プロローグ
「かつてこの世界は悪しき者の干渉により荒廃しきっていました。悪い感情、憎しみ、苛立ち……そんなものばかりが蔓延っていたのです」
これは、記憶だ。
親のように育ててくれた祖母がよく読み聞かせてくれた。
この世界の平穏を保つため人知れず戦い続ける者たちの物語。
「そんな時、人の世を負の感情から救うべく立ち上がった八人の戦士が現れました。ある時、彼らは悪しき者を撃退し、人の世から追い出しました。そして、再びこのようなことが起こらないようにと、人の世を護るための八つのキャッスルを造り上げたのです」
幼い頃、祖母はいつもこの本を読んでくれた。それは、私が気に入っていたからでもあるけれど、どうやらそれだけでもないようだった。
もっとも、祖母が亡くなってしまった今、真相を知る方法なんてないけれど。
「一人はクイーンとなり、残る七人は特別な力を持つプリンスプリンセスとなりました。そうして今もこの世界を護り続けているのです」
今は遠き、幸福な過去。
「ねぇおばあちゃん。この世界はいつまでも平和なの?」
「いいえ、それは分からないわ」
「でもその本ではその人たちが護ってくれてるって……」
「物語は物語よ」
祖母は、でもね、と続ける。
「もしあなたが本当に困ったら、そのコンパクトに祈るのよ」
「これに?」
「それはあなたのお母さんがあなたのために遺したもの。きっとあなたを護ってくれる」
「えー、本当にー」
「そうよ。フレイヤ、……もし何かあったら、試してみて」
そう言って微笑む祖母の温かな顔つきを、今も覚えている——。
◆
目覚めた時、私は自室のベッドの上にいた。
早朝。いつもより早い目覚め。カーテン越しに見える窓の向こうは徐々に明るくなりつつあるけれど、眩しいというほどではない。まだ寝ている者も少なくはない時間帯だろう。
枕もとに置いているコンパクトを手に取る。
起床直後にこれがあるかを確認するのが日課なのだ。というのも、この微かに白濁した水晶のような素材で作られたコンパクトは、幼い頃祖母に貰った宝物。祖母が言うには、母が遺したものらしい。
でもそれが真実なのかは分からない。
先日二十歳になったばかりの私——フレイヤ・アズリベルが一人の人間として意識を持ち出した時、既に父も母もいなかったから。
触れればすぐそこにあるこの金髪は、祖母が言うには、母から受け継がれたものらしい。また、晴れの日の空のような青い瞳も、髪と同じく母似だそうだ。
でも正直今はそんなことはどうでもいい。
それよりも祖母が亡くなったことが悲しい。
半年ほど前、ずっと私を育ててくれた祖母が亡くなった。かなり年を重ねていた、寿命だったのだろうから仕方ない。人間は皆、いつかはこの世から去る。だから祖母もいつかは亡くなる、当然のことだ。
祖母の夫が裕福だったこともあり、遺産があるため生活には困っていない。
だが、この私には広過ぎる家で一人過ごすのは、どことなく寂しい。
これから私は一人で生きていかなくてはならない。そう考えるだけでも辛くて。胸が締め付けられるように感じられて、本心を言うなら、辛い。この静寂の中、一人生きてゆくのか。そう考えるだけで憂鬱になる。
「……未来に希望がありますように」
不安になる時、コンパクトを両手で握って祈りを捧ぐ。
この時の私は何も知らなかった。
未来に何が待っているかなんて。




