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episode.79 永遠に救われない

「ひゃうぅぅぅ……ひゅう……ハート出すの、疲れ、ましたぁー……」


 盾のプリンスと愛のプリンセスは背中合わせに立ち左右から迫る敵を着実に潰してゆく。が、長引くにつれて愛のプリンセスの顔には疲労の色が滲んでくる。彼女は彼女なりにハートやらリボンやらを出して頑張ってはいるのだが、頑張っているからこそ短時間に力を使い過ぎていて、弱りつつある。


「頑張れ」

「でもでもでも……青髪多すぎですー……」


 愚痴をこぼしてから、ハッとするプリンセス。


「そうです! 盾プリさん! 小さな穴が一つ空いた小さめの盾って出せますか!」


 プリンセスは両手を使って大きさを伝える。


「何を言っている?」

「そのままの意味ですっ」

「あぁ、出せるが」

「一つ出してください! やや重めで!」


 プリンスは片手の手のひらから指示通りの形の盾を出す。


「貰いますね!」


 言って、プリンセスは長い髪をもさもさと揺らしつつ盾を奪い取った。プリンスは困惑したような面持ちで隣の彼女を見るが、彼女はもう彼のことは見ていない。盾の角にぽつりと空いた穴に自分が作り出したリボンを通している。その間、プリンスは、プリンセス側にも一枚大きな盾を出して敵が迫れないようにしていた。


「お待たせしましたっ、もう大丈夫ですーっ!」

「それで何をする」


 プリンセスはリボンの部分を掴み――。


「見ててください!」


 リボンの先についた小ぶりな盾を振り回す!


 盾とリボンで自作した新たな武器を、自身も回転するくらいの勢いで振り回す。

 敵は近寄れない。


「これなら過剰に消耗しませんっ!」


 愛のプリンセスの表情は前向きなものになっている。


「そんなことをせずとも普通に盾を出せば済むだろう」

「盾プリさんが疲れます!」

「いやべつにそのくらい……」

「盾プリさんは勇気を持ってアイアイを助けてくれましたから、アイアイはここから根性見せます!」


 リボンの先の盾が顔面に当たれば、青髪女性は簡単に崩れ落ちる。


「ふええええぇおぉぉぉ!」


 威力は確かだ。

 ハートを当てるより与えるダメージは大きい。


「見てくださいっ、これなら一撃の威力も高いですから――」


 愛のプリンセスが言い終わるより早く。


「あーあー、やっぱまただりーことになってるなぁ」


 プリンセス側から元・剣のプリンスが現れた。

 その手には彼の相棒とも言える禍々しい剣が握られている。


「ったく、その女から吸収できなくなるとか、厄介だなぁ。だりーなぁ」


 盾のプリンスと愛のプリンセスは完全に囲まれた。

 辺りには二人が既に倒した青髪女性が多く転がっているが、動ける青髪女性はまだ多数存在していて、その数は今もなお増え続けている。

 それに加えて元・剣のプリンスの登場。

 援護を望めない二人としては危機的な状況、ただし想定外ではない。


「だが蓄えた分はまだある」


 元・剣のプリンスは剣先を掲げる。


「はぁ!」


 剣先から放たれる黒い光。

 それは天井を壊す。

 多数の破片が愛のプリンセスに降り注ぐ。


「無事か」


 盾のプリンスが咄嗟に出した薄い盾が愛のプリンセスを護った。

 だが。

 次の瞬間、元・剣のプリンスはプリンセスに接近していて。


「ひゃうぇっ!?」


 何とか跳ねて斬撃をかわすプリンセス。

 しかしそこへさらに刃が迫る。

 泣き出しそうな顔になるプリンセスだったが――盾のプリンスが片腕を間に入れたことで彼女は斬られずに済んだ。


「……ぐっ!」


 盾のプリンスの右腕は深めに斬られたが、彼はそのまま肩から体当たり。

 元・剣のプリンスを若干だが後退させる。


「あ、あ……あ……」


 灰色の袖を血が染め上げるのを目にした愛のプリンセスはブーツを履いた脚をがくがく震わせる。


「やっぱり、弱いやつがいると駄目だよなぁ」

「あ……う……」

「愛のプリンセス、弱いんだよ。そういうやつは生きているだけで足を引っ張るんだ。で、みーんなやられちまう。無能がいたがために周りも痛い目に遭うんだよ!」


 盾のプリンスは「聞くな」と声をかけるが、愛のプリンセスには届かない。


「アイアイが……生きてる、から……プリンセス、でも……けっ、きょく……足……引っ張って……」

「そうだ! 見ろ! 足を引っ張られたやつがどうなったか!」


 力なく座り込んでしまう愛のプリンセス。


「聞くな」

「う……う、うぅ……」

「愛のプリンセス、あんな言葉に惑わされるな」

「ふ、う……う、ふ、ふぇ……」


 盾のプリンスは腕から血を流しながらも立ち上がる。

 その時もまだ愛のプリンセスは涙を流していた。


「もういい」


 立ち上がれない彼女にそう告げたのは盾のプリンス。


「クイーンは君を大事に思っていた。だから君には助かってほしかったしできるだけ助けようともした。だが、私にはこれ以上は無理だ。泣きたいならそこでいつまでも泣いていればいい。好きにすればいい」


 元・剣のプリンスは剣を構え「一人で戦うことを選ぶとはな」と黒い笑みを浮かべた。


 直後、襲いかかる刃。

 盾のプリンスは胸の前に盾を出して防御する。


 しかし隙を突いて脇腹に向けて放たれた回し蹴りは命中。蹴りの威力を吸収しきれず、盾のプリンスは床に倒れ、転がる。


 元・剣のプリンスは片側の口角をじわりと持ち上げてから、立ち上がろうとする盾のプリンスの赤く濡れた右腕を踏みつけた。ごりと音がして盾のプリンスの動きが一瞬止まる。元・剣のプリンスはその隙に愛剣の先端を向けた。


「動くなよ」


 周囲に待機している青髪女性たちは動かず様子を見つめている。

 一方愛のプリンセスはというと、力なく座り込んだまま両手も床につけ、大粒の涙をこぼしていた。


「こりゃもう勝ち目ねぇって、いい加減気づけよ」


 静かな空間、空気を揺らすのはプリンセスの啜り泣く声と元・剣のプリンスが発する声だけ。


「追い込まれ過ぎて声も出ないか?」


 元・剣のプリンスは盾のプリンスの前にしゃがんで敢えて挑発的な表情を見せつけ、その後顔面に蹴りを入れる。


 鈍い音が鳴る。

 瞬間、愛のプリンセスは正気を取り戻したかのように面を上げた。


「やめて……!」


 泣きすぎで真っ赤になった顔のまま叫ぶ。

 けれどもそんな言葉が敵に届くはずもなく、彼女の叫びは虚しく消えた。


「ずっと夢だった……痛い目に遭わせる、仕返しをする……ははは! ついにこの時が来た! 楽しさしかねぇ!!」


 元・剣のプリンスは子どものような無邪気さと悪魔のような黒さを併せ持つどこか狂気的な表情で盾のプリンスを痛めつける。


「子どもを虐めてもくだらない、が、強くなられ過ぎては厄介。だからタイミングがなかったが……最高の機会が巡ってきた!」


 叫び、剣を付近に置いて、盾のプリンスの襟を掴む。


「あの女にはどこまでも抵抗された! 被害も小さくなかった! だからずっと腹が立ってたんだ! ふざけるなよ、わがままクイーンに味方なんかしやがって!!」


 異常なまでに感情的になる元・剣のプリンスを見ている周囲の青髪女性たちの表情は無に近いものであった。

 愛のプリンセスは出てしまう声を呑み込もうとするも上手く呑み込めずむせてしまう。


「……それは私ではない」

「はぁ? 逃れようってのか? 今さら!」

「盾のプリンセスはもう死んだ。とうにすべて終わった……」

「何も解決してねぇよ!!」


 それに対し、ふ、と笑みをこぼす盾のプリンス。


「憐れな男だ」


 片手の甲で口もとを軽く拭き、続ける。


「時は流れていくというのに、一人、いつまでも過去にいる」


 今にも噛みつきそうな顔をする元・剣のプリンスを見てもなお、盾のプリンスは冷静さを失わない。


「……永遠に救われない」

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