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episode.68 なぜ?

 元・剣のプリンスは舌打ちしながら右腕を伸ばす。すると、地面に落ちていた愛剣は、磁石で引き寄せられたかのように彼の手の内へ収まった。彼はニヤリと口角を片側だけ持ち上げ、それから、アオを包む物体に向けて剣を振った。


 金属同士が擦れるような大きな音が響き、アオが身を縮めるのが見える。

 盾のプリンスが出した物体が硬いことは確かだが、絶対に破られないかというとそんなことはない。それだけに心配ではある。早くどうにかしなくては、と。


「やめてください! こんなこと!」


 焦りのせいか、そんな言葉が口から滑り出てしまって。

 やってしまったと自覚した時には元・剣のプリンスに睨まれていた。


「はぁ? 調子乗ったこと言ってんじゃねぇよ馬鹿が」

「アオさんに酷いことしないでください」

「なーに善人面してるんだ? こいつは元々敵だろうが! こっちの問題だろ、ほっとけ!」


 夜風が葉を揺らす、それすらも今は不気味に感じられる。


「剣と杖のプリンセスをあんな風にしたのはこの女だ。それでもこの女を庇うのかぁ?」


 そう言われたアオは今にも泣き出しそうな顔をした。

 心当たりがあるのだろう。


「……人は変わります。アオさんだけでなく、誰もが、時と共に変わるものです。貴方だってそうでしょう」

「うっせえな! くっだらねぇ!」

「アオさんは穏やかに生きることを望んでいます。もう何もしないでください」


 その瞬間、元・剣のプリンスの目の色が変わった。


「穏やかに生きる? 笑わせんな! この作り物の命にそんな自由あるわけねぇだろうが!」


 敵の意識が私へ向いていることを察してか、時のプリンスはアオに駆け寄る。


「俺だってできるなら穏やかに生きたかったがなぁ、そんな夢は叶わなかった。プリンスだったからな……なのに! こんな作り物は生き方を自由に選べるのか!? 勝手すぎんだろ!! 理不尽にもほどがあるだろ!!」


 元・剣のプリンスはどうやら自身が選べなかったことを怒っているようだ。


 彼の主張がまったく理解できないかというとそんなことはない。プリンスであったがために決められた道を行くしかなかった、その悔しさも、少しは分かる。


 けれどもそれはアオを傷つけたり殺したりすることとは別の話だ。


「――ま、今日はこの辺にしてやるか」


 直前まで激怒していた元・剣のプリンスだが、急に大人しくなった。


 よく分からない……。


「クイーンズキャッスルが陥落した今、散らばったプリンセスプリンスなんぞまったく怖くねぇわ。なんならそのクソ女もくれてやる」


 アオを仕留めるのは諦めるということだろうか?

 そうならありがたいのだが。


「ま、見てろよ。これから俺の人間どもへの復讐が始まるんだ。すべてが闇に染まるだろうなぁ、はは。でもいいんだ。あいつらは俺らに感謝しなかった……それが悪いんだ、全部、全部……ははは! 感謝もできねぇ人間どもはとっとと消えろ!」


 そこまで言って、楽しそうに笑い、元・剣のプリンスは姿を消した。


 唐突に戻る静けさ。


「何なんだ」


 怪訝な顔をする盾のプリンス。


「消えた……みたいですね」

「ひとまず終わった、か」


 一番近くにいる盾のプリンスと視線を重ねて言葉を交わした。


「あ、そうでした、アオさ――」


 言いかけて、呑み込む。

 アオと時のプリンスが見つめ合っていたから。


 いや、変な意味ではなく、単に近くにいるだけなのだが――でも、そこに割って入っていくのは、少々申し訳ないような気もして。


 取り敢えず様子を見ておくことにしよう。

 そう思っていると。


「よく分からないな、あの男」


 盾のプリンスがさらりとそんなことを口にした。

 意外と言うなぁと思いつつ「時のプリンスさんのことですか?」と確認すると、彼は「いや違う、そうでなく」と返してきた。


「では、元・剣のプリンスさんのことですか?」

「そう」


 だったら納得。

 よく分からないというのは同感だ。


 彼は何度も私たちの前に現れいつも攻撃を仕掛けてくる。が、そのわりには殺すところまでする気ではないようだし、いつも最後は逃げるように去っていく。決着の時まで戦い続けるわけではない。それに、今回などはさらに謎で、途中からは人間への不満を発するだけに近かった。


 人間に憎しみを抱いていることは分かるけれど、私たちに絡んで何の得があるのか……。


「そうですね。とにかく謎です」

「あまり離れないようにしよう」

「はい。その方が良さそうですね。いつ敵が来るか分かりませんから」


 近くにいる者同士で喋っていると。


「早く手当てしたいですけど……ここには何もなくて……」

「要らぬわ」


 アオらの会話が耳に飛び込んできた。


「斬られています! 放置は駄目です!」


 声がする方向を見てみると、アオが時のプリンスの右の袖を引っ張っているのが視界に入った。


「要らぬと言っておるであろうが」

「強がりはやめてください! そのような行為は無意味です! とはいえ……手当ての方法がありませ……そうです! このエプロンをちぎって……!」

「馬鹿なことを言うな。服は大事にせんか」

「でも……!」

「放っておけば治る」


 個人的には『服は大事に』で少し笑いそうになってしまった。いや、べつに、その発言も間違った発言ではないのだけれども。服を大事にすることは大切ではあるのだけれど。ただ、それを素で口にしているところに独特のセンスを感じたのだ。


 一人脳内で思考しているうちに、時のプリンスは地面に腰を下ろす。

 それから分かりやすくはぁと溜め息のようなものを発する。

 アオは彼の横にしゃがんで顔を覗き込むようにして「手当てしますから」とか「少し待っていてください」とかを繰り返す。が、プリンスの方はというと「要らぬ」の一点張りである。


 すると、一向に交わらない二人の会話を聞いてか否かは定かでないが、盾のプリンスが二人の方へと歩いていった。


 彼は時のプリンスの正面にしゃがむ。

 私はさりげなく彼の後ろにまでついていっておいた。


「……何か」


 時のプリンスは冷ややかな態度で接する。


「右腕を出してほしい」

「は?」


 いきなり声をかけられた時のプリンスは警戒したような顔をした。

 が、警戒したような顔をされていることなど一切気にしない盾のプリンスは、負傷した右腕を勝手に掴む。


「何をする!」


 いきなり腕を掴まれた時のプリンスは攻撃的に発し腕を振った。

 しかし盾のプリンスの握力の前では無力。


「悪意はない」


 盾のプリンスは、片手で時のプリンスの右腕を掴んだまま、もう一方の手で右腕の傷の部分に触れる。すると、傷を覆うように半透明の湿布のようなものが出現する。出現の数秒後、それらは傷口付近にぴったり貼り付いた。


「……何をしておる」

「手当て」

「勝手なことを。不要だというのに」


 時のプリンスが軽い愚痴を言うような雰囲気で言った瞬間、盾のプリンスは真正面にいる時のプリンスを真っ直ぐ見た。


「なぜ? しておくに越したことはないと思うが」

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