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episode.90 子ども部屋前にて

 子ども部屋前。


 数体の敵を片付けた時のプリンスはさらなる敵の出現に備えつつも先ほど倒したうちの消えなかった個体へ視線を向けている。なぜなら、いつ何時また動き出すか分からないから、である。一度は倒し動かなくなった敵だが復活する可能性もあるため油断はできない、と判断し、彼はまだ倒した敵のことも確認している。


 と、その時、壁にもたれかかるような体勢で気を失っていた敵が声を漏らした。


「うう……」


 時のプリンスは特に表情は変えないが視線はそちらへ向けた。


「こ……ここ、は……」


 男性は目を開く。

 その時の男性は正気を取り戻しているような顔つきをしていた。

 が、時のプリンスは気を緩めはしない。


「人が……って、ヒッ!!」


 男性の喉元に突きつけられるのは時のプリンスの棒の先。


「あ、あああ、あの、何なんすか……?」


 向けられているのは棒の先であり、刃物を突きつけられているわけではない。そのため、即座に致命傷を負うということは考え難い。が、それでも男性は怯えていた。


「……敵意はない、か」


 そのことは認めつつも、時のプリンスはまだ棒の先を向けたままだ。


「あの、これは、何事なんです……? 金目のものを渡せ、とかっすか……?」


 男性は壁に背を当てるような体勢のまま目を大きく開き、恐ろしさを感じているような色を面に滲ませている。


「お主、覚えておらぬのか」

「え……? あの、何言ってんすか……?」

「お主は襲いかかってきたのだ。覚えておらぬと言うのか」

「え、ちょ……えと、その……意味が……」


 そこで男性の声は途切れてしまった。

 全身が微かに震えている。

 知らない分からないことばかり言われるということもあって、思考もまともにはできず、言葉を紡ぐことができなくなってしまっている。

 さすがに脅し過ぎたと思ったのか、時のプリンスは棒の先端を男性の喉元から離した。

 そして、男性の正面にしゃがむ。


「ひとまず落ち着いたようで何より」

「え、あ……」


 近寄られた男性は後ろへ下がろうとする、が、壁がすぐそこまできていて下がれない。


「どこも痛まぬか?」

「え……あ、は、はい……」


 刹那、階段の方からじっとりとした足音が聞こえてきた。数秒後現れたのは人間のような姿の敵。速さは控えめながら多数が階段を下ってきた。

 それを目にした男性は、直前までの百倍くらいの恐怖に満ちたような顔をする。一気に血の気が引いた。真っ青、という言葉が似合うような顔色になり、全身をがくがくさせている。

 恐怖の海で溺れただ震えることしかできなくなってしまっている男性に対し、時のプリンスは「そこにおれよ」とだけ告げる。それからその場で立ち上がった。男性は恐怖のあまりよだれを垂らす勢いだったが、今のところ言われたことを守っている。


 こうなってしまった人間を元に戻すことは容易でない――かつてアオがそう言っていたことを忘れた時のプリンスではない。


 だが、彼の目の前で一人正気を取り戻せたということも事実であって。

 もし元に戻ることもあるのだとしたら。

 そう考えれば考えるほど、時のプリンスは難しい力加減を求められることとなる。


「し、し、しし……死ぬ……?」

「死なぬわ」

「え……? じゃ、じゃあ……どうし……」

「倒せばよかろう」



 数分もかからず敵は片付いた。

 十ほどいたが、人間の姿が残ったのは二のみ。その他はすべて倒されると同時に塵のようなものとなって消えた。

 ちなみに男性は無事だ。

 いまだに青い顔で震えてはいるが、怪我もなく、生きている。


「お主もああなっておったのだ」

「え……うそ、そんな……そうなんすか……?」

「嘘などつかぬわ」


 時のプリンスが男性の方へ体を向けた、瞬間。

 気絶していた人間のうちの一体が急に立ち上がり時のプリンスの背に襲いかかる。


「後ろっ……!!」


 叫ぶ男性。

 時のプリンスは身を回転させつつ片足を上げ、円を描くような勢いと共に蹴りを放つ。

 その蹴りは見事に敵の首に突き刺さった。

 急所に強い衝撃を受けた敵はその場で崩れ落ちた。


「すまぬ」


 亡き者へ小さく謝罪した時のプリンスを見た男性は不思議そうな顔をする。


「なんで謝るんすか?」


 素朴な疑問。

 時のプリンスは一瞬だけ詰まらせるも、答える。


「……我々は人間を殺すため戦うのではない、本来人間を護るため戦うのだ。しかしこれでは……」


 それを聞いた男性は瞳を輝かせながら急に腰を上げた。


「かっこいい!!」


 彼の顔に健康的な色が戻ってきた。

 表情も活き活きしている。


「何かそれかっこいいっすね!」

「騒ぐな」

「人間を護るため! 俺も人間を護るため戦いたいっす! 物騒な時代だからこそ!」

「騒ぐなというのに……」


 そんな時だ、森のプリンセスから連絡があったのは。


 彼女からは「避難所の建物の正面玄関前へ来てほしい」という希望が伝えられた。だが時のプリンスは即座に断った。今は子ども部屋を護っているから、と。しかしそれが受け入れられることはなく、森のプリンセスは「拒否するなら強制的に呼び寄せることになる」と言った。それでもなお「ここから離れることはできない」と主張する時のプリンスであったが、最終的には彼女が出した『代わりに子ども部屋前へフローラとミクニを派遣』という条件を受け入れ、ようやく話がまとまる。


「通信技術凄いっすね、魔法すか?」


 男性はそう言ってから「てか知り合い美人さんー」と付け加えていたが、時のプリンスはそれに関しては無視した。


「魔法……いや、そうではないが……そのようなもの、か」

「で、行くんすよね?」

「仕方がない。できれば離れたくないが」

「なら! ここ見張っておきますよ! 助けてもらったお礼っす!」


 それに対し、時のプリンスは少しだけ声を柔らかくする。


「そうか。……すまぬな」

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