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episode.92 揃う、プリンセス・プリンス

 プリンセスプリンスらが持つ鍵はそれぞれ輝きをまといながら宙へ舞い上がる。そしてそれらはコンパクトへ集まるように一斉に飛んできた、この胸もとに向かって。七つの光りは宙に虹のような光の筋を描き、やがてコンパクトという一つの物体になる。


 直後、コンパクトを中心として、光の爆発のようなものが起こった。


 努力しなければ目を開けていられないような強い白色の光が放たれ、それはみるみるうちに辺りを飲み込んでゆく。ドーム状の盾もそれを破ろうとしていた触手も一様に飲み込み掻き消していくのが見えた。


 発生する強風、髪や衣服が激しく揺れる。

 飛ばされてしまうと思った瞬間誰かが腕を掴んでくれたので何とかその場に留まることができたが――もしそれがなかったとしたら、吹き飛ばされていた可能性も否定できない。


 やがて、眩しい光が落ち着いた。


 良い意味での静寂が訪れる。

 周辺の環境は一変、穏やかな空気になっている。


 腕を掴んでくれていたのは盾のプリンスだったみたいだ。よく考えてみれば、それはそうだろう、とも思えた。彼が一番近くにいたのだ、彼が掴んでいる可能性が高いことは事実だろう。もっとも、あの強風の中にあっては、そこまで思考が至らなかったのだが。


「そうか、これがクイーンの力か」


 元・剣のプリンスはまだ立っていた。

 不快感に顔を歪めてはいるものの状態はそのままだ。


「面白いなぁ」


 すべてはゼロに戻った。

 でも彼との戦いはまだ終わっていない。


「だが! 舐めるなよ! こんなくらいで負ける俺じゃあねぇ!」


 腰を下げ黒ずんだ血のような色が使われている愛剣を構える元・剣のプリンス。その瞳には黒というか暗い紫というかそんな色の光が小さく宿っている。それは、まるで決して消えることのない憎しみの炎であるかのように、音も立てず揺らめいていた。


 瞬間、高く飛び上がっていた剣のプリンセスが全力で剣を振り下ろした。躊躇なく斬りかかったのである。


 響くのは金属同士が触れ合うような棘のある音。

 元・剣のプリンスは愛剣でプリンセスの攻撃を防御していた。


 プリンセスは一旦距離を取る。頭の後ろ側、その高い位置で一つに束ねている髪が、動きの勢いでふわりとなびいていた。


 比較的近い位置にいる時のプリンスはさりげなく片足の先をぐりぐりと動かして地面の感触を確認しているようだった。


「……邪魔しやがって」

「あたしを好き放題使って許せない! 絶対お返しさせてもらうから!」


 剣を手にする二人は互いを睨む。


 父と娘でありながら、今は敵として視線を合わせている。


 その隙に攻撃を仕掛けるのは海のプリンスと愛のプリンセス。海のプリンスは両手を前に出して大量の水を敵に向けて放ち、愛のプリンセスはそれを追うように数本のリボンを放った。


「ゴミがッ……」


 元・剣のプリンスは刃に炎をまとわせ、迫る水壁を斬り刻む。


「馬鹿にするなよ!」


 続けてリボンも燃やし切る。


「雑魚が集まって何ができる!!」


 元・剣のプリンスがそう叫んだ時には既に時のプリンスが動き出していた。時のプリンスは棒を片手に目標めがけて真っ直ぐ走っていく。元・剣のプリンスは剣にまとわせていた炎を帯状にして前方へ発して対応。が、時のプリンスはそれを読んでいたかのように身体を素早く横へずらす。そして棒で地面を突いて高く跳ぶ。黒いマントが波打つのだけが見えた。


「いくら来ても斬ってやるだ――っ!?」


 元・剣のプリンスは降下してくる時のプリンスを使い慣れた武器で斬ろうと考えていたのだろう。しかしそれは森のプリンセスが許さなかった。彼女は人の腕ほどの太さの幹のようなものを長く伸ばして元・剣のプリンスの剣を持つ腕に絡め、彼が武器を振れないようにしたのだった。


「くそ! だが燃やして……」


 間に合わない。

 元・剣のプリンスの眉間に時のプリンスが持つ棒の先が命中した。


 ――鈍い音。


 これにはさすがによろける元・剣のプリンス。


 その胸もとを、いつの間にか駆け寄っていた剣のプリンセスが操る剣が斬った。


 彼はそのまま地面に倒れる。

 どさ、と乾いた音を立てて、仰向けに。


 溢れた赤いものは地面を艶やかに染める。一秒、二秒、時が刻まれるのと共にその赤は広がっていく。そんな中でも剣のプリンセスは落ち着いていて、剣の先端を倒れた彼の喉元にあてがっている。彼女はどこまでも冷たく、瞳は揺れてはいなかった。


「これで終わりよ」


 元・剣のプリンスという名称なのだから剣のプリンセスとは縁がある。他人ではないし、そもそも本当であれば戦うべき二人ではないのだ。ましてや殺し合うなんて、そんなことがあるはずがない。本来は。


「言い残すことがあるなら聞いてもいいわ」

「が……」

「何なの」

「クソ、が……お前ら、は……何、も……分かって、いな、い……」


 元・剣のプリンスの息は乱れていた。

 赤いものは広がり続けている。


「お前、ら……が……歩む道の、先には……絶望、しかな……い……と、いう……の、に」


 地面に仰向けに横になる元・剣のプリンスはもう戦う体力が残っていないのか動かなかった。僅かに動かすのは口もとだけ。瞼ももう半分以上閉じている。


「言いたいことはもう終わり?」


 剣のプリンセスが武器を握る手に力を入れるのが見えた。

 とどめをさすのだろうか。

 それが彼女なりの優しさなのなら私にあれこれ口出しする資格はないけれど……でも、同じ剣の力のもとに生まれた者同士が命を奪い合うというのは、見ていてあまりに悲しくて。


「待ってください!」


 言葉が滑り出ていた。


「フレイヤさん?」

「剣のプリンセスさん、貴女がその方を殺めるのは……あまりに悲しいです」


 剣先はそのままながらきょとんとする剣のプリンセス。

 慎重さを欠かないよう気をつけつつ彼女の方へと足を進める。


「何を言っているのフレイヤさん」

「その方もかつては剣のプリンスであった、それは事実なのですよね」

「そうだけど……」

「きっと悪い夢をみていたのでしょう」

「こいつは敵よ」


 靴やら服の裾やらに赤がついてしまうが今は仕方がない。

 私は倒れている彼の傍らにしゃがむ。


「……何だ、今、さら……馬鹿に、し……」

「貴方がかつてプリンスとして人々のために戦ってくれていた事実は決して消えません」


 脱力した大きな手に触れる。


「たとえ誰にも知られずとも、たとえ理不尽な目に遭ったとしても、それでも貴方がプリンスとして重ねてきた行いがなかったことになることなどありません」

「……くだ、ら、ん……情、け……を」


 元・剣のプリンスの身体から黒いものが流れ出て、それはいつしか薄れてゆく。

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