episode.3 盾と剣と、あの物語
「君の母親は何者だ?」
盾のプリンスは顔を近づけ凝視してくる。
私は思わず後退した。
刹那剣のプリンセスのチョップが彼の背中に命中した。
「ちょっとは気を遣いなよ!」
剣のプリンセスは立ち上がり両手を腰に当て威張るようなポーズで鋭く言い放つ。
「うるさい」
盾のプリンスもしっかりと反撃。調子は淡々としているが、遠慮したり引き下がったりする気はないらしい。
「はぁ!? 何だそれ! あたしが助けてあげたってこと、もう忘れたわけ!?」
「耳が痛い、黙れ」
「相変わらず偉そーに! ふざけんなっ!」
盾のプリンスはそれ以上は言い返さなかった。吐き捨てるように言われても、もうこれ以上は反応しない。何か考えているかのように暫し黙り、それから、再び視線をこちらへ向けてくる。
「騒がしくしてすまない」
「ちょっと……!」
剣のプリンセスは今にも噛みつきそうだ。
「それより、少し聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「そのコンパクトは先代クイーンのものに似ている。君の母親は……先代クイーンなのか?」
彼は胸を貫くような真っ直ぐな視線をこちらへ向けてきた。
「え……何の話ですか……?」
口では一応そう言っているが、心当たりがまったくないというわけではない。
祖母がよく読み聞かせてくれたあの物語。
プリンセス、プリンス、そしてクイーン。目の前の二人が話していることと祖母がよく聞かせてくれた物語には、重なっている点が少なくない。
これは単なる偶然の一致だろうか?
いや、そうは思えない。
「私は母の顔も父の顔も知りません。でも、心当たりがあるかないかで言えば、ある、かもしれません。……祖母が昔よく読み聞かせてくれた話があるんです」
琥珀のような瞳はこちらを見つめているままだ。
「かつて荒廃しきったこの世を救い、今も誰にも知られないまま人の世を護り続ける、八人の物語」
私は祖母に読み聞かせてもらった物語について明かした。
それを聞いて先に口を開いたのはプリンセス。
「ほぼ完全にあたしたちの話じゃん……」
プリンセスは目をぱちぱちさせながらそんな言葉を漏らしている。
やはり無関係ではなさそうだ。
その時、客室の奥にある小窓の向こうに何かが見えた。
私はそれが何か把握できない。が、プリンセスとプリンスがほぼ同時にそちらへ視線を向けたため、恐らく敵なのだろうと察することはできた。少なくともただの鳥ではなさそうだ。
刹那、小窓が砕け散り、黒いものがこちらに向かってくる。
影に似た刃のようなものは私に狙いを定めているようで、明らかにこちらに向かって突き進んできている。
しかし対処できない。逃げるか隠れるかしなければ。でもできそうにない。動けない。
思わず目を閉じる——が、痛みが走ることはなかった。
瞼を開くと、黒いものは目の前で止まっていた。いや、厳密には、盾のプリンスが片手で掴んでいたのだ。
「……あ、ありがとうございます」
「今死なれては困る」
「それでも……ありがとうと言わせてください」
その時には既に、剣のプリンセスはひと振りの剣を手にしていた。
ややくすんだ金色の鍔に赤い宝玉がはめこまれている剣。
「そっちは頼んだ!」
叫び、プリンセスは向かってくる黒いものを次から次へと斬ってゆく。
凄まじい剣技だ。
剣を振るたび刃部分から金粉のようなものが散っている。
「へましないでよね!」
「うるさい」
さすが『剣の』とつくだけある。プリンセスの剣技はとにかく速い、そして確実だ。狙った獲物を逃しはしない。いろんな人の剣技を見てきたわけではない私でも、その技術の高さに驚く。
それに、戦っているのに血生臭くない。
舞いを見るような感覚で見ていられる。
「盾のプリンスさん、あの……」
「何か」
「それ、握っていて大丈夫なんですか?」
彼が握っていた黒いものの一部はにゅるりと伸び、彼の手の甲に刺さっている。いや、刺さりきってはいないかもしれないが。ただ、鋭い先端が彼の手の甲に当たっていることは確かだ。
「刺さってません?」
「この程度なら刺さらない」
「……本気で仰ってます?」
「盾の加護を受ける者はそもそもが頑丈にできている」
刺さらない、は、さすがに返答に困った。
しかし何とか会話が続いている。
もっとも、今は呑気に会話を続けている場合ではないのだが。
「ある意味凄いですね」
「本来は盾も出せる。……その代わり攻撃手段はないが」
そう言って、彼は手にしていた黒いものを握り潰した。
その握力は攻撃手段にならないのか? と突っ込みたくなるが、迷惑かもしれないのでそこには触れないでおく。
ちょうどその頃になって、剣のプリンセスが戻ってきた。
「取り敢えず一掃できたわ」
「凄い剣技でした!」
「え。……あ、そ、そう? えぇ……そんなに褒められたらちょっと恥ずかしいかも……」
プリンセスは丸い頬をほんの少し赤らめる。戦闘中は勇ましい戦士にしか見えないのだが、こうして照れているところを見ると可愛らしい女性にも見えないことはないから不思議だ。
「ありがとう! ……あ、名前。ごめんなさい、名前は何だっけ?」
「フレイヤ・アズリベルです」
「フレイヤさんね! 褒めてくれてありがとう!」
ご機嫌なプリンセスは私の両手に自分の両手を重ねてくる。指を絡めることにも迷いがない。当然邪な思いがあるわけではない。プリンセスは純粋に喜びを露わにしているだけのようだ。
「って、ごめん! 馴れ馴れし過ぎた!」
プリンセスはぴょんと飛び退く。
「いえ。大丈夫ですよ」
「ありがとう……でもごめん! 早速あたしたちのごたごたに巻き込んじゃって!」
「これも何かの縁、できる範囲であれば協力します」
私にできることなんて限られているだろうけど。でも、もし何か一つでもできることがあるなら、協力したいとは思う。可能なら、彼女たちの力になりたい。




