episode.16 盾のキャッスル奪還戦
無機質な壁。雨が降る直前の空を映し出したような、灰色の高い壁。視界に入るだけでこちらの心まで重くなるような壁に、剣のプリンセスは剣を振り下ろす。これまでより一段と煌めいた剣先が、壁を豪快に断ち切る。
正気の沙汰とは思えない。
でもこれが彼女の力、実力なのだ。
剣先が壁をこじ開けた。
「行くわよ!」
剣のプリンセスは叫ぶように発して、壁にできた亀裂の向こうへと入っていく。
私はそれを追おうとしたが、無意識のうちに足を止めてしまう。が、まだ付近にいた盾のプリンスはそれに気づいていて。脳と身体が一致せず困っている私へ片手を差し出した。
「行こう」
一瞬戸惑う。
だがすぐにその手を取った。
「は、はい!」
手を引かれ、駆ける。
盾のキャッスルの内部はもうすぐそこだ。
◆
「あら、意外と早かったわね」
盾のキャッスルの内部へたどり着いた私たちを待っていたのは一人の女性だった。
「あなたたちが来ていることは部下から報告を受けていたわ。でももう少し時間がかかるかと思っていた……正直少し驚いているわ」
真っ直ぐに伸び腰まで達しそうな長さの黒に近い色のロングヘアの彼女は、周りに数人の女性を侍らせている。
「あたしはミクニ。よろしくね」
女性は余裕のある表情で名乗った。
口もとにじっとりとした笑みを浮かべている。
「盾のキャッスルは返してもらう!」
女性に一番近いところにいる剣のプリンセスは、武器を構えて勇ましく言い放つ。
「せっかちね。そう焦らないで」
「降伏なさい!」
「……あら失礼な女性だこと」
女性――ミクニの表情が動く。
余裕の笑みが固めの表情へと変わった。
「部下たち!」
ミクニが濃い紅の塗られた唇を動かすと、周りから多数の敵が現れた。
外で戦った敵と同じ種類の敵だ。全身を黒いもので覆っていて、顔などは見えず、個々を把握することはできない。
「遊んであげなさい!」
ミクニの指示で、敵たちが一斉に向かってきた。
剣のプリンセスは剣を両手で握り回転するようにして敵を払っていく。剣の先に宿る煌めきは消えているが、それでも威力は低くない。それほど強くない敵たちを退けるくらいの威力はある。
ちなみに、私はというと、盾のプリンスの盾に護られていた。
彼の能力は攻撃要素はほとんどない。それでも盾を出す能力はそれなりに便利だった。便利などという言い方をしたら失礼かもしれないが。だが、盾を出している限り、敵を近づけることがない。一対多の状況において、それはかなり良い点だ。
刹那、視界の端に何者かの姿が入り込む。
反射的に振り返り目にしたのは、ミクニの取り巻きの一人。
「お命頂戴します」
南国を連想させるような衣服をまとった彼女の指先には鋭い爪のような武器が装着されている。
盾のプリンスに言おうにも時間がない。
このままではまずい、そう青ざめた、その瞬間。
「くっ……! 何者……!」
どこからともなく現れた一匹の蝶が女性の顔の辺りを不規則に飛び回った。
羽根を動かしながらの飛行には独特の不規則さがある。それこそ、身体を僅かに上下させながら飛ぶような。それゆえ掴みづらい動き方になっている。
だが今はそこが良かった。
取り巻きの女性は蝶の動きに翻弄され私へ攻撃することはできなくなったのだ。
「っ……! いい加減に、しろっ……! ちょろちょろするなっ……!」
次の瞬間、蝶は人の姿へ変化した。
ウィリーだった。
「貴方……」
「やぁ! こんにちは!」
茶色い髪、黒い燕尾服、間違いなく彼だ。
「どうしてここに」
「説明は後からします!」
ただ、以前会った時とは少し違っている部分があった。それは、手に杖のようなものを握っているところだ。彼が手にしている杖は、人の身長の半分くらいの長さで、一本の真っ直ぐな棒に植物が絡みついたようなデザイン。一番上のところには蕾のようなものがついていて、全体的に緑系の色みである。
しかしなぜウィリーが。
彼は森のプリンセスの遣いだから、森のキャッスルにいるはずなのに。
「貴様何者!」
指先に獣の爪のような武器をつけた女性は叫ぶ。
「名乗る必要はありません」
ウィリーは淡々と返し、杖の先端を女性の方へと向ける。すると杖の先端についている蕾が開き、花へと姿を変える。その数秒後、花の中心から凄まじい勢いで葉っぱが飛び出した。
葉っぱたちは恐ろしいくらいの勢いで敵の女性へ向かっていく。
南国風の衣装の女性は向かってきた葉っぱを手につけた武器で払う。葉っぱ飛ばしは失敗に終わったかと思われた――が、そんなことはなかった。ウィリーは再び葉っぱを飛ばしていたのだ。一波はほぼすべて払われたが、女性の気が一瞬緩んだ瞬間に二波が彼女を襲う。
たくさんの葉っぱが一斉に女性に刺さる。
「くっ……」
上手く出きらないような声を漏らしつつ、女性は煙となって消えた。
「怪我はありませんか?」
目の前の敵が消えてから、ウィリーは振り返り尋ねてきた。
その表情は爽やかそのもの。敵地にいるとはとても思えないような顔つきだ。こんな危険なところにいるのに、明るく前向きな顔つきをしている。
「あ、はい。大丈夫です」
「良かった!」
ウィリーは常に爽やかだ。
顔面が快晴の空のようだ。
「協力します!」
「ありがとうございます……!」
その頃になって思い出し、剣のプリンセスの方を向く。
剣のプリンセスはミクニの取り巻きの女性を倒したところのようだ。
「ふん。なかなかやるじゃない」
ミクニはまだ余裕のある表情でそんなことを言っている。
「盾のキャッスルは返してもらうわよ!」
「あたしと戦うつもり?」
「えぇ! 遠慮なくいくわよ!」
いよいよミクニとの戦いが始まりそうだ。