episode.64 希望はあると信じたい
クイーンズキャッスルにて、ミクニと一緒に軽い体操をしていると。
『わりーな、いきなり』
海のプリンスから連絡があった。
彼からの連絡というのは珍しいような気がする。
「何でしょう?」
『愛のガキ、連れ去られたんだってよ』
「え!?」
目を点にしてしまった……と思う。
驚きは脳を大きく揺らし思考を一時的に停止させる。考えようとはしているつもりで、しかしながらまともな思考はできず、空回りするばかり。次に発するべき言葉を導き出すことができない。
『理解できねーって顔だな』
「連れ去られたってどういうことなのかしら? 殺されたのではなく?」
私が何も言えずにいると、代わりにミクニが言葉を発してくれた。
「殺害ではないのね」
『さすがにそれはねーだろ。死体があったわけでもねーし、血まみれってわけでもねーし』
「そう。ならまだ希望はあるわね。でも……相手はそんなに強かったのかしら」
『愛のガキはよえーからな』
まだ何も言えない私を置いて、海のプリンスとミクニの会話は続く。
「弱い? それでもプリンセスでしょう。いくら弱いといっても、さすがに一般市民とは違うのではないの?」
『知るかよ! ババア一気に色々言い過ぎだろ!』
「ババアって……品のないプリンスね」
『そーだよ! 悪いか? 品なくても弱いやつらよりかはまだましだろ』
相変わらず言葉選びが失礼な海のプリンスの背後には穏やかな浜辺と海が広がっている。今のところ彼のキャッスルには問題は起きていないようだ。そこに存在しているのは平和そうな風景だけ。
「まぁそうね。聞かなかったことにしてあげるわ」
『そうしてくれよな! 気の利くババア!』
ミクニは片手で額を押さえ呆れたようにはぁと溜め息をつく。
しかしすぐに会話を再開する。
「ま、何にせよ、こちらはこのまま警戒を続けるわ」
『そーしろそーしろ』
「そちらも気をつけて」
『そこの何も言えねークイーンもしっかりしろよな! じゃ!』
気づいたら通話は終わっていた。
結局、ほとんどミクニに喋らせてしまった。
「大丈夫? クイーンさん?」
「あ……はい。すみませんでした、ミクニさんにお任せしてしまって」
「固まってたわよ」
「すみません……」
今になって申し訳なさが高まってきた。
それに。
敵に連れ去られたらしい彼女のことも気になる。
「愛のプリンセスさん……何とか生きていると良いのですが……」
いつも明るく笑いかけてくれた、私が勝手に悪い風に考えてしまっていた時でさえ微笑んでくれた、少し落ち着きがなくて騒がしくても優しい愛のプリンセス。
彼女には傷ついてほしくなかった。
いや、もちろん、誰一人傷つかないのが最良ではあるのだけれど。
でも……あんなに可愛い女の子が傷つけられるなんて……さすがに心が痛む。
「生きているわよ、きっと」
「……ミクニさん」
「希望はあるわ。だから諦めては駄目よ」
「そう……ですよね。時のプリンスさんだって帰ってきた……だからきっと……愛のプリンセスさんも……」
帰ってきてくれる。
そう信じたい。
◆
「んみゅ……」
暗闇の中、目を覚ます愛のプリンセス。
瞼を開いた彼女の目の前には女性がいた。ちなみに、その女性というのは、アオに似た容姿を持つたくさんいる女性のうちの一個体である。青い髪と瞳を持ち、メイドを連想させるような服をまとい、静かな視線だけを放つような、無機質な存在。
「ふ、ふえ……? アオ……ちゃん……?」
「お目覚めですか」
「アオちゃん……ほえ……違い、ますか……?」
愛のプリンセスはすぐそこに立っている女性のことをアオと勘違いしかけた。容姿が似ていたからだ。ただ、女性は愛のプリンセスに冷ややかな視線を向けるだけで、そこに仲間意識など欠片もなくて。その態度を目にした愛のプリンセスはさすがにアオではないと気づいたようだった。
「ふぇ……違うみたいー……です、ね……」
感情を隠そうとはせず、愛のプリンセスはしょんぼりした。
それから少しして、彼女は自分の身体を見下ろして、急に「えええ!」と大きな声を発した。何度か目をぱちぱちさせて、それから眉間にしわを寄せる。
だがそれもやむを得ないこと。
というのも、彼女は今、全身に鎖を巻かれたうえ壁に貼り付けられているのだ。
「ぶええ!? この状況!? 何なんですかぁーっ!?」
身体を左右に大きく揺らすプリンセス。そのたびに鎖が軋むような音を立てるが、だからといって身が自由になるわけではない。もっとも、彼女自身逃れるために動いているわけではないのだが。
「何をしても無駄です。逃れることはできません」
「そんなことより、何がどうなっているのか教えてくださいー! 意味が分かりませんー! 拘束されてるとかっ!? これって何なんですかっ!?」
混乱気味なプリンセスの問いに、女性は淡々と答える。
「そちらの装置は、貴女の負の感情を増幅し吸収、我々の力とするものです」
だが説明がよく分からなかったようで。
まだ拘束されたままの愛のプリンセスは唇を少々尖らせるようにして「意味不明ですー……」と発する。
その時、入室してきた者が一人。
元・剣のプリンスだった。
「調子はどうだ」
「先ほど目を覚ましたところです」
元・剣のプリンスは女性と一言だけ交えてから改めて愛のプリンセスへと視線を向ける。
「気分はどうだ?」
プリンセスはすぐには彼に気づけなかったようだ。だが、顔を見てから少しして、彼のことを思い出したようで。急に敵意を露わにし始める。可愛らしい容姿ながら、全力で攻撃性を見せている。ただ、それでも、元・剣のプリンスを怯えさせるには至っていないのだが。
「こんなことをしてーっ! 許しませんよーっ!!」
「よく言うな、その状態で」
「馬鹿にしてますねぇぇぇ……」
「可愛い外見のくせして可愛くねえよな」
「うるさいですっ!!」
刹那、元・剣のプリンスはふっと笑みをこぼす。
「だが、そんな風にしていられるのも今だけだ」
「ふぇ……?」
男性が片手の指をぱちんと鳴らすと。
「……ぴゅっ!? ……ふ……びゅええええ!!」
愛のプリンセスの身体を包むように発生したのは黒い稲妻のようなもの。
痛みを感じた彼女は反射的に悲鳴に似た声を放つ。
「ぴええええ! 何ですかこれ……って、ぴいいぃぃぃぃ! 怖いの痛いの嫌いですよおぉぉぉぉ!」
彼女は必死にじたばたするが拘束されてしまっているため逃れられない。
「ま、せいぜい俺の力となってくれよな」
「そんなことそんなこと、絶対、させな……」
「一つだけいいことを教えてやる。抵抗することをやめれば楽になれるってさ」
「嘘ですね……?」
「いいやホント。ま、抵抗しなくなるってことはこっちにつくってことと同義、だけどな」
「駄目なやつじゃないですかぁーっ!!」




