episode.115 最期 ☆
時のプリンスとアオ、二人は暫し別の場所でそれぞれの時間を過ごした。
アオは地面に座ってじっとしていた。曲げて膝を立てた足を両腕でぎゅっと引き寄せながら膝に顎を当てている。目は日頃の半分ほどに細め、うとうとしているかのような顔つきで、どこでもないところを見つめている。
一方、時のプリンスはというと、茶を淹れてから座に戻りティーカップを傾けている。マイペースの極み、とも言われそうな振る舞いではあるが、一応アオの方へちらちら視線を向けてはいて。彼なりに気にしてはいる様子である。
とはいえ気まずさは消えず、すぐに元通りにはならなかった。
だが、時のプリンスが一杯分飲み終わった頃に、動きがあった。
「先ほどはすみませんでした」
アオが立ち上がり時のプリンスの方へ歩み寄っていったのだ。
「落ち着いたのか」
「……はい」
二人の視線が重なる。
数秒の空白の後。
「では、先代、時のプリンセスについて話そう」
時のプリンスは低めの声でそう言った。
アオは表情をより固くする。今の彼女の顔つきは真剣そのもの。話を聞くことに備えている、と言っているかのような顔つきと目の色である。
「良いのですか?」
「気が変わった。お主が真剣に問うておるのなら話しても構わぬ」
「ありがとうございます……!」
時のプリンスは話す意思を固めた様子。ただ、それでも、表情には心なしか躊躇いや迷いといった色が残っている。だが、だからといってやめようかと考えるほどではないようで、彼は口を開き始める。
先代、彼の母親とも言える時のプリンセスの最期。その瞬間を目にしたのは、まだ完全体となる前の時のプリンスただ一人であった。
その日、時のキャッスルに突如現れた敵。それが二人の平穏を壊した。とはいえ襲撃時から死を覚悟していたかというとそういうわけでもなく。当時キャッスルに敵が現れるのは珍しいことではなかったため、その日も今までと何ら変わりない襲撃と思っており、時のプリンセスはいつものように敵に対峙する。
だが、その日の敵は、日頃のそれとは違っていた。
怪しい攻撃の術を使う、それまで確認されていなかった敵。宙をふよふよと漂いながら時折凄まじい攻撃の術を放つ。本体の肉体はあってないようなもので、その掴みどころのなさに時のプリンセスは苦戦することとなった。
苦戦しながらも粘りに粘る。
が、空中で体勢を崩したところを吹き飛ばされ、近くにあった破損していた柱に貫かれてしまう。
胴を固定されてしまい自由を失った彼女は、敵の術によって発生した黒い炎のようなものに数度にわたって焼かれ、最終的には絶命した。
「……というのが、母上の最期だ」
アオは黙り込んでしまう。
その瞳は恐怖の色を携えながら静かに震えている。
「これで良いか?」
時のプリンスはそう確認するが、アオはまだ何も返せない。
「まったく。こんな空気になるのが嫌だから話したくなかったのだ」
彼がはーと溜め息をついた後、アオはようやく少しばかり口を開き「……それは、その……すみません」と謝罪の言葉を放った。
「アオは何もしていないだろうが、謝るな」
「そのような残酷なこと……話したくありませんでしたよね……」
「いやべつに構わぬ」
アオは左腕の肘の辺りをもう一方の手でぎゅっと掴む。
「ですが……」
何やら言おうとするアオだったが、時のプリンスの言葉が遮る。
「話すかどうかは我が決めたこと、お主のせいではない」
一瞬はっとして目を開くアオ。
しかしすぐに目を伏せて視線を横へ逸らす。
「聞きたかったのであろう? 少しは嬉しそうな顔をせよ。そうでなければ誰も報われぬわ」
「……できません」
「なぜゆえ」
「今、後悔しています。聞いてはいけなかった、と……。あまりに辛くて」
自分が彼と共に楽しく過ごしていたこの場所で、かつて散っていった命がある。
そのことがアオにとっては何より辛かった。
そして、人の立ち入らぬ場所で苦しみと共に死んでゆくという状況も、想像すればするほどに胸が痛んで――上手く言葉にはできないものの、いくつもの感情が胸中でどす黒く渦巻く。
「時のプリンセスが亡くなったこの地で、私は、馬鹿なことばかりして……今、とても、申し訳ない気持ちでいます」
「落ち着けアオ、プリンセスがキャッスルで死ぬなどよくあることだろうが」
「だとしても辛いです……」
アオは言ってから時のプリンスの片腕を掴む。
「貴方は同じ道を辿ってはなりません」
いきなりの飛躍に困惑する時のプリンス。
「歴史は繰り返すと言います。ですが、貴方がそんな風に死ぬところは見たくありません。だからどうか……先代と同じようにはならないでください」
不安そうなアオを見た時のプリンスは、不安を和らげようと考えてか、口角を持ち上げて「そんなことにはならぬわ」と冗談めかしながら発する。
しかしながらアオの中の不安はすぐには解消されなくて。
「最後まで戦わないでください」
彼女は時のプリンスに縋りつくように続ける。
「死ぬまで戦い続けることが正義ではありません、ですからどうか……」
祈るように紡ぐアオ。
その頭を見下ろしていた時のプリンスは、やがて、片手の手のひらで彼女の青い頭を撫でる。
「心配性よな、お主は」
急に頭に触れられたアオはびくりと身を震わせてから面を持ち上げる。
「本当に危なくなったら逃げてください」
「ふん、言われずとも分かっておるわ」
「そのようなことを言いつつ最期まで戦いそうで不安です……!」
「随分信用されておらぬな」
「信用していないわけではないですが……定めとか何とか言って無理に戦いそうで心配なのです」




