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episode.67 夜はまだ終わらない

 それからしばらくアオと喋った。


 彼女が純粋な人間ではなく造られた存在であること、元は敵のところで働いていたがもうそちらへ戻る気はないこと、皆となるべく仲良くしたいと思っていること――彼女に関する色々なことを知ることができた。


 もう空は暗く視界はあまり良くない。

 星だけが地表を照らしてくれている。


「かなり暗いですね。ここではこれが普通なのですか?」

「そうですね、日が沈むのは普通のことです」

「不気味です。早く……キャッスルへ帰りたいです」


 会話している間は元気を取り戻せているアオだったが、思い出してしまったようで、またしても最初と同じようなことを言い出した。


 でも、その気持ちが理解できないかというと、そういうわけではない。


 私だってこんな知らないところで過ごすよりかはクイーンズキャッスルにいる方が良かった。だってその方がいろんな意味で気が楽だから。クイーンズキャッスルにいれば、少なくとも暗さに困ることはないだろうし、屋外にずっといなくてはならないわけでもない。


 人の世で生まれ育った私でもそう思うのだから、人の世にいた経験のない者たちはもっと色々思うだろう。


「アオ! いい加減にせよ! 同じことを何度も言わせるな」


 時のプリンスはピリピリしている。

 誰も近づかせないような空気を放っている。


 しかし盾のプリンスはというと非常に呑気で、一人木にもたれながらあくびをしていた。辺りに漂う気まずさには興味がないようだ。


「……すみません」

「まったく」


 段々アオが気の毒に思えてきた。


 だってそうだろう?


 彼女には時のプリンスしかいないのだ、頼れる者は他にいない。それなのに彼に不機嫌な態度をとられたら。アオは心細いに違いない。


 その後私は一旦盾のプリンスの方へ戻る。


「おかえり」

「ありがとうございます」

「しかしこれは……いつまで暗いままなんだ?」

「朝が来るまでです」


 不機嫌にならない盾のプリンスに癒やされる……いろんな意味で。


「まだ数時間はかかります」

「そうか。人の世というのは不便だな」

「まぁそうかもしれませんね。でも、人は、暗い間に寝ますから」

「なるほど」


 こちらは平和そのもの。

 ただ、時のプリンスは相変わらず不機嫌で、彼とアオは離れたままだった。


 夜の暗さ、それすらももう懐かしい。木々の色、さりげない風、それによって葉が擦れ合う音――何もかもが久々で、大昔の知人に再会したような気持ちにならずにはいられない。


 でもあの頃とはすべてが変わった。

 そしてこれからも、きっと、大きく変わってゆくのだろう。


「だが、空は美しいと思う」


 一人訳もなく過去現在未来について考えていた時、右隣に座ってぼんやりしていた盾のプリンスが口を開いた。


「……はい?」

「いつまでも見上げていたいような空だ」

「空? 空が綺麗という話ですか?」


 彼は一時的にこちらへ視線を向け頷く。

 が、すぐに視線を上へ戻した。 


「そうですね。星も見えますし、綺麗ですね」


 ひとまずそう返し、それから。


「盾のプリンスさんはキャッスルに帰りたいとは思わないのですか?」


 直接尋ねてみた。

 すると彼は再び視線をこちらへやって「なぜ?」と問いに問いで返す。


「盾のプリンスさんは寂しくないのかなーと思ったんです」

「そうか。……私はべつに寂しくはない」

「強いですね」

「そんなことはない。特に執着はないというだけのことだ」


 確かに、あまり興味がないだけにも思える。


「ただ、君と合流できたのは良かった」

「それは私も思いました! 知り合いがいなかったら心理的に厳しいですしね」

「あ、あぁ……」


 少し残念、というような笑みを浮かべられた。


 私、何かやらかした?

 そんなことはないと思うのだけれど……。


 ――その時。


 アオのうわずったような声、悲鳴に似た声が響く。


 驚きそちらへ視線を向ける。


 先ほどまでとは向きを反転させ体勢も変えている時のプリンスとその背中側で瞳を震わせながら尻餅をついているアオが見えた。


 状況を把握できない。


「おーやおやおや、この状況で軽傷で済ますとはやるなぁ」


 そんなことを言いながら闇から現れたのは、元・剣のプリンスだった。

 その手には以前見たことのある見るからに禍々しい剣。そして、僅かな光を受け獣の眼のように煌めくその刃には、少量ながら赤いものがついていた。


「腕……」


 アオはおろおろしつつも時のプリンスの右腕の心配をするのだが。


「下がっておれ!」


 その心配すら強く弾かれる。


 怯えた様子のアオが気の毒としか言い様がない。

 当然のんびりしている場合ではないというのも分からないことはない。この状況ではいちいち丁寧に相手していられないというのも分かる。だから時のプリンスのことも責められはしないのだけれど。


「だが余裕はないみたいだなぁ」


 元・剣のプリンスは愛剣を肩に乗せ余裕を表現しながら挑発するような言葉を並べる。


「ま、そうだろうなぁ。そーんな失敗作を可愛がるようなセンスだからなぁ、俺に勝てるぐらい強くなんてなれるわけねぇだろうなぁ。はっははは。しっかしそんなよわぁい男がプリンス名乗ってるとはどこまでも呆れる、溜め息しか出ねぇよ。なぁ? ゴミのプリンスさぁん?」


 時のプリンスは低い体勢を保っている。


 そして。

 元・剣のプリンスの下半身に勢いよく突っ込んだ。


「あ!?」


 時のプリンスは片腕で元・剣のプリンスの片足を掴み上げ転倒させる。そのまま相手を地面にねじ伏せ、剣は片足の爪先で弾き飛ばした。


 地面を転がってきた剣は私の足近くで止まる。


 それを見た盾のプリンスは私に少し下がるように言った。もちろん従う。これに関して彼の指示に逆らう利点はまったくない。


 一旦動きが止まる。


 時のプリンスは元・剣のプリンスを地面に押さえつけている。


 その次の瞬間、苦し紛れの拳が時のプリンスの顔面に入るかと思われたが、それより早く動いた者がいた。


 アオだ。

 驚いたことに彼女の右手の指は伸びていて、その指先から放たれる電撃のようなものが元・剣のプリンスを襲った。


「クソ女が……!」


 元・剣のプリンスは顔面をぴくぴくさせ怒りを隠そうともしない。彼にとって怒りは強大な力だったようだ。彼は力ずくで時のプリンスを振り払うと怒りの対象であるアオの方へ走る。


「っ……」


 アオは覚悟を決めたような顔をする。

 そんな彼女に襲いかかる元・剣のプリンス。


「出来損ないのくせに!!」


 元・剣のプリンスは武器はないもののアオを本気で仕留めにいこうとしているようだった――が、それは叶わなかった。

 盾のプリンスがアオを包むような形で重厚感のある物体を出したのだった。


「ちっ……盾のプリンス……テメェ! いっつもいっつも邪魔なんだよ!」

「何とでも言えばいい、悪口は言われ慣れている」


 アオはひとまず大丈夫そう。


 けれども夜はまだ終わらない。

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