episode.58 貴方にはがっかりしました ★
※こちらのページ以降に掲載している挿絵はADA様にお願いして制作していただいたものになります。
確かアザリケといったか。
今画面に映り込んでいるのは以前も何度か絡んできた彼だ。
「ちょっと、何なの? 急にこんなことをして一体どういうつもりかしら」
森のプリンセスは眉間にしわを寄せ不愉快極まりないというような顔をする。
『まだ状況が呑み込めていないみたいだね』
アザリケは楽しそうにふふっと笑みをこぼしてから移動する。数歩移動してから地面にしゃがみ込むと、伏せさせられている時のプリンスの姿が映し出された。しかも伏せることを強制されているのみならず、うなじの辺りに剣を突きつけられている。
ちなみに、剣を突きつけているのは剣のプリンセスだ。
操られているから仕方ないと分かっていてもさすがにそろそろ厄介と思ってしまうようになってきた――本人は悪くないけれども。
「目的は何なのかしら」
『アオちゃん? だっけー? 処分しなくちゃならないんだ。だから目的は彼女を殺すことだよ』
「ふざけないで。そんなことさせるわけがないでしょう」
『だ、か、ら、こいつを使ってるんだよ』
「人質というわけね」
『そうそう、そういうこと。お仲間を助けたいなら彼女をこっちへ来させてよ。一人で、さ』
隣にいるアオは不安そうに瞳を震わせながら画面を見つめていた。
見ていて気の毒だ。
彼女の気持ちを想像して察してしまう、だからこそ、見ていて胸が痛い。
「ふざけたことを言わないで! そんな危険な目に遭わせるようなこと、できるわけないでしょ!」
『じゃあ残念だけど首を落とすよ』
「待って!!」
森のプリンセスとアザリケが言葉を交わしていたところに割り込むアオ。
「行きます。行きますから、どうか、やめてください」
振り返り驚いた顔をする森のプリンセス。
『そう? 助かるよ。でも、一人で、だよ。分かってる?』
「もちろんです! 私は貴方のような卑怯なことはしません!」
さりげなく悪口。
刺激しない方が良いのでは、と思ってしまったり。
「ですから、そちらも約束は守ってください!」
『守るよー』
正直、アザリケの口調だとあまり信用できない。守ると言っているのなど口だけなのではないか、と感じてしまう。
が、今はあれこれ考えている暇なんてないのだろう。
選択肢は限られている。
できることをするしかないのかもしれない。
『可愛いアオちゃんが優しくて良かったねー。ね? 命拾いしたご主人様?』
アザリケはいやらしい笑みを向ける。
「待っていてください時のプリンス。私、すぐ行きますから」
『来るな!』
……来るな、て。
いや、でも、おかしな発言ではないのかもしれない。
敵がいる場所にアオが一人で来ることになるわけだから、彼とて心配ではあるだろう。
「では。すみませんがこれで」
「待って、アオちゃん。本気で言っているの?」
「はい」
「乗せられては駄目よ、危険だわ」
「心は決まっています」
「……そう。分かったわー。でも、本当に、気をつけてね」
その後私たち三人は別行動することになった。
アオは時のキャッスルへ行く、私は一旦クイーンズキャッスルへ戻る。
別れしな、二人になった時、森のプリンセスは「心配しなくて大丈夫よ」とそっと耳打ちしてくれた。
◆
「アザリケ様……いいえ、アザリケ、貴方にはがっかりしました」
アオはらしくなく怒っていた。
今すぐにでも殴りかかって泣かせたいくらいの気持ちを抱え、一方で、殺意を持った敵の前へ姿を出すことへの恐怖感も抱いている。
「ふーん、本当に一人で来たんだ」
「言ったでしょう、私は卑怯なことはしないと」
アザリケの近くには杖と剣のプリンセスが待機している。
アオは彼女らのことをよく知っている――かつて、操られた二人の管理調整を任せられていたから。
「アオ……来るなというのに」
時のプリンスは伏せるような体勢のまま口角を僅かに下げる。
直後、アザリケは急に時のプリンスの背中を踏みつけた。
それを目にしたアオは眉尻をつり上げる。
「何をするのですか!」
「うるさいなぁ」
「やめてください!」
「こいつが悪いんだよ、勝手な発言をするから」
そう言ってアザリケが片足に力を加えると、アオは「卑怯者!」と叫ぶ。
「よく言うよ、ついこの前までこっち側だったくせに」
「……目的は私なのでしょう。彼は無関係です、すぐに解放してください」
「そういうわけにはいかないなー」
「なぜ……」
アオが顔をしかめると、アザリケは意地悪に目を煌めかせた。
「確かに目的は君だよ。でも、ボク個人としては、プリンセスプリンスには恨みがあるんだよ。何回もかっこ悪い目に遭わされているしさ。だからこれは個人的な仕返し!」
弾むように発したアザリケは愉快そうに目を細めてから時のプリンスの背中を激しく踏むことを繰り返す。
「いい加減にしてください! そんなこと!」
「ま、そっちは大人しくやられているといいよ」
直後、黒い光線がアオを襲った。
アオは咄嗟に左へ飛び退き回避に成功。しかし次が迫る――光線を放っている主は操られた杖のプリンセス――アオは必死で片足で地面を蹴り再び回避した。が、途中でバランスを崩してしまい、腰の左側面から地面に落ちる。
しかし操られた杖のプリンセスは非情で。
既に次なる攻撃に備えている。
「何をしておる! 早く逃げんか!」
時のプリンスが叫ぶのとほぼ同時に放たれる光線。
もはやなすすべなしというような顔をするアオ。
打てる手はほぼなく限りなく危険、という状況――しかしそこに響いたのは穏やかな鈴の音のような声。
「……酷いじゃないー」
現れたのは森のプリンセス。
光線は植物の塊で防いだ。
「大丈夫? アオちゃん」
「あ……」
経験したことのない状況にまともな言葉は発することができないアオ。
「それにしても、変ねー。男を虐めるのが趣味なの? 不思議な人だわー」
「味方、か……ならこいつは殺す!」
アザリケは不快感を全開にして叫んだ。
虚ろな目のままの剣のプリンセスは、時のプリンスの首もとにあてがっていた剣をほんの少し持ち上げ、振り下ろそうとしたのだが。
「駄目よー?」
その剣に突如植物が発生。
急に現れたそれらは、剣全体と使い手の腕を包み込むように増殖する。
ちなみにその現象は杖のプリンセスとその杖にも起きていた。杖のプリンセスもまた、厄介な植物のせいで杖を使えなくなっていた。
「お、おい! 何してるんだよ!」
腕やら何やらを動かせなくなったプリンセスらに対し、アザリケは鋭い言葉をかける。
「あ……あの……あり、が……」
「アオちゃんは偉い!」
「え……」
「よく頑張ったわねー、偉い!」
森のプリンセスはアオの前にしゃがみ込み右手を出す。
「ありがとう……ございます、でも……」
「立てるかしら?」
「あ……は、はい」




