episode.12 承認の儀、そして……
杖のプリンセスに案内してもらいたどり着いたのは、すべてが白い神殿のようなところだった。
床も柱もすべてが純白。
私がここにいても良いのか? と思ってしまうくらい神聖な雰囲気の場所だ。
「あの……ここは?」
「クイーンズキャッスル。クイーンが統べる場所です」
杖のプリンセスは説明しながらも足をとめない。彼女はただひたすら淡々とした足取りで歩いてゆく。私はその背を追うように歩く。
「それは、杖のキャッスルとか森のキャッスルみたいな感じの、クイーン版ですか?」
「そうなりますね」
「何というか……とにかく白だらけ、ですね……」
「そうですね。何か問題が?」
「……いえ、そういうわけではないんです」
杖のプリンセスが一緒にいてくれるから、見知らぬ地へ足を踏み入れたことへの恐怖はあまりない。ただ、この道を進むことが正しいことなのか分からなくて、多少戸惑っている部分はある。本当にこの路で良かったのか、とか、私で本当に良いのか、とか。今さら考えても無駄と分かっていても、それでも、考えてしまう部分はある。
「何だか場違いかなって」
「そのようなことはありません」
「……ありがとうございます」
「妙に丁寧ですね」
杖のプリンセスの口調は淡々としている。
そうしているうちに、一つの椅子の前にたどり着いた。
白色の石で造られた肘置き付きの椅子。背もたれは容易にもたれられそうなくらい高さがある。素材は白色の石でありながら、さりげなく金の細い線で縁取りがされている。が、金の部分はそれほど目立たず。派手さは感じないデザインになっている。
そして、その椅子の右隣には、台に乗った球体のようなものがある。
椅子は椅子と分かるがこの球体は何だろうか。
「こちらがクイーンの座になります」
「硬そうですね」
「着眼点が意外です」
「あ。す、すみません。……何というか」
「いえ、構いません」
そう言って、杖のプリンセスは球体を手で示す。
「そちらに触れてください」
「球に?」
「はい。手のひらで触れてください」
恐る恐る右手を球体へ伸ばす。
そして手のひらで触れる。
すると球体がやや白っぽく輝き出した。
「承認の儀を開始します」
杖のプリンセスが宣言すると、宙に六つのパネルが現れる。
プリンセスプリンスたちとの通信の時と同じ仕組みみたいだ。
『ま! ついにこの時が来たのねー。楽しみだわー』
森のプリンセスは笑顔でそんなことを言っている。
『今日は! 今日こそは! 間に合いましたよ!』
もさもさした赤茶の髪の女の子。確か、愛のプリンセスだったか。以前の通話の時遅刻して大騒ぎしていたのが彼女だった気がする。
『タイミングバーッチリーっでっす!!』
『愛のガキうるせーよ』
『えええーっ!? どうしてそんなこと言われなきゃならないんですかーっ!?』
『いちいち騒ぐなっての』
『むー。おーこーりーまーすーよー』
愛のプリンセスは海のプリンスと勝手に喋り続けている。
儀式の場とは思えない。
好き放題喋るプリンセスプリンスたちに対し、杖のプリンセスは「お静かに!」と注意を発した。
それから少し間を空けて。
「では皆さん、承認をお願いします」
杖のプリンセスが落ち着いた調子で述べた。
今から何が起きるのか。無事生き延びられるのか。脳内に湧いてくる疑問は尽きない。だがこれらのほとんどは脳が勝手に作り出している不安。相手するだけ無駄だろう。だから私は儀式の方へ意識を向ける。無数に湧いてくる不安には目を向けないようにする。
『森のプリンセス、承認。……あぁ、フレイヤちゃんのクイーン姿を見るのが楽しみだわー』
最後のコメントは要らなかったのではないだろうか。
『はいはいはーっい! 愛のプリンセス、承認しまーっす!』
映し出されている愛のプリンセスは楽しそうな顔で片手を大きく振っていた。まるで遊んでいる最中であるかのような、曇りのない明るい笑顔だ。
『海のプリンス承認。ったく、早く済ませてくれよ。だるー』
『……時のプリンス、承認』
二人はあまり乗り気でない者たち。
何というか、少し、申し訳ない気もする。
『剣のプリンセス、承認っ』
長ような短いような不思議な感じ。
『承認』
『ちょ、名称を言え名称を』
発言に不足があった盾のプリンスは剣のプリンセスから即座に突っ込まれていた。
『盾のプリンス、承認』
その後、最終杖のプリンセスが承認を述べると、全員の承認が出揃う。
刹那。
視界が白い光に包まれ、意識が遠ざかった。
◆
気づけば、白い輝きに満ちた異空間に立っていた。
あたりには何もない。杖のプリンセスの姿はないし、座や球体もない。ここはどこだろう、と思いつつ、戸惑って佇んでいると。目の前に一人の女性が現れた。
金髪と青い瞳が私自身によく似ている。
「フレイヤ。貴女もまた、ここへたどり着いたのですね」
私に似た女性はそう言って少し悲しそうな顔をした。
「貴女がその本質に気づかぬまま生きてゆくことを望んでいました。けれどもそれは叶わぬ願いだった……貴女は先代クイーンの――いえ、私の娘です」
私の娘、と言っているということは、彼女が私の母?
会ったことのない母?
「進みゆくなら、貴女はもう戻れはしない。ここが最古の分岐点」
「は、はい……」
「貴女は本当に、その運命を受け入れ、クイーンとなるのですか?」
すぐには答えられなかった。
でもこうしてずっと黙っているわけにはいかないと気づいていた。
たとえ誰かが推薦してくれたとしても、承認を貰ったとしても、誰かが話の流れを作ったとしても。それでも、最後に決断するのは自分自身なのだ。なぜならこれは私の人生だから。
私が私を生きる限り、その道を定めるのは他の誰でもない、私自身。
「よく分からないです。正直まだすべてを把握できていませんし。……でも。それでも、私はおふざけでここへ来たわけではありません」
かっこいいことは言えない。
憧れられるようなことを言えるほど偉大じゃない。
「では帰りますか?」
「いいえ」
「今ならまだ間に合うのですよ、フレイヤ」
目の前の女性はそんなことを言う。
けれどももう迷いはしない。
「私は帰りません! この道を進む意思でここにいます!」