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episode.77 念のため言っておくが

 手足を拘束された盾のプリンスは、元・剣のプリンスに連れられ敵勢力の基地へたどり着いた。

 もっとも、現時点では雑に床に転がされているのだが。


「何だと!? プリンセスどもが戻らねぇ!?」

「はい。何らかの理由で操作解除されたものかと」


 アオに似た容姿の女性が淡々と告げると、元・剣のプリンスは「ふざけるな!」と叫んで女性の片頬を張った。女性は僅かに俯いただけで表情は変えない。それからもいくつか暴言を吐かれるも、静かに耐えていた。


「あーあー思い通りにいかねーなぁ」


 不機嫌な元・剣のプリンスは舌打ちしてから視線を盾のプリンスへと下ろす。

 そして思いついたように髪を掴んで引っ張り上げた。


「盾のプリンス、ストレス発散のおもちゃになれ」


 鳩尾付近を蹴り上げられた盾のプリンスは眉をひそめる。


「なぜ森のプリンセスからは逃げた?」


 問いに対し、元・剣のプリンスは「強いからに決まってるだろ」と答える。


「森の力が凄まじいことぐらい知ってる。これでも元・プリンスだからな。俺は負けるかもしれない喧嘩はしねぇ」


 それを聞いた盾のプリンスは呆れたように視線を横へ逸らし、少し馬鹿にしたように「……そういうことか」と呟いた。

 空間に二人以外の声はない。

 付近にいる女性はその場でじっとしているが黙っているまま。


「ま、成功に変わりはねえよ。今回の目標は最初からテメェだったしな」


 女性はいないも同然。


「それで何がしたい。ただ暴行を加えたいだけか」

「ああ?」


 元・剣のプリンスは声を低くして威圧するように睨みつける。が、盾のプリンスはさほど怯まない。声も睨みも効果はあまりなかった。


「殴る蹴るで恨みを晴らしたいならそうすればいい」

「ま、そういうことは後でじっくりさせてもらうさ」


 二人の視線は敵としてしか交わらない。

 元・剣のプリンスは置物のように立っている女性に「例の件、頼む」と指示。女性は「承知しました」と無機質に返しその場から立ち去った。


 それから数分が経過し、一人の女性が現れる。


 うねりのある長い金髪と凹凸のある肉付きの良い身体が特徴的な女性。睫毛は長く目は大きい、厚みのある唇には桃色の紅が引かれている。白いブラウスのボタンは上から数個を外し恥ずかしげもなく胸もとを晒している。


「お呼びですかぁ?」

「よく来たな」


 女性は二本の腕を元・剣のプリンスの片腕に絡めこれでもかというように胸もとを腕に押し付ける。ただしあくまでさりげなく、たまたま触れているだけというような面持ちで。


「元・剣のプリンス様ぁ、今日はどのようなご希望でぇ?」

「俺じゃない」

「えぇ? どういうことなんですぅ?」


 髪から襟へ、盾のプリンスを掴む位置を変える元・剣のプリンス。


「いいから黙ってついてこい」

「はぁーい」


 元・剣のプリンスは盾のプリンスを乱雑に掴んだまま歩き出す。元・剣のプリンスの腕にしがみつくように絡みついている女性もそれに従い足を動かし始めた。


 自力での歩行は難しい状態のため引きずるような運ばれ方をする盾のプリンスは、廊下を通過している最中、ふと聞き覚えのある声を聞いた。それは、泣いているような悲鳴のような、独特の激しさのある声。ぶえええ、というような。ただ引きずられるだけの盾のプリンスにはどこから声が来ているのかは見えなかったが、音だけは確かに耳に届いたのである。


 やがて一枚の扉の前に到着。

 操作盤に触れ銀色の扉を開けると、元・剣のプリンスは盾のプリンスを部屋の中へ放り投げた。

 四肢の自由が利かない盾のプリンスは肩から床に落ちる。


「そいつを可愛がってやれ」

「えぇ? 今日はこの人が相手なんですかぁ?」


 わざとらしく両拳を胸の前で握りながら頬を膨らませる金髪女性。


「元・剣のプリンス様がいいですよぅ」

「わがままを言うな!」


 女性は不満そうな顔を作りつつ「はぁーい」と低めに返事した。


「じゃあな。最期に精々楽しめよ」


 扉が閉まる。

 限られたスペースしかない狭い部屋の中、金髪女性と盾のプリンスだけが残る。


「元・剣のプリンス様ったらいじわるぅ」


 女性は独り言のように呟いたが、すぐに「ま、仕事あるだけいっか」と気を取り直し、改めて盾のプリンスの方へ目をやる。それから四足歩行の動物が地面のものを調べるような動きで転がっている盾のプリンスに近づく。


「で、何しますぅ?」


 桃色に塗られた長い爪が目立つ手で盾のプリンスを仰向けにさせると、手足を使い歩くようにして、身体をゆっくり上に乗せ――それから女性は問いを放つ。


「ご希望はありますかぁ?」


 女性は前側に垂れてきた髪を手で掻き上げるようにして後ろへ流すと、その手をプリンスの服と上着の隙間へ差し込み指先を滑らせる。

 それと同時に恥じらいなどなく披露している胸をプリンスの鎖骨辺りへ擦り付けた。


「前、開けましょうかぁ」

「……それより手足の拘束をどうにかしてほしい」

「拘束?」


 上に乗り身体を密着させながらもきょとんとする女性の耳もとへ、プリンスは口を近づける。


「この状態では何も満足にはできない……」


 囁けば、女性は瑞々しい表情になる。


「意外と乗り気なんですねぇ! いいですよ、でも、このことは秘密にしてくださいねぇ」


 女性はそう言うとあざとく「よいしょよいしょ」などとこぼしつつ盾のプリンスの手足をくくっていたものを外した。


「できましたよぉ、これで良いですかぁ?」

「あぁこれでいい」

「でもぉ、意外でしたぁ。心行くまで楽しみたいタイプには見えなかったか――」


 女性が言い終わるより早く、盾のプリンスは女性を床に押し付けた。


「え……」


 うつ伏せで自由を奪われた女性は言葉を失う。

 驚きやら戸惑いやらで何も言えずにいる女性の両足を盾のプリンスは速やかにくくった。

 ちなみに、足をくくるのに使用しているのは、先ほど外れたばかりのそれまで彼を拘束していたものである。


「な、に……を……」

「感謝はしている、拘束を解いてもらいありがたかった」


 女性は手を使いつつ懸命に動いて何とか座る体勢に戻った。

 しかしその時には盾のプリンスは次の行動へ移っていて。


「ちょっとぉ! 何してるのよぉ!?」


 女性は騒ぐが、盾のプリンスは既に扉の方へと足を進めていて、端に手をかけて扉の状態を確認している。


「無視しないでぇ!?」

「うるさい」

「酷い! 満足させてあげるのにぃ!」


 やがて、ガチンと硬い音がして、扉が外れた。

 それから静かに振り返る盾のプリンス。


「念のため言っておくが」


 女性は彼の方へ進もうとするがなかなか上手く進めない。


「そうやってはしたなくすり寄れば思い通りになると思っているなら間違いだ」

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