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episode.88 黒い

 倒した敵が塵になったのが意外だった。若干情緒がおかしくなっているとはいえ人間だと思っていたからだ。倒れたからといって塵と化すとは思えない、人間はそういう風にはできていないから。でも今交戦した敵は倒すと同時に塵と化した。


 以前森のプリンセスが情緒不安定な人間と戦った時には肉体は残っていた。


 とすると……姿は似ているがあの時の敵とは異なる存在なのかもしれない。


「フレイヤ様! ご無事で!?」


 駆け寄ってきたのはウィリー。


「はい、大丈夫です」


 返すと、彼はふにゃあと急に肩の力を抜いた。


「良かったぁ……」


 顔面に安堵の色を濃く浮かべる。


「どうなることかと思いました……。貴女が戦われるなど想定外で……何もできず……申し訳ありません……。ですが! 素晴らしい戦いぶりでした!」


 言いながら、彼はその場でぴょんぴょん跳ねる。


「皆さん、お騒がせしました! 申し訳ありませんでした!」


 ウィリーは室内の人々に何度も頭を下げていた。

 そんな中にいながら、ふと思い立って視線を下げる。首からかけているコンパクトはまだ光っていた。

 この光は何なのだろう。

 何らかの意味があるのだろうか……もっとも、一人で考えてもはっきりしないのだけれど。



 ◆



 クイーンが敵を倒したのとほぼ同時刻。

 子ども部屋で自由に遊ぶ子どもたちの相手をしていた時のプリンスに通信が入る。

 男児たちに絡まれているところを見られるのが恥ずかしい時のプリンスは、理由は曖昧にしながら、扉の手前にまで移動する。


「……何か」


 そこでなら対応しても子どもたちに見られることはない。

 その点も彼としては都合が良かった。


『急に悪いわねー』


 連絡してきたのは森のプリンセス。


『今は外で皆で敵を撃退しているのだけれど、数体だけ通してしまったのよねー。だから、もしかしたらそっちへも行くかもしれない。もしそうなったらごめんなさい』


 敵が来ているようだという連絡は受けていた時のプリンスだが、唐突に告げられた言葉には驚かずにはいられなかった。


「敵とは、どのような」

『情緒不安定な人間みたいなやつよー』

「……そうか」

『でもね、今回は全部が全部人間というわけではないようなの。だから倒すと塵になる個体もいるわ。分かりづらいけれど、まぁ、それぞれの力はそこまでじゃないわー』


 通話は速やかに終わる。


 時のプリンスは一旦子どもらがいる方の部屋へ戻り、女児とお絵描きをしていたアオに「すまぬ、少し出てくる」と告げた。アオは心配の情を隠さず「私も行きましょうか?」と尋ねるのだが、彼は静かに首を横に振る。そして彼は退室した。そんな彼の背を不安げに見つめるアオ。


「あおちゃん、だいじょうぶ?」


 直前まで一緒に絵を描いていた女児に声をかけられて、アオははっとする。


「すみません、問題ありません。お絵描きを続けましょう」

「なにかふあんなの?」


 予想外にそれらしいところを突かれたアオはぎょっとする。


「あ……」


 アオはすぐに言葉を返せない。

 そんな彼女の手首を優しく掴むのは女児。


「あおちゃん、なにもこわくないよ。だいじょうぶだよ。いっしょにねこさんのおえかきしよう」


 女児にとびきりの笑顔を向けられたアオはややぎこちなさはあるものの笑みを浮かべることができた。



 その頃、子ども部屋の入り口である扉の前。

 時のプリンスは一人待機していた。

 そこに立ってから数分は特に状況の変化はなく、しかし、それからさらに数分が経過すると。


「やはり来たな、愚か者ども」


 数体の敵が地下に入り込んでいたらしく姿を現した。


 時のプリンスには驚きも同情もない。連絡を受けていたことが現実となった、それだけのことだから。彼がしていることというのは、ただ落ち着いて棒を構えることのみ。


 瞬間、そのうちの一体が突っ込んでくる。


 彼は棒を前方へ出し敵の鳩尾一点を確実に突いた。


 突かれた敵は真後ろへ飛ばされ床で腰を強く打って消滅、が、そのタイミングで左右から飛びかかる敵がいて――ただ時のプリンスは反応する、身体の周りに円を描くように棒を動かして二体同時に退けた。左右に飛ばされそれぞれ壁に激突する。時のプリンスから見て右側の個体は消滅したが左側の個体は消滅はせずその場に倒れ気絶した。


「二種類が交じっているというのは……事実、か」


 静まり返った地下の廊下で時のプリンスはぽつりと呟く。

 その声は誰に対するものでもなかった。

 ひとまず敵を片付けたが、彼はまだ室内へは戻らない。扉の前に立ち警戒心を持ったままでいる。その様子はまるで――誰にも通らせない――そんな思いを強く抱いているかのようであった。



 ◆



「せいっ! どっせい! とりゃぁっ!」


 避難所前にて、次から次へと迫り来る敵を斬り倒すのは剣のプリンセス。

 暫し操られていた彼女だが剣の腕が退化していることはない。

 敵は多数であり数という意味合いではプリンセスを圧倒している。が、個々の戦闘能力はそれほど高くない。そのため剣のプリンセスの剣技の前では何もできない状態だ。敵にできるのは大勢で迫ることだけである。


 そんな剣のプリンセスに声をかけるのは。


「剣のプリンセスさん、大丈夫かしらー?」


 太い木の幹のようなものを発生させて戦っている森のプリンセスだ。

 彼女自身も敵と戦っているが、そんな中であっても仲間への気遣いは欠かさない。


「プリンセスとしては久々の戦いでしょう」


 森のプリンセスは戦闘中ながら唇に柔らかな笑みを滲ませている。


「大丈夫ですよ!」

「ならいいのよー。でも、無理はしないでちょうだいねー」

「ありがとう!」

「ふふ、力強いのも悪くないわー」


 二人がそんな風に言葉を交わしていた、その時。

 避難所の正面にあたる向きに存在している道の向こうから黒い人影が進んでくるのが見えた。


「あれって……」


 人影に気づいた剣のプリンセスが警戒心を露わにする。


「そうね、新手かしらー」


 森のプリンセスもまたその存在に気づいていた。

 徐々に避難所へと近づいてくる人影からは黒い稲妻のようなものが発生している。それはとてつもなく禍々しく感じられるもので、プリンスもプリンセスも誰もが警戒せずにはいられない状態となった。


「何だありゃ」

「ぴええ……怖いですー……」


 海のプリンスは眉間にしわを寄せ、付近にいた愛のプリンセスは不安そうに瞳を震わせる。


「何なの……? あれ……とってもとっても禍々しいの……」


 辺りを飛んでいたフローラは森のプリンセスの肩の後ろに隠れる。


「黒い」


 盾のプリンスは真顔ながら一人そう発していた。

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