第15話 二人だけの図書室
1996年6月4日(火)
そして中間試験が終わって、ついに6月4日の火曜日
つまり告白の日がやってきた。
昼休みが来た瞬間。
俺は握り飯をもって図書室までダッシュした。
図書委員さんが既に図書室に到着して
既に張り紙をしていた。鍵も掛けている。
後は二人が来るまで飯を食いながら待機だ。
中間試験も終わって、図書室の利用もかなり減っていた。
やがて高宮が図書室に来た。
遠藤は人前で緊張する子だって聞いてたけど大丈夫だろうか?
見た感じ大丈夫そうだけど……。
俺は彼女を出迎える。
「高宮。ちょっといいかな」
「遠藤に呼ばれてきたんでしょ」
彼女はこくりと頷く。けっこう冷静みたいだ。
「遠藤はさ。高宮より先に来たんだけど……。
汗で顔が酷いことになってたから
近くの洗面所で顔洗わせてる。
だから先に中で入って待っててもらっていいかな?」
彼女は再びこくりと頷く。
「遠藤君だいじょうぶですか? 鬼塚君も知ってると思うけど……。
遠藤君。体弱いはずだから……」
遠藤を気遣う発言をみせる。大分余裕あるみたいだな。高宮は。
「急いで走ってきただけだから、心配はないよ」
俺の言葉を聞いて、高宮はほっとした表情を見せる。
「それと入口に張り紙してある通り、中には誰もいない。
5分間だけだけど、二人だけの図書室にする。
約束するよ。
その上で遠藤は高宮に伝えたいことがあるんだ。
勿論、返事はYESでもNOでも構わない。
これは高宮が決める事だから。
でも遠藤の気持ちは聞いてやって欲しい。
いいかな?」
「はい」
その言葉と共に図書委員さんが、鍵を開けた。
「鍵は外から閉めるかけど、内側からも鍵は開けられるから」
「最後に何か質問あるかな?」
つとめて優しく高宮に話す。
「大丈夫です。中で遠藤君を待ちます」
そう高宮は厳かに答えた。
大人し目だが、しっかりした印象を受ける。
それを聞いて、俺は高宮に図書室内に入ってもらい、
そして図書委員さんは鍵を閉めた。
「鬼塚。あんた結構上手い言い訳考えるじゃない」
アカリが図書室近くの階段上から、隠していた姿を現した。
俺と高宮との会話は聞こえていたみたいだ
遠藤は高宮の前というより、このメンツの中で一番に図書室に来ていた。
ただし……。
汗は吹き出し、呼吸もゼーハーゼーハーと乱れていて、
ちょっと休ませないとこりゃマズいだろって……。
10人見たら10人言うぐらいの状態だった。
恐らく飯も食ってないだろう。
ただ……身なりを正して、先に図書室に入り、高宮を待つ事は出来はずた。
だがそうしなかった。
「アカリさぁ。なんでまた。高宮を先に入れなきゃならんのだ?」
これはアカリの発案なのだが、
先に、高宮から図書室に入ってもらって
後で、遠藤に入ってもらう形にした。
図書室で待っている高宮に遠藤が駆け寄って告白する形だ。
俺には何故その方がよいのか、ちょっとその辺が分からない。
「バーカねぇ。待っているときのドキドキがいいのよ。
それが吊り橋効果になるのよ」
そういうもん?
図書委員さんはうんうんと頷いている。
俺にはその辺がどうしてもよくわからん。
やがて遠藤が姿を見せた。
顔を洗って、黒猫が描かれたハンカチで顔を拭いていた。
呼吸も整っている。
それに清水さんも一緒だ。
清水さんには遠藤を呼んで来てもらった。
「いけるか遠藤?」
「うん。大丈夫だ。それと鬼塚……」
「なんだ?」
「色々文句を言ってすまなかった。君には感謝してる。本当に。
たとえ振られたとしても、この恩義に僕はいつか報いるつもりだ」
遠藤が仰々しいお礼を言ってきた。
やたらと背中がこそばゆい。
「そうか。まぁ。俺の事より、先ずは高宮に自分の気持ちを伝えてきな」
遠藤が図書室のドアを開けようとする。
だが清水さんが図書室に入ろうとする遠藤を止めた。
「ごめんなさい。遠藤君。私の方を少しだけ向いて貰らっていいですか?」
その声に促され、遠藤は向きを変え、清水さんを正面に見据えた。
「ここが少し……」
そう言って清水さんが少し背伸びをして、遠藤の襟元の歪みを直していた。
顔を洗った時に歪んだのかもしれない。
「これで良いと思います」
「あっ。あの。ありがとう」
遠藤が気恥ずかしそうに感謝を述べる。
遠藤はこれから高宮に告白する。
襟元を直したのは
これから告白する遠藤を少しでも見栄えよく
という意図だとは分かっている。
清水さんにそれ以外の意図は無いことは分かっている。
でも、それでも……。
俺はその光景をみて心がどうしようもなくザラついてしまった。
「それじゃ。行ってくるよ」
気を取り直して、遠藤は図書室の中に入っていった。
遠藤を見送って、図書委員さんが図書室に鍵をかけた。
俺達は入り口から少し離れたところで待機。
やがて図書室を利用しようとした人が2、3人ほどやって来たが
張り紙を見て素直に帰って行った。
「あの。そういえば有難うございます」
俺は改めて図書委員さんにお礼を言っていた。
この人の協力が無ければこの告白は無かったからだ。
ふっと図書委員さんの顔がほころぶ。
「二度と無い高校生活ですもの。
こんなふうに図書室が使われる日があってもいいと思うから……」
図書委員さんはそう答えた。
図書委員さん三年生だもんな。あと1年足らずで卒業だ。
高校生活の短さも長さも身近に感じてるはずだ。
「中、気になりますね」
清水さんがこぼす。
「ちょっと。聞こえそうにないわね」
アカリがドアに耳を張り付けながら言う。
……。お前には絶対聞かせたくない。
「大丈夫よ」
図書委員さんが穏やかに笑みをこぼして続ける。
「図書室にテープレコーダーはセット済みよ」
し。しまったー! この人に口止めするの忘れてたー!!!
こっ。この人の"お願い"は
"告白をテープレコーダーで録音させて"だった。
うかつだー! 口止めを忘れてたー!!!
「あ。あの。聞いてみたい気持ちも分かりますけど。それはちょっと……」
清水さんはさすがに戸惑ってる。
「私。ダビング希望!」
アカリー! それは止めて差し上げろー!
おい。図書委員さん。親指上げるな。得意げな顔すんなー。
俺は頭を抱える。
ちょっとは静かに見守ってやろうよ!
ややあって遠藤と高宮が
図書室の鍵を開けて出てきた。
……。お手て繋いじゃってますよ。この二人。
それを俺と図書委員さんが向かい入れる。
清水さんとアカリには隠れてもらっている。
「鬼塚。ありがとう」
遠藤が俺にそう告げた。
「上手く気持ちは伝えれたか?」
「ああ。ちゃんと伝える事が出来たよ」
「そうか。よかったな」
短いやりとりの後、二人は図書室から去っていった。
俺は二人を静かに見送った。
多分、正式に付き合う事になったんだと思うけど……。
聞くのも野暮なんで聞かなかった。
というか聞く気になれなかった。
その代わりに遠くから初々しいカップルの睦言が聞こえてきたからだ。
「夏休みは"トト○"の舞台の狭○丘陵が緑がきれいだから行ってみたいね」
「そうだね。けど"耳○すませば"の舞台の聖蹟桜○丘駅も捨てがたいなぁ……」
ヤべーな。
流石は"ジブリフリーク1号と2号"
3号というかV3が現れないことを祈ろう。
ブラウン管の中のV3は1号と2号と共闘する為に現れたが、
こっちのV3は1号と2号の中を引き裂きかねんからな。
……。仮面ラ○ダー。親父が好きなんだよな。
そしてややあって……。
「キャー。キャー!」
うわついた清水さんの声が聞こえる。
「これ。たまんないわね」
アカリの声が少し高揚しているのが見て取れる。
「いいわ。これが青春よ。そして若さなのよ」
そして図書委員さんがなんだかババ臭いことを言ってる。
聞きたくもない女性陣の声が図書室に響き渡っていた。
遠藤の告白を録音したテープ、聞いてんだろうな。あの三人……。
図書委員さんなんて遠藤と高宮が出てきたらすぐさま図書室に入っていったし。
テープレコーダー回収してたんだろうね……。
清水さんも最初は止めてたみたいだけどな……。
ミイラ取りがミイラになっちまったようだ。
俺は図書室前の廊下でうなだれていた。
図書室に入れねー。(泣)
なんで恋バナになると
女ってこんなにはしゃぐんだよ。
3人集まってキャッキャキャッキャしてる。
男もこういった話で盛り上がるっちゃ盛り上がるけど
ちょっとこう、ベクトルが違う。
正直この女子3人のノリについていけない。
そんな自分を見かねてか
図書委員さんが俺の方にきて、話しかけて来た。
「あなたはいいの?」
図書委員さんが尋ねてきた。
「いやー。人の告白を聞くのはちょっと抵抗が……」
プライバシーとか、やっぱ気になる。
「そうじゃなくて……。高校生活は三年間なのよ。三年間しかないの」
ついさっき聞いた言葉を彼女は繰り返した。
そう言って、図書委員さんはアカリと清水さんの方を促す。
言いたいことは何となく分かる。
俺は清水さんの事が気になっている。
いや多分もう好きなんだと思う……。
俺の顔色を伺いながら図書委員さんは続けた。
「それにテープが未だ残ってるから……いつでも図書室使っていいわよ」
図書委員さんがニヤリと笑う。
って図書委員さん。あんた、俺の告白を録音したいだけかー!!!
頭を抱える俺のはるか前方で
アカリと清水さんがはしゃいで録音した遠藤の告白を聞いていた。
二人が正式に付き合う事になって
めでたし、めでたしなんだけど……。
なんだろう?
上手くいったという充実感と
言いようのない脱力感。
俺はその両方に囚われることになった。