわ」
「ジェイドさま、その割には彼らに治癒魔法をかけていなかったようですが」
不思議そうなサディアスに、私はにこやかに説明した。
「そりゃそうよ。いまだに私とロベルタの区別がついていない上に、聖女の力が弱まったからと各地で聖女狩りを展開するような神殿には、もう少しいろいろと勉強してもらわなくては」
「では神殿に戻るつもりはないと? お立場を取り戻せる可能性があるのに?」
サディアスの質問の意味が分からず、首を傾げた。
「だって、聖女に戻ったらサディアスとの逃避行もおしまいになっちゃうじゃない」
「は?」
「私はサディアスと一緒にいたいの」
「わたしの作るお菓子が食べたいからですか?」
「聖女は魔法を常時展開しているせいでお腹が空いて仕方がないのに、神殿は質素倹約って言うばかり。一生私に美味しいものを食べさせてちょうだいね」
「まるで求婚のような言葉ですね」
「そうよ。何のために汚れ役を引き受けたと思っているの?」
私ひとりの力では、神殿から逃げ出すことはできない。だから彼女の提案は渡りに船だったのだ。万一、記憶を取り戻せなかったとしても、サディアスの隣にいられるなら幸せだと思えたから。ロベルタも、彼女なりの幸せを手にしていたらいいのだけれど。
「……そんなおべんちゃらなどなくても、お菓子くらい作りますよ」
「もうサディアスったら分からず屋ね。私は、あなたの隣に一生いたいの。これからもよろしくね」
「……なるほど」
「もしかして迷惑? ずっと隣にいてくれたのは、神殿騎士としての義務感だった?」
自分ひとりだけの思い込みで突っ走っていたのかもしれない。そう気がついてみるみるうちに顔が熱くなった。そんな私の顔を、サディアスが両手で挟み込む。
「わたしがどれだけ、自分の気持ちを抑えてきたと?」
重ねた唇は、サディアスが作るどんなお菓子よりもとびきり甘かった。
***
とある王国には、各地に聖女伝説が残されている。たったひとりの伴を連れ、巡礼を重ねた聖女は、病弱で寝たきりの夫の代わりに政治を取り仕切った当時の王妃に瓜二つだったと言われている。彼女は王妃について尋ねられると柔らかな笑みを浮かべ、彼女の治世を讃えたそうだ。聖女伝説の存在する村には、同時期に王妃とは似ても似つかない菓子好きな女性の逸話がいくつも残されているが、これは単なる偶然であろう。
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