episode.76 流れるもの
「盾のプリンス様! すぐお助けしますので!」
「ちょっと黙ってウィリー」
「あ、はい……申し訳ありません……」
変に力んでいるウィリーを落ち着かせ、森のプリンセスは元・剣のプリンスと向き合う。
その瞳に優しさは一切ない。
「プリンセス一人来たところで何ができる?」
「そうね。そこの情けない男の回収と貴方の退治かしら」
「はっはっはは! そりゃ無理だ!」
元・剣のプリンスは高らかに笑い、ひものようなものを取り出す。
「お前もすぐに拘束してやる。この特別な拘束具でな。そうすりゃ無力、プリンセスなんぞ怖くねぇ。なんせ、これを使えば、お前らの力は使えねぇからな」
勝ち誇ったような顔でネタばらしする元・剣のプリンス。
森のプリンセスは呆れたような表情を浮かべる。
「そんなことをわざわざ説明するなんて、呑気なのね」
「俺が直々に試して完成させたんだよ! たまには自慢しねぇとな!」
森のプリンセスとウィリーは同時に、意味が分からない、というような顔つきになった。
その時。
「なーんてなぁー」
元・剣のプリンスは盾のプリンスの襟を掴むともう一方の手の指をぱちんと鳴らす。
すると彼らの姿は消えた。
「無駄な戦いはしねぇよ」
残ったのは、その声と真夜中の静けさだけだった。
「あああ! 消えてしまいました!」
先に声を発したのはウィリー。
彼は目を大きく開きつつその場でぴょんぴょん跳ねている。
「プリンセス様! どうしましょう!」
「自慢だけして去っていくとは驚きね……」
「敵を逃がしてしまいました! しかもプリンス様ごと!」
森のプリンセスは溜め息をついてからウィリーの肩にぽんと片手を置く。
「夜中よ、騒がないで」
「は、はい」
「一旦戻りましょう」
「承知しました」
盾のプリンスは連れ去られ、森のプリンセスとウィリーは避難所へ戻った。
◆
朝が来る。
けれども憂鬱だ。
森のプリンセスらから聞いた。盾のプリンスが連れ去られた、ということを。聞いた時は、またしてもこれか、という思いを抱くことしかできなかった。
ちなみに、別室に寝かせている杖と剣のプリンセスは、あれからまだ眠り続けているようだ。
暴れだしていないだけましと言えるかもしれない。もしかしたらこちら側へ帰ってきてくれるかも、という希望もある。まだ確定ではないけれど、希望はないよりある方が良い。今は良い展開を信じようと思っている。
一方戦闘後に気を失った時のプリンスはというと、部屋の角で寝かされている。時折アオが様子を見に来るがそれ以外は実質放置である。
そして私はというと、人間たちが過ごしている部屋の中であっちへ行ったりこっちへ行ったりと動いている。必要なものを部屋へ運び込んだり人へ渡したり、というのが、私に与えられた役割なのだ。ただ、今は少し休憩しているけれど。
「フレイヤちゃんー」
声を聞き扉の方へ視線を向ける。開いた扉の向こうには薄い緑色の髪を持つ女性。柔らかな笑みを浮かべている。
「あ、森のプリンセスさん」
「今は休憩?」
「そうなんです」
彼女は何度も部屋へやって来ては声をかけてくれる。
盾のプリンスがいなくなったから気を遣って?
真実は知らないが、何にせよ、彼女が優しいことは事実だ。
「少し前までは食べ物を配っていました」
「そうだったのねー。お疲れ様、そして、手伝ってくれてありがとうー」
「いえ。私だけぼんやりしてはいられませんから」
私にできることはこのくらいしかない。
その点がとてももどかしいけれど。
「実はね、二人が目覚めたみたいなのー」
「プリンセスさんたちですか?」
「えぇ。だからね、ちょっと会いにいかない?」
係員の女性とウィリーが薄茶色の箱をそれぞれ持って室内に運び込んでいた。二人は働きながら喋っている。二人とも表情は明るい。
「そうですね、行きたいです」
「じゃ! 行きましょ!」
こうして私は森のプリンセスと共に別室へ行くことになった。
森のプリンセスは木製の扉を軽くノックし、それからゆっくり開ける。
戸が開くと、簡易ベッドの上で上半身を縦にしている二人の姿が見えた。
「……クイーン」
扉に近い方のベッドを使っている杖のプリンセスが先に私を見つめた。
「お久しぶりです、杖のプリンセスさん」
対面するのが久々だからか緊張してそれだけしか言えなかった。
でも元の彼女に戻っていることは確かだ。
「わたくしは……どうやら皆に迷惑をかけていたようですね。何と申し上げれば良いのか……本当に、申し訳ありませんでした」
「いえ。目を覚ましてくださってとても嬉しいです」
それは純粋な思いだ。
一人でも多くこちらの陣営にいてほしい。
「フレイヤさん」
剣のプリンセスは簡易ベッドから飛び降りて駆けてくる。
急に動いて大丈夫なのか?
「話は聞いたわ。ずっと迷惑かけてたみたいで……ほんとごめん。何も覚えていないの。でも……やったことは消えないわ」
「また会えて良かったです」
鬱陶しいとか思ってごめんね。
「また共に戦ってくださいますか?」
「もちろん――っていうか、いいの!? あたし参加できるの!?」
「当然です」
「うっそ! 思ってなかった! ありがとーっ!!」
剣のプリンセスは急に抱き締めてくる。
テンションが高いなぁ、と思いながら――この前森のプリンセスをぎゅっとしていた時のことを思い出してしまって辛くなる。
盾のプリンスがいてくれたならもっと嬉しかったのに。
「……私も嬉しいです」
きっと最後まで言えていなかったと思う。
抱き締められて涙が出た。
「え!? え!? 泣いてる!? どうしてっ。もしかして痛かったとか!?」
でも、この涙は、彼女とは関係ない。
誰かのせいではない。
私の中の勝手な感情のせい、それだけ。
「フレイヤちゃん……一旦出ましょっか」
「……はい」
気を遣ってか森のプリンセスが声をかけてくれて、私は一旦部屋を出た。
中の二人からしたら「わざわざ来たのにすぐ出ていくとは、何をしにきたのだろう」という感じだったかもしれない。
ただ、すぐに涙を止めることが難しそうな私にとっては、森のプリンセスの気遣いはとてもありがたかった。
「すみません、急に……」
「いいのよ」
森のプリンセスと二人、奥まった部屋へ移動する。
この前女性係員が変な男性に絡まれていた部屋だ。
「……盾のプリンスが心配?」
壁にもたれるように座り、小さく頷く。
「そうね。……長く一緒にいたものね」
森のプリンセスは私の横に腰を下ろした。
「ごめんなさいね、彼を救えなくて」
「貴女のせいではありません」
「いいのよー、気なんて遣わないで」
静かに言って、彼女は私の頭を撫でる。
「こんな風に言うべきではないかもしれないけれど、彼がいなくなって辛いその気持ちはわたしも少しは分かるの。置いていかれるのは辛いものだわ、どんな形であっても」
何も言えない。今は腕で顔を隠すことくらいしかできない。涙に濡れた情けない顔を晒したくない、その気持ちが大きい。
「でも彼はプリンスよ、きっと死んだりしないわ」
声は聞こえる、けど、頷く以上のことはできず。
「わたしはそう思う」
言葉を返したい。けれど。何も出てこない。
「だから、貴女は彼を信じて。……最後まで希望を捨てては駄目よ」
励まされた温かさよりこんなことを言わせてしまったという罪悪感の方が勝る。
「……はい」
彼女は信じていても、もう二度と、本当の意味では彼に会えなかった――。
思いを馳せれば馳せるほど、切なくなる。




