episode.63 みんなといられたらいいな
愛のキャッスルは今日も今日とて優しい世界。柔らかな色調で構成された空間である。そして、その中にいる愛のプリンセスもまた、一人呑気に自由な時間を楽しんでいる。ちなみに今はというと、ソファのような座に腰を下ろしてハート型の毛先を弄りながらあくびを繰り返しているところだ。
だが、突如、そんな優しい世界を断つ者が現れる。
「こりゃー、かなり呑気な世界だなぁ」
突如キャッスル内部に出現した元・剣のプリンスは頭を掻きながら呆れたようにこぼした。
「な……な……何なんですか……?」
一人の男性の登場に気づいた愛のプリンセスは座から立ち上がり警戒心を剥き出しにする。
「いきなりわりぃな」
「不審者……! こっちへは来ないでください」
「あーあー落ち着けよ。話があってきたんだ。いきなり殺しはしねえから安心してくれよな」
そう言った直後、元・剣のプリンスは愛のプリンセスの目の前すぐ傍にまで迫っていた。
「聞いてるか?」
急接近されたことに驚いた愛のプリンセスはその場から跳んで離れる。
逃げるように距離をとった。
「ったく、逃げるなよ。面倒だろ」
「な、な……名乗ってください! 急に現れた人なんて信頼できません!」
「いきなりだが、お前、俺の仲間にならないか?」
きょとんとした顔をする愛のプリンセス。
「……ふぇ?」
束の間、沈黙。
そして数秒後、元・剣のプリンスがそれを破る。
「こんなところで一生寂しく戦いばかり。いいのかそれで」
「アイアイは……べつにそれでも構わないです」
日頃はあまりしないような真面目な顔で返す――それから晴れやかな笑みを浮かべる愛のプリンセス。
「それに、寂しくないですよ? だってだって、ここには、たくさんのお友達がいますから! 毎日とっても楽しいですっ。それにー、戦いはですねー、みんなで戦えば怖くないんです!」
決まった、とでも言いたげな顔をする愛のプリンセスだが、元・剣のプリンスは大きな溜め息を吐きつつ「……はーぁ、馬鹿だな」と呟いた。
そして。
「だが死にたくはないだろう?」
元・剣のプリンスは急に剣を取り出してその先端を愛のプリンセスへと向けていた。
「ふぇ!?」
「死にたくないならこちらへつけ」
「そんなぁ……! こんなの……滅茶苦茶、ですぅ……!」
「剣のプリンセスと杖のプリンセスのことは知っているだろう? 二人はそこそこ穏やかに生きている。だからお前もそうなれ。そうすれば死なずに済む」
キャッスル内には、元・剣のプリンスと愛のプリンセス、その二人だけ。他には誰もいない。元・剣のプリンスは躊躇なく武器を出し、愛のプリンセスはそれに視線だけで抵抗している。
「駄目です。だってだって、二人はみんなを傷つけてます。アイアイはそんなことできません」
「俺に逆らうなら死ぬしかないんだぞ?」
「それでも……それでも……アイアイはみんなの敵になるのは嫌です!」
「そうか、そうかよ!! お前も定めゆえ派かよ!! 分かった分かった、なら――もういい!!」
元・剣のプリンスは相棒である剣を手に愛のプリンセスに斬りかかる。だが愛のプリンセスはその動きをしっかり捉えていて。即座に床を蹴り身体をふわりと宙に投げる。そして、着地するまで待たず、両手を前へ伸ばした。それによって数本のリボンが発生し、それらすべてがまだ床に立っている元・剣のプリンスへと迫ってゆく。
リボンは彼の剣を持つ腕に絡む。
愛のプリンセスの攻撃はそれで終わりではなかった。
「はぁーっい!!」
叫びと共に、人の上半身ほどのサイズのハートを発射。
それは見事に元・剣のプリンスに命中した。
彼が大きな声を発するとほぼ同時に着地する愛のプリンセス。
「ぐ……」
「武器を振り回すのはやめてくださいっ!」
「は……はぁ……甘い、甘い……」
「愛のキャッスルはアイアイを傷つけるために来るところじゃないんですーっ! 帰ってもらいますー!!」
だが。
「甘いんだよッ!!」
一分も経たないうちに、元・剣のプリンスは絡みつくリボンをすべて引きちぎった。
「ふええ!」
「こんな可愛いリボンで俺を止められるわけがないだろ」
元・剣のプリンスは剣を手に再び突っ込んでいく。感情の波が大きくなっていることもあってか先ほどまでよりも勢いが増している。
そして叩き込まれる一撃。
愛のプリンセスは咄嗟にハートを出して防御したが、ハートは一度の攻撃だけで壊れてしまう。
「ふぇ……」
もはや何もできない。
できることを失った愛のプリンセスの腹部に剣の持ち手の一番後ろの部分が叩きつけられる。
「びゃ!」
剣の持ち手に腹を殴られた愛のプリンセスは数歩分ほど後ろ向きに飛ばされ地面に倒れ込む。涙で潤んだ瞳を震わせながら口を大きく開けて息を整えようとするが、努力も虚しく呼吸は不規則なまま。そんな状態であるから、当然、素早く立ち上がることなどできない。
元・剣のプリンスは動けない愛のプリンセスに歩いて近づくと、片手で長い髪の一部を掴み、そのまま彼女を強制的につり上げる。
「弱いくせに口だけ立派だなぁ」
馬鹿にするようなニュアンスで言われた愛のプリンセスは、らしくなく目の前の彼を睨んだ。
「うるさいです……!」
「何だよ可愛くねえなぁ」
「そんなのどうでもいいです! アイアイは絶対屈しませ――びゅぇっ」
愛のプリンセスは右頬を張られた。
「生意気な女だな!」
元・剣のプリンスは彼女をさらに引っ張りあげる。そして顔の高さが揃うくらいまで引き上げた。二人の顔面が同じ位置に揃う。愛のプリンセスは男性と顔が近づくことを嫌そうにしていたが、彼は、それを察しながら敢えて顔を接近させる。
「弱いやつがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!」
彼が叫んだ、刹那。
「ふみゅ!!」
愛のプリンセスは目の前の彼の片耳に噛みついた。
それは彼女なりの最大の抵抗だった。
しかしそれが逆鱗に触れてしまって。
「いてぇ! ……もう絶対許さない、許さねぇ!!」
愛のプリンセスは高い位置から床に落とされる。そして、まだ伏せるようにしているうちに、真上から背中を何度も踏まれた。それを数回繰り返した後、とどめの一発として蹴り飛ばされる。
一連の流れが終わった時には、愛のプリンセスは気を失っていた。
「ふん。もうくたばったみたいだな。やっぱ弱いなぁ」
元・剣のプリンスは少し納得したよう一人発して、それから、完全に脱力している愛のプリンセスの身体をひょいと持ち上げる。
「さて、どうやって使うかな」
そう呟く彼はご機嫌だった。




