episode.74 伝えて
その頃になって森のプリンセスが帰ってきた。
プリンセスを見た時一瞬気まずそうな顔をしたベージュの髪の女性だったが、少しして、勢いよく頭を振り下ろす。
「あの……、先ほどは申し訳ありませんでした……!」
戸惑ったように目をぱちぱちさせる森のプリンセス。
女性は頭を下げたままだ。
「そんなそんな、頭を下げたりなさらないでー」
珍しくおろおろする森のプリンセス。
ちょっぴり新鮮だ。
「助けていただいたというのにあのような態度をとってしまって……すみませんでした」
「こちらこそ、驚かせてごめんなさいー」
森のプリンセスと係員の女性、二人がまた仲良しに戻れて良かった。
心の底からそう思った。
特殊な力のせいで仲良しでいられないなんて酷過ぎる。そんなことはあってはならないし、あってほしくない。たとえ違いがあったとしても共に歩める可能性は存在していてほしい、今は特にそう思う。
◆
同時刻、一階通路の窓が割れた場所付近では、盾のプリンスと人型になっているウィリーが窓の修理を行っていた。
修理と言っても綺麗なガラスの窓に戻すわけではない。あくまで割れたところを一時的に埋めておくという作業である。具体的な内容としては、割れた面を頑丈な板で塞ぐ、というようなもの。
「盾のプリンス様とご一緒できるとはとても喜ばしいことです!」
「下をきちんと持ってほしい」
作業の最中ウィリーは気を遣ったような言葉を発するが、一方の盾のプリンスはというと作業に関する希望を返した。
「は、はいっ」
ウィリーは弾むような明るい返事をするが、その顔面は少々ひきつっていた。
彼にとって盾のプリンスと共同で何かをするというのは緊張することなのだ。なぜなら、これまで二人きりで作業をする機会というのはあまりなかったからである。つまり、慣れていない、それに尽きる。
「これでよろしいでしょうか?」
「あぁ。問題ない」
「はい! また何かありましたら躊躇なく仰ってください!」
訪れる静寂。
盾のプリンスは黙々と手を動かしているが、板の下側を支えるウィリーは気まずさを感じたような顔をし続けている。
「盾のプリンス様、あのー、少しよろしいでしょうか?」
「何か」
静寂に耐えられなかったのか、ウィリーは勇気を持って声をかける。が、プリンスの琥珀のような瞳にじろりと見られ表情を固くしてしまう。ただ、そこで会話を諦めるウィリーではなく、懸命に会話を続けようとする。
「盾のプリンス様のお好きな食べ物は何でしょうか!?」
もっとも、緊張もあってか変な話題を出してしまったのだが。
「何を言っている?」
盾のプリンスは首を傾げおかしなものを見たような顔をする。
「も、申し訳ありません! くだらないことを!」
「いやべつに」
「ありがとうございます! では! お好きな食べ物は!?」
「特にない」
「あ、そうですか」
盛り上がらない度合いが凄まじすぎて、ウィリーは珍しく真顔になってしまった。
そんな時だ、いつの間にか現れていた女性が声を発したのは。
「あのぅ……すみません」
盾のプリンスとウィリーはほぼ同時に声がした方を見る。
廊下の真ん中に見かけない顔の女性が一人。
二人は「誰?」とでも言いたげに互いの顔を見て、それから再び女性へ目をやる。
「盾のプリンスさん、ですよね?」
「何か」
「実は少しお話したいことがありまして。ちょっとだけお時間よろしいでしょうか」
「今は作業中だが」
「急ぎの用件でして……すみません、どうか、お願いします」
「他をあたってくれ」
「そうしたいのですが、この件に関しましては、どうしても貴方でなくてはならないのです」
盾のプリンスは眉間にしわを寄せる。が、少しして、「分かった、行こう」と応じる意思を示した。
それから彼はさりげなくウィリーの方へ視線を向けて口もとを小さく動かす。
つ、た、え、て、と。
歩き出す女性と盾のプリンスを後ろからじっと見つめていたウィリーは、二人の姿が見えなくなってから、作業は一旦やめて上の階へ向かうのだった。
一方盾のプリンスはというと、女性に誘導され建物を出てまだ暗い外を歩く。
「これなのですが……」
やがてたどり着いたのは壊れた大きめの看板の陰。
人のようなものが転がっている。
「すみません、こちらへ来ることはできますか?」
「よく見えない」
盾のプリンスは溜め息をつきつつしゃがむ。
「えっとですね、もう少しこちらの……」
女性はプリンスの片腕を軽く引っ張るようにして引き寄せ、もう一方の手に隠し持っていた長四角の物体をプリンスの首に当てようとした――が、すれすれのところでプリンスは首をひねってかわした。
しかし。
かわせたとほっとする間もなく、うなじに衝撃が走る。
「っ!?」
プリンスは思わずその場に伏せた。
動けない。
「よーしよしよし、作戦せいこーう」
壊れた人形のように力なく転がっていたはずの人のようなものが立ち上がる。その手には女性と同じで長四角の物体があり、その物体の先端部からは黒っぽい稲妻のようなものが発生してばりばりばぢばぢと気味の悪い音が鳴っている。
人のようなものの身体から霧のようなものがふわりと出て、次の瞬間には姿が変わっていた。人間のように見せかけていたが、その本当の姿は元・剣のプリンスだった。
「まんまとついてくるとはばっかだなぁ!」
盾のプリンスは元・剣のプリンスを静かに睨む。
冷たい夜風が吹き抜けてゆく。
「……元・剣のプリンス」
「まともに食らってまだ動けるところだけは立派だなぁ?」
「うるさい」
「言ってろ、生意気なこと言えるのも今だけだ」
余裕に満ちた表情の元・剣のプリンスは指をぱちんと鳴らす。するとその軽い音を合図にして上空から黒い光線が降り注ぐ。盾のプリンスがそれに気づいた時には既に手遅れで、結局彼は光線を防ぐことも回避することもできなかった。
一撃で髪を束ねていたものは弾け飛んだ。
その様を至近距離で見ていた元・剣のプリンスは、座ったまま腹を折り曲げて上半身を前に倒している盾のプリンスの両腕を掴み、素早く太い黒帯で縛る。加えて、両足首も同じように縛った。
「これでもう盾は使えねぇ! 盾のない盾のプリンスなんぞちっとも怖くねぇわ!」
「……怖くない時にわざわざ怖くないとは言わないと思うが」
顔にかかる髪が鬱陶しいと感じてか盾のプリンスは顎を軽く左右に振って髪を払った。
「ふざけんなよ!」
感情的になった元・剣のプリンスは、片足を大きく上げ、うつ伏せのままの盾のプリンスの背中を踏みつける。
「そのくらいでは痛くない」
「まだ挑発するか、調子に乗りやがって……!!」
元・剣のプリンスがさらに踏もうとしたその瞬間、ヒールが地面を叩く音が響いた。
「調子に乗っているのは貴方でしょう」
現れたのは森のプリンセス、それとウィリー。




