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episode.80 束の間の協力関係

「テメェ、馬鹿にしやがって……ッ!」


 元・剣のプリンスの感情が不快に揺れ動いた、その瞬間。

 盾のプリンスは突如片腕を伸ばし、目の前の男の首を掴んだ。斬られた傷のない方の手ということもあり力は十分に入る。片手の握力にすべてを託し、盾のプリンスはそのまま男を床に押し倒した。


「好きなようにしてもう満足しただろう。次はこちらの番だ」


 元・剣のプリンスとて非力ではないが盾のプリンスに体重をかけつつ乗られてはさすがに即座には動けない。

 周囲に立っていた女性たちが一斉に攻撃しようとする、が。


「動くな!」


 盾のプリンスの叫びが彼女らの動きを止めた。


「少しでも動けばこの男の命はない」


 そう述べる盾のプリンスは、女性たちの主とも言える人物の首に手をかけている。主人を人質とされれば女性たちも気軽には動けない。


「クソ! どけ!」


 何とか有利を取り戻そうと叫び声を発しつつ暴れる元・剣のプリンスだが、上に乗っている人物が悪かった。もう少し軽い者が乗っていたとしたら、まだやりようはあったかもしれない。だが乗っているのは盾のプリンスで、しかも、意図して全体重をかけようとしてきている。


「大きいばかりでまともな取り柄もないくせに!」

「そうだ。私は長所は少ない。が、正直今は大きくて良かったと思う」


 盾のプリンスは目を細める。


「こうして押さえ込めた」


 その頃になってようやく泣き止んでくる愛のプリンセス。

 盾のプリンスが敵に馬乗りになっている状況を理解しきれなかったようで、少々困ったような顔をしながらリボンを握っている。


「で、本題だが。人の世へ帰らせてほしい」

「何言ってやが……ぐぅっ!?」


 元・剣のプリンスは首を強く握られ顔をしかめる。


「皆のところへ帰りたい」

「馬鹿が……くっだらね……従う、わけ……」

「そちらがしたいことはできただろう。次はこちらの希望を聞いてもらう」

「腕ごと切り落としておくべき……だった、か……」


 さらに絞められそうな空気を感じ取ってか。


「今日は、この辺で……俺が、折れてやる……だが、次は、もっと大きな、絶望、で……」


 直後、盾のプリンスと愛のプリンセスはその場から消えた。



 二人は気づけば自然の中にいた。


「え……え……これって……脱出成功ですかーっ!?」


 いきなり歓喜の声を発する愛のプリンセス。

 辺りをぴょんぴょん跳ねて回る。

 しかしそれを見ている盾のプリンスの表情はとてつもなく冷めていて、彼は無言で地面に寝転がった。


「やりましたね!」


 横たわるプリンスの顔を上から覗くプリンセス。


「……うるさい」

「ふぇっ!?」


 プリンスは明るい空を見上げ、降り注ぐ光の眩しさに瞼を閉じた。


「少し、休みたい……」


 プリンセスはプリンスの横に座る。


「あのー……すみませんでした。迷惑かけてしまって……」


 ふと視界に入った四角形の落ち葉一枚を拾い上げつつ、プリンセスは口を開く。


「腕、痛かったですよね。アイアイ何もできなくて、泣いてばかりで、本当に本当に、すみませんでした」


 プリンセスは一枚の茶色くなった葉を両手の指でつまんでいる。


「ちょっと休んでください。二人は嫌かもですけど、アイアイ、一応ここで見張りしてますね」


 プリンスは溜め息を吐き出すと同時に「……クイーンに会いたい」とこぼす。それを聞き逃さなかったプリンセスは葉っぱをつまんだまま「ふぇ!? クイーンってフレレのことですか!?」と大きめの声で返した。


「盾プリさん、やっぱり、フレレのことが大好きなんですねーっ!」


 葉っぱをつまんだ左右の手を交互に小刻みに上下させるという謎の動きをしながらプリンセスは瞳を輝かせる。


「初めてクイーンになった彼女を見た時は思わず見惚れてしまった」

「ふにゅふにゅ。確かに凝視してましたねー。覚えてますー」


 こくこくと頷くプリンセス。


「初めてだ、誰かをあんな風に見たのは」

「はい」

「それに彼女は思ったことははっきり言ってくれる。そこも好きだ。怒られても、それでも、はっきり言ってもらえる方が有意義だし嬉しい」

「ふ、ふええええ……? これ聞いてて大丈夫です……?」


 意外と長い話になってきたからかプリンセスは若干戸惑っている。


「……馬鹿だな、こんなつまらないことを君に話すとは。私は……どうかしている」

「そんなことないですよー? アイアイお話聞くのは好きですー」

「私は君が好きでない」

「ふみゅ!?」


 いきなり「好きでない」と言われたことに驚いてか、プリンセスは手にしていた葉を破ってしまった。


「だが……クイーンが大事に思っている者にさえ優しくできない私自身はもっと嫌いだ」

「そういえば盾プリさんはキャッスルにこもってる時が多かったですねっ。あれってー、ズバリ、中で何してたんですかっ?」


 プリンセスが質問すると沈黙が訪れた。

 風で木々が揺れる音まで聞こえるような沈黙。

 それは十数秒ほど続いたが、やがて、プリンスは小さく答える。


「死のうと」


 愛のプリンセスはきょとんとした顔で固まった。まばたきの一つさえできず、聞かされた言葉を理解することもできない。寝転がっている目の前の彼へ視線を向けてはいるけれど、それ以上のことは何もできていなかった。


 音のない時が過ぎてゆく。

 それは永遠かと思われるほど長く。


 だが、長い静寂を越えた先で、盾のプリンスは再び口を開いた。


「集めた薬を飲んでみたりしていたのだが……残念ながら死には至らなかった」


 それから数秒、プリンセスは遠慮がちに返す。


「そ……そう、だったんですか……」


 辺りには草の匂いが充満していて、呼吸するたびに体内にそれが入り込む。が、今の二人にとっては、そんなことはどうでもいいことだ。


「知りませんでした」

「この件については特に誰にも話していない」


 その頃になってようやく上半身を起こす盾のプリンス。


「盾プリさんも、生きてるの嫌だったんですねー。意外ですー」

「私は私を好きでない」

「うう……そんなぁ……でもちょっと分かる」


 盾のプリンスはその場で数秒座る体勢を保ち、それから、膝に手をついて慎重に立ち上がる。


「すまない、そろそろ出発しよう」

「へ!?」


 いきなり言われたプリンセスはおろおろする。


「いや、それより先に言うべきだったな。もういい、などと一方的に切り捨てるようなことをしてすまなかった」

「……いえ、それはー、アイアイが馬鹿無能だからです」

「そうか。……馬鹿無能同士協力するのも悪くないかもしれない。もっとも、クイーンのところへ帰るまでだけの協力だが」

「あ、は、はいっ! アイアイもフレレに会いたいです! 早く色々話したいでっすぅーっ!」


 勢いのまま大きな声で叫んでしまってから。


「……あ。こんなじゃまた……『うるさい』って言われちゃいますね」


 自ら先を読んで付け加えていた。

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