第10話 遠藤のお礼
鬼塚がいないので、三人称視点となります。
1996年8月5日(月)
「"アクエリ"下さい」
遠藤が店員さんに告げ、ジュースを受け取った。
戻ろうとした矢先に……。
「ちょっと。そこで休まない。話したいことがあるんだけど」
愛川は休憩用のテーブルを見ながら遠藤に告げた。
鬼塚と高宮のジュースを両手に持ちながら、遠藤は答える。
「……。いいよ。僕も愛川さんに聞きたい事があったんだ」
円形のテーブル席に愛川と清水、そして遠藤が座る。
そして愛川が遠藤に尋ねた。
「遠藤。あんたさ。シオリの噂って聞いてる?」
遠藤が愛川に聞き返す。
「噂? 何のこと?」
愛川がもって回った表現で答える。
「4組のテニス部男子が騒いでたやつ」
遠藤が愛川に尋ねる。
「……。知ってる。高宮さんが中学の時に黒板にある事ない事、書かれたこと……だろ」
愛川の表現はぼかした表現だった。
「あんたはいいの?」
「良くないよ。自分の好きな人があんなことを言われれば腹が立つ。ぶん殴ってやりたいと思うよ」
「……。止めなさい。私が引っ叩いておいたから。
それにもう言わないと一応約束はしてる」
愛川が目線と語気を強めて遠藤に告げる。
「でも、もしまた言うようであれば。今度はあんたが"叩きなさい"」
「そうさせてもらうよ。それとありがとう。話は聞いてたから」
「そう。……。知ってたのね
だとすると知らないのはあの陸上バカだけね」
「アカリちゃん。ちょっと言い過ぎ」
清水が顔を少し膨らませていた。
「だって。陸上しか興味ないのよ。
あのバカ!
ミサキも考え直した方がいいわよ」
「ちょ。ちょっと。アカリちゃん」
清水が顔を赤らめて愛川を制した。
「愛川さんからの話はそれだけ?」
少し場が落ち着いて遠藤から切り出した。
「まだあるわ。シオリとはどうなの?」
「どうなのって? その。あのお付き合いの方?」
「決まってるじゃない!」
愛川は相づちを打つ。
清水は興味津々で話を聞いていた。。
「ま。まぁ。僕は初めて付き合うし、勝手が分からない事ばかりで
失敗してる事も有るとは思うけど、楽しくやれてるかなとは思ってるけど」
「けど?」
「高宮さんはどうかなって思う事はあるよ。
その。比べられてるんだろうなとは思う。
でもそれ以上に楽しんで欲しいとは思ってる」
「それなら大丈夫。シオリ。結構のろけてくるから」
愛川は少し呆れた表情を見せながら言う。
「遠藤君といると楽しいって言ってますよ」
清水も愛川の回答に同意を示しながら、付け加える。
「だったらいいんだ。高宮さんも僕といて楽しいとは言ってくれてるけど。
情けない事に僕は不安だったし、それに……」
「それに?」
「それにこんな事。言うべきじゃないと思うけど。
僕は彼女と比べて劣ってると思ってしまってる。
容姿とか学業の成績とか部活もそうだけど。
彼女が僕に求めているものはそういうものだけじゃ無いとは思うけど……。
でも彼女に追いつきたいから。でも今はまだ追いつけてないと思うから」
「努力なさい」
愛川が短く答えた。
「高宮さんは自分と比べて劣っているとか
そういう事を気にする人じゃないと思います。
でも自分の悪い部分や劣っている部分を
直そうともしない人は嫌うと思います」
清水が付け加えた。
「そうね。シオリはそういう子だと私も思うわ。
でも。ま。私は自分のレベルに付いてこれない男は
ゴメンナサイですけど……」
愛川がジュースを飲みながら
遠藤に底意地の悪い視線を遠藤に送った。
「高宮さんと付き合うには
ずっと頑張らなきゃいけないみたいだね。
大変な子と付き合っちゃったな。でも惚れた弱みだよね」
苦笑しながら遠藤は答えた。
「これで全部かい? 愛川さんが聞きたかったことは」
「そうね」
「だったら僕から質問していいかい」
「……どうぞ」
「ボクと高宮さんが付き合う前に僕の机に"手紙"を入れたのは愛川さん?」
「……なんのことかしら?」
少し惚けた感じで愛川は答えた。
「"高宮さんはジブリに出てくる女の子じゃない"」
遠藤が告げる。
愛川はその言葉に少しだけ反応する。
「当り前じゃない」
「そう手紙にも書いてあったんだよ。僕の机の中に入ってたものにね」
「それだけ?」
「いや続きがあるよ」
「"自分の理想をシオリに押し付けたいなら止めなさい"
細かいところは間違ってるかもしれないけど、
書いてあった内容はこんな感じだったよ」
「そんなの当り前じゃない?」
愛川は気だるげに同じ言葉を続けた。
「君が手紙に書いたんじゃないの?」
遠藤が尋ねる。
「私はそこまでお節介じゃないわよ」
愛川はしらをきる。
「そうかな? 字がそっくりなんだけどね」
「……」
沈黙が答えだった。
「僕。人の字を見分けるのが得意なんだよ」
少し笑みを浮かべて遠藤が沈黙を破った。
「……」
「昼休みの勉強で見せてもらってるからね。愛川さんの字も見てる」
「私が書いたとしたら何?」
「お礼が言いたかったんだよ」
「……。お礼?」
「高宮さんを高宮さんとして見てなかった部分があったから。
あの手紙のおかげで僕は高宮さんに向き合えたと思う。
だから……ありがとう」
「……。話ってそれだけ」
「うん」
「ま。その手紙を誰が書いたかなんてどうでもよい話じゃない?
"貴方達が上手くいってればそれでいい"って
その手紙を書いた人も言うんじゃないかしら?」
愛川は悪戯っ子のように笑っていた。
「それと私から言えることはね。
シオリを守れるだけの男になりなさい。
それだけよ……」
それだけ告げて、
愛川はジュースの空き容器をゴミ箱に入れてその場を離れた。
「メルヘンは卒業したみたいね」
愛川は歩きながらポツリとつぶやいた。
そしてテーブルには遠藤と清水が残された。
黙って二人の会話を見守っていた清水が口を開いた。
「アカリちゃん。照れ屋だから……
強がりだし。へそ曲がりだなってと思う
でも……。良い子……なんだよね」
「うん。僕もそう思うよ」
遠藤は清水にそう答えた。




