episode.19 暫しとどまる
私はしばらく杖のキャッスルにとどまった。なぜかというと、剣のプリンセスの様子をこの目で確認していたかったからだ。命に別状はないとのことだが、世話になった剣のプリンセスを放っておくことは私にはできなかった。
「……徐々にでも良くなりそうですか?」
今日もまた杖のプリンセスが治療を続けてくれている。
意識はまだ戻られないけれど。
「はい。少しは改善してきているはずです」
杖のプリンセスは喋り方は淡々としているけれど、その声からは温もりが感じられる。
「なら良いのですが……」
「クイーンが心配なさることはないのですよ」
「でも! ……それでも心配です」
「そうですか。とても優しいのですね」
真っ直ぐな視線を向けられつつそんなことを言われた私は、何だか照れ臭くて、彼女から目を逸らしてしまう。
「そんなことないです」
その時はそれだけしか返せなかった。
剣のプリンセスの目覚めを待つこと数日。
その時はついに訪れた。
「クイーン、少し構いませんか?」
数段だけの階段の二段目に座りコンパクトを眺めてぼんやりしていた私に、杖のプリンセスが声をかけてきた。
「あ、はい。何でしょうか」
「剣のプリンセスが目を覚ましたのです」
「本当ですか!」
この時の私にとっては何より嬉しい話題だった。
私を止めるものなど何もない。私は即座に腰を上げる。腰を上げることに関して重さなんて一切ない。むしろ、考えるより先に身体が動くくらいで。
剣のプリンセスのもとへ急ぐ。
彼女がいるとされている場所へ着くと、杖のプリンセスが白いカーテンを開けてくれた。するとそこには、意識を取り戻した剣のプリンセスの姿があった。この前まで横たわっていた台に、今は腰掛けている。
「剣のプリンセスさん! 良かった!」
半ば無意識のうちに発していた。
「来てくれてありがとう! 嬉しい!」
急ぎめの数歩で歩み寄る。
「心配させちゃった? ごめんね。本当に」
「いえ! いいんです! 無事ならそれで!」
ちなみに杖のプリンセスは後方で待機している。去っていくというわけではなさそうだが、今以上こちらへ進んできそうにはない。ただ、穏やかな顔つきをしているので、怒ってはいないだろう。
「盾のキャッスルは奪還できたみたいね」
「そうなんです!」
「ま、そういうことなら良かったわ。そもそも目的はそこだったしね」
「はい」
なぜだろう、今は前より距離が近づいたような気がする。
ただの都合の良い解釈かもしれない。
けれども私たちは前よりずっと近くにいる、それだけは確かだ。
「ダメージはもう回復したんですか?」
「うん、それなりに。完治かって言ったら分からないけどね。動けるのは動けるよ」
さらに数日が経ち、剣のプリンセスはほぼ全快した。
一時は意識すら失われていた――そんなことをまったく感じさせない、晴れやかな顔をしている。
そんな剣のプリンセスと共にクイーンズキャッスルへ戻ることとなった。いつまでも杖のキャッスルに居座っているわけにはいかないし、クイーンズキャッスルの様子も一応確認しておかなくてはならないから。
「お世話になりました! 杖のプリンセスさん!」
杖のキャッスルを出る時、剣のプリンセスは杖のプリンセスに礼を述べていた。
「気にすることはありません」
「ありがとうございました!」
「いえいえ」
「じゃ! これで一旦失礼します!」
そうして私たち二人はクイーンズキャッスルへと戻った。
その後一度森のプリンセスと通話した。
離れたところからではあるが、彼女もまた、負傷した剣のプリンセスのことを心配していたようで。復活したと聞いて安心した表情を浮かべていた。
また、その通話の中で、ウィリーを派遣してくれたのが彼女であったという事実も改めて直接聞くことができた。
元々奪還戦のことは知っていたようだが。杖のキャッスルにも敵が来た話を杖のプリンセスから聞いて私たちのことが心配になり、それで、少しでも協力できればとウィリーを送り込んでくれたらしい。
私は何度も礼を言った。
剣のプリンセスも礼を述べつつ頭を下げていた。
◆
「最低限約束は守れるみたいだな、クイーンの娘とやら」
私は今、海のキャッスルにいる。
そして目の前には海のプリンス。
海のプリンスはまだ若いからかもしれないが身長が低い。私よりも低い。背格好はまるで子どものようである。
そして、それとは別に特徴的なのは、前髪。
つんつん跳ねたショートヘアはそれほど珍しいものではない。が、うねる波のような独特の前髪が、妙に見る者の目を奪う。
今日は一人でここへ来た。
なぜなら「一人で来い」と言われたから。
できるなら同行者がいてくれれば心強かったのだけれど、今回は誰にもついてきてもらわなかった。剣のプリンセスも数回同行しようかと言ってくれたのだけれど、断った。剣のプリンセスの好意を断ってまで一人で来ることを選んだのは、一人で、という指定を無視したくなかったから。
「フレイヤ・アズリベルといいます」
「はいはい知ってんよ」
「そうでしたか。失礼しました」
取り敢えず笑顔を作って接しておく。
変に刺激してしまわないように気をつけなくてはならない。
「俺は海のプリンスなー」
「はい。よろしくお願いします、海のプリンスさん」
彼について得ている情報は少ない。だが、これまでの言動から察するに、面倒臭いことと上に立とうとする者は苦手そうだ。それはつまり、それらの条件に当てはまる存在になってしまうと嫌われる、ということ。極力刺激せず、なるべく下から目線で。
「それで、ご用は何でしょうか」
それにしても、この海のキャッスルはかなり開放的だ。座は屋外だし、砂浜のようなものが取り囲んでいるし、海辺らしい木が生えている。ずっと向こうには海のようなものすら見える。また、時折心地よい風が吹き抜け、髪や服の裾を揺らしていく。
「実はさ、用とかないんだ」
「え……」
「ちょっくら試してやろうかなー、とな。地味女がクイーンに相応しい器か確認したくてな」
「何をすれば良いですか?」
海のプリンス。彼はこれまで出会ってきたプリンセスプリンスとは雰囲気というかまとっているものがまったく違うように感じる。荘厳な雰囲気はなく、その代わり、考えていることを掴みづらいような雰囲気がある。
「取り敢えず、あっち行こうぜ」
「座ですか」
「あぁ。そこで話してやる」
「分かりました。お願いします」




