episode.66 幻のような夢、その先にて ★
まるで夢であるかのような白色の世界、穢れなき空間のその中で、私は微笑み合う二人の女性を見た。
金髪の女性と灰色の髪の女性――容姿は違えど姉妹のように――いや、それ以上の縁で結ばれているように見える二人。
彼女たちは光の中で穏やかに笑い合う。
幸せのただなかにいるような、そんな雰囲気をまといながら。
私もそこに入れてほしい。手を伸ばすけれど、届くはずもなく。切なさを感じていると、灰色の髪の女性がふとこちらへ視線を向けて。視線が重なったような気がした瞬間、彼女は少し悲しそうに目を細め、小さく首を左右に振る。
そして、私は目を覚ました。
青い空が見える。
それに加えて、覗き込む盾のプリンスの顔も視界に入った。
「プリンス……さん」
「良かった、気がついたか」
少しして気づいた。
彼に膝枕されていたようだ。
何だろうこの何とも言えない感じは……。
「一体何が……?」
ゆっくりと上半身を起こす。
胸もとにはコンパクトがあった。
「あの男が球体を斬った。で、気づけばここにいた」
盾のプリンスの話を聞きつつ周囲へ視線を向けてみる。
森の中のようなところだ。
周りには多くの木が生えている。
「そうですか……」
「何がどうなったのかはよく分からない」
「ですよね……」
一つ確実に分かることがあるとすれば、それは、ここがクイーンズキャッスルではないということ。土の地面と生えている木や草を見ればそのことは簡単に分かる。
もしかしてここは人の世ではないのか?
そんなことを思ったりする部分もあるが……。
「フレイヤちゃんさん!」
急に名を呼ばれ、振り返ると、茂みから出てきているアオがいた。
「アオさん……!」
「良かったです、生きていたのですね」
彼女はこちらへ駆けてくる。
これは嬉しい再会だ。
一人でも多く知り合いが傍にいてくれる方がありがたい。
「あの、アオさんはお一人で?」
「いえ。時のプリンスも。二人です」
少しするとアオを呼ぶ男声が聞こえてくる。さらにそれから少しして、茂みががさがさと音を立てたと思ったら、四つん這いの時のプリンスが姿を現した。
「アオ! 少しは考えんか、お主と同じルートはまともに通れぬわ! 狭い!」
彼はとても不機嫌だった。
優雅にお茶を飲んでいたところから急にこんなところに来たのだから仕方ないのかもしれないが……。
それにしても、時のプリンスがこんな長文を自ら発することができるとは、正直意外だ。
「貴方大きいですからね」
「お主が小さいだけであろうが」
アオと時のプリンスはそんな風に言葉を交わしていた。
仲良さげだなぁ――はともかく、味方二人と合流できたのは大きいし心強い。
愚痴を言いつつも茂みを何とか突破した時のプリンスはゆっくり立ち上がる。その時たまたま目の前にいた盾のプリンスと向かい合う形になったのだが、時のプリンスは特に何も言わず。盾のプリンスが控えめな会釈をしただけで二人の接触は終わった。
それから私はアオと話した。
時のキャッスルにいたところ突然謎の光に包まれたこと、そして気づけばプリンスもろとも知らない場所にいたこと、そういうことを教えてもらえた。
全員こちらへ来てしまったのだろうか……。
その後、私たちは、四人で少し歩くことになった。というのも、今のままでは情報が少なすぎるのだ。ここが人の世かもしれない、というのは私の中の案だが、それを証明するには人か人が暮らす街を目撃しなくてはならない。そういうこともあって、状況把握のため、少し歩いてみることにしたのだ。
時のプリンスだけは嫌そうだったけれど。
勇気を出して調べてみる価値はあった――私たちはめでたく人間の街と思われる場所を発見できたのである。
とはいえ、まだ近づくことはできない。
人々が暮らす街の存在を一度確認して、私たちは元の場所へと帰った。
ただ、少し気になることがあった。何かというと、人々の様子が少しおかしかったのだ。彼らの動きはまるで災害の前触れを感じているかのようで。中には大きな建物に向かって歩いていっている者までいて、普通に暮らしているというような様子ではなかったのだ。
「何というか、穏やかさがなかったな。あれが人間の街なのか」
「いえ……あれは少し様子がおかしいような気がしました」
最初の場所へ戻ってから、盾のプリンスと話をする。
徐々に日が傾いてきた。
「謎しかないな」
「ですね……」
盾のプリンスは空の色が移り変わるのを不思議そうに見ている。
「これからどう動くか、難しいところだが、君に任せよう」
「え!? ……それは困ります」
「困るのか? だが人の世のことは君の方が知っているだろう」
「それはそうですけど、この辺りのことはまったく知りませんよ」
気づけば夜になっていた。
時間の経過はとても早い。いや、とても早く感じる、と表現するべきか。何にせよ、あっという間に夜が来てしまった感じがする。キャッスルでの変化のない暮らしに慣れきっていたからか、いつの間にか私まで、こういう変化には不思議さを感じるようになってしまっていた。
今日は野宿か。
こんな日が来るなんて。
そんなことを心の内だけで思っていると、少し離れたところで時のプリンスと一緒にいるアオの弱々しい声が聞こえてくる。
「……時のキャッスルに帰りたいです」
地面に腰を下ろし溜め息ばかりつく時のプリンスの一人分ほど空けた左隣に、しゃがみ込んで暗い顔をしているアオ。
二人とも弱ってるなぁ……と何となく思った。
「無茶言うな。帰れるかは試して無理だっただろう」
「でも帰りたいです」
「何度も言わせるなアオ。無理なものは無理なのだ、諦めよ」
アオが気の毒に思えてきたので彼女の方へ行ってみることに。
「大丈夫ですか? アオさん」
控えめに声をかけてみると、彼女は面を持ち上げた。
「フレイヤちゃんさん」
「寂しいですよね、こんなところにいると」
「いえ、そのようなことは」
青い瞳がこちらを見つめる。
「よければお話しませんか? 私、アオさんのこと、色々知りたいです」




