episode.117 清らかな夢
多数のキャッスルが襲撃されていた頃、森のキャッスル。
「フローラ、愛のキャッスルへ行ってきてくれる?」
森のプリンセスは指示を出していた。
「もちろんなのよ!」
複数の他キャッスルが襲撃されてはいるが、森のキャッスルにはまだ敵は来ていない。庭園のようなそこは平常時と変わりない状況だ。普段と何の違いもない時が流れている。
ただ、当然襲撃の連絡は来ているわけで。
森のプリンセスらの表情は穏やかな時とは異なっている。
「ウィリーはここにいて」
「はい!」
人の姿のウィリーはびしと敬礼を思わせるような動きをした。
「もし敵が来たら……分かっているわねー?」
「もちろん! お手伝いします!」
「前へ出すぎては駄目よ」
「はい! 援護に回ります!」
森のプリンセスとウィリーは顔を見合わせてから頷き合う。
二人の瞳には信頼の色が濃く浮かんでいた。
それから二人は静かに時が過ぎるのを待っていた。いつも通り椅子に座って、カップを手にして、美味しいお茶を飲みながら。
だが、やがて、その静けさが壊される瞬間が訪れる。
黒い影で形作った女性が現れたのだ。
「貴女……噂の術使いかしら」
森のプリンセスは手にしていたカップをテーブルの上に置いた。
「ありゃ? アタシのこと知ってんの?」
「どうやら当たりみたいね」
森のプリンセスは黒い影の女性へ氷剣のような視線を送る。
付近でポットを触っていたウィリーも同じようにそちらへ目をやる。
「ははっ、そーだよ。多分、ね」
立ち上がる森のプリンセス。
「ふふ、わざわざ来てくれたのねー。ありがとうー」
「何それイミフメイ」
「歓迎するわー。だって……叩きのめす良い機会じゃない?」
森のプリンセスはくすと笑みをこぼす。
そして片手を前方へ伸ばした。
それを合図として同時に発生した数本の硬い蔓――それらが女性へ一斉に襲いかかる。
無骨な蔓が黒い影の女性の両腕を拘束する。
そうなってから、女性はついにその姿を露わにした。黒く塗り潰されていない時の姿、金髪と身体の凹凸が女性らしい限りなく人間に近い姿。
「あら、美人さんじゃないー」
森のプリンセスはわざとらしく驚いたようなふりをした。
「ちっ……離せっての!」
「そんな乱暴な言葉を使って。駄目よー。可愛い女の子なのに惜しいわー」
「うっさい! 離せ!」
「話せ、なら、大歓迎よー?」
恐怖心など欠片ほどもなく喋る森のプリンセスの後ろで、ウィリーは人の姿のままそわそわしていた。どうも落ち着かないようで、視線があちこちに動いている。常に落ち着いている森のプリンセスとは対照的な振る舞いであった。
悔しそうな面持ちの女性は手の先を器用に動かして腕に絡みついている蔓を掴む。が、少し掴んだくらいで切れる蔓ではない。素手で掴んで何とかしようとしたところで、ぎしぎしと音が鳴るくらいのもの。簡単に逃れることはできない。
そんな女性に、森のプリンセスは歩み寄る。
「企みは何?」
森のプリンセスは大きく開いた目で女性を見下ろす。
「わたしたちに近づいて何をするつもり?」
その声はまるで悪魔の一種のよう。無感情で、しかしながら圧は異常なほどにあり、いつでも殺せると暗に主張しているかのような。そんな声。
「アタシには企みなんてない」
「……ならなぜ絡んでくるのかしら」
「アタシがアンタたちのところに来るのは仕事だから。それだけ。そういう話でまとまってるーってだけ」
少し離れたところにいるウィリーは杖を両手で抱えたまま不安げな顔をしていた。
「ま、でも、絶望した顔を見れるかもーってことで、実益も兼ねてるとも言えるんだけどさ」
「絶望?」
「てことで、アンタもいい顔見せてよね!」
刹那、森のプリンセスは強い衝撃に見舞われる。
「うっ……」
脳を揺らされるような感覚。
吐き気を催しそうな気持ちの悪さ。
次の瞬間、森のプリンセスはキャッスルではない場所にいた。
もうずっと見ていない場所。だがどこか懐かしく。すぐには思い出せない森のプリンセスであったが、少しして、その場所がどこなのかを思い出す。
そこは、かつて愛した人と一時期過ごしていた場所。
人の世にある森のプリンセスが愛した男性が暮らしていた小屋だ。
困惑している彼女の前に、一人の青年が現れた――その人物は、間違いなく、過去森のプリンセスが失った彼であった。
「どうして……」
思わず呟く森のプリンセス。
男性は唇に笑みを浮かべながら彼女へ近づいていく。
「久しぶり。ずっと会いたかった」
「……どうして貴方が」
「あの時はごめん。でも、これからはずっと一緒だよ。だから共に生きようよ」
男性は森のプリンセスにすっと歩み寄り、その柔らかな身体を包み込むように抱き締める。
二人の身体が触れ合う。
清らかで静かな時が流れてゆく。
「貴方は死んだのだと思っていた、でも、違ったの?」
森のプリンセスは彼を見上げる。
深い緑の瞳がかつて愛して失ったはずだった者を捉える。
――だが。
「……様、……ま、プリンセス様!」
夢のような時間を遮る声が届いた。
「しっかりなさってください! 聞こえますか? 見ているのは夢です! 幻です!」
「ウィリー……!?」
届いた声に反応する森のプリンセス。
「どこにいるの」
「夢です! 敵の術です!」
それを聞いて、森のプリンセスは納得した。
これが夢なら。これが敵の術なら。それならば、かつて落命した者が生き返ったかのように振る舞っていても不自然ではない。
刹那、男性が両手で彼女の首を掴んだ。
「っ!?」
首を掴まれたまま後ろに倒れ込む森のプリンセス。
「何をするつもり……!」
「これからはずっと一緒だよ」
「貴方……」
「もう離さない、絶対に――っ、ぎゃ!?」
首を絞めようとしていた男性は突如跳ねる。
森のプリンセスが飛ばした汁を目もとに浴びてしまったのだ。
「悪いけれど、そういうことなら貴方と共に生きる気はないわ」
「あだだだだ。これ。痛い、って。どうにか、し……」
「お別れね、わたしたち」
そして森のプリンセスは目覚める。
目覚めた彼女の視界にはウィリーだけが入った。
「良かった……!」
ウィリーは主の意識の帰還を喜ぶ。




