episode.112 戦力を集める段階
「逃げラレルと思ったら間違いよ」
あとは逃げるだけ、と思っていたら、ヨクが現れた。
男性でありながら女性のような格好をしている彼は紅を塗った唇の端を僅かに持ち上げると、和服の裾を手で軽く開く。
――そして。
「っ!!」
森のプリンセスに対して蹴りを放った。
とはいえそう易々とやられる森のプリンセスではなく、彼女は咄嗟に片腕を身体の前に置くことで防御した。
薄い色の髪が衝撃に揺れる。
今もまだ空気がびりびりと震動している感じがする。
「やるジャナイ……ふっ!」
一発目の蹴りを防がれたヨクだが、そこからさらに身体を回転させるようにして、もう一方の脚で蹴りを繰り出す。
だが今度は完全に読んでいた。
森のプリンセスは両腕に硬そうな植物を巻き付け、防御に特化した状態となった腕で蹴りを防いだ。
腕を植物で固めていた、二発目に関してはダメージはゼロだろう。
「なかなかセンスイイわね」
「褒められても嬉しくないわー」
睨み合うヨクと森のプリンセス。
二人は一旦離れる。
「可愛いフレイヤちゃんを誘拐したのは貴方かしらー」
「アタチは指示を出しただけよ」
「そう……。でも、貴方に罪がないわけではないわね」
森のプリンセスはそう言って微笑む。
その微笑みが不気味だ。
「行く道の邪魔をするなら容赦しないわー」
今度は森のプリンセスから仕掛ける。彼女が右腕を前方へ伸ばせば、その手のひらから数本の蔓が発生――木の幹のような材質のそれは、一斉にヨクへと向かってゆく。そして、ヨクが動くより早く、彼の四肢に絡みついた。
「今のうちに進むわよ」
ヨクの動きをとめた状態で森のプリンセスは言う。
森のプリンセスはヨクを仕留める気でいるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。ひとまず敵の動きをとめる、それが目的のようである。
そこからまた足を進め、脱出口まで急ぐ。
「こちらです!」
脱出できる地点が見えてきた。
アオが案内してくれているおかげで順調にここまで来ることができた。
ここまで何人もの青髪女性に行く手を阻まれてきたが、アオの指を伸ばす攻撃と時のプリンスの確実な動きで蹴散らすことができた。
時のプリンスがアオに似た存在を攻撃している図というのは少々不自然なものだったが――そのおかげで今があるのだから感謝しなくてはならない。
「フレイヤちゃんさん、ここから、キャッスルへ飛んでください」
「は、はい……!」
前方にはアオ、後方には時のプリンスと森のプリンセス。
詰まっている。
取り敢えずキャッスルへ――念じ、向こうへ飛ぶ。
数秒後。
私はクイーンズキャッスルに戻っていた。
「帰ってこられた……の?」
ミクニに迎えられ、私はこの現実を徐々に理解する。
そこへ入る通信。
『フレイヤちゃんー、大丈夫かしらー?』
「森のプリンセスさん!」
『クイーンズキャッスルへ戻れたかしらー』
「はい。あの、そちらは?」
『こちらも問題なしよー』
直後、もう一方から通信が入って。
『フレイヤちゃんさん! ご無事ですか!』
時のプリンス――否、アオだった。
「アオさん。はい、無事です」
『それは良かった……』
彼女は安堵の色を浮かべた。
「心配させてしまってすみません」
『いえ! 気にしないでください!』
やはり――彼女、アオは、他の青髪女性たちと同じではない。
敵基地で見た他の青髪女性は淡々としていたが、アオには表情も感情もあって人間らしさがある。
『ふふふー。なんにせよ助けられて良かったわー』
「森のプリンセスさん、ありがとうございました」
『フレイヤちゃん、気をつけてちょうだいね』
「あ、はい。そうですよね。ご迷惑お掛けしてすみませんでした」
森のプリンセスはプリンセスとして優秀だ。男嫌いは少々困りものだが、その他に欠点らしい欠点は見つけられない。心優しく、戦闘も強い、攻撃も防御も補助もすべてこなす。
彼女を見ていると、自分の小ささを改めて突きつけられたような気がする。
私が持っているのはクイーンという座のみで他に凄いと言えるような点はない。
光が強いと影も濃くなると言うが、確かにその通りだと思う。光、見つめる者が優秀であればあるほど、影、自分の弱さ無力さを痛感する。
◆
「ヨークーさまっ」
敵基地内の通路にて考え事をしていたヨクに声をかける女性が一人。
その女性は壁から唐突に現れた。
「アラ、ウツロじゃない」
「調子はどうです?」
「クイーンには逃げられちゃったわよ」
「えー……」
ウツロは分かりやすく眉間にしわを寄せる。
それを見てヨクはくすくすと笑った。
ヨクは男性でありながら女性のように手で口もとを隠している。
「でもネ、成果はあったのよ」
「そうなんです?」
「あのクイーン、たいした戦力ではなさそうね」
ヨクの言葉を耳にしたウツロは、束の間、何か思い出しているような顔をする。が、すぐに普段の何でもない時の顔に戻り、視線をさりげなく横にふりながら「そうですかー」と発した。
「クイーンがあれならやりようはありそうだわね」
「どうするんです?」
ウツロの瞳に控えめに宿るのは、興味という名の輝き。
「戦力で圧倒すればいい。……それで勝てそうよ」
ヨクはやや俯いたような状態で口角を持ち上げる。
「えー、それってー、まさかのアタシ出番ないやつー」
「まさか。出番ならアルワよ」
俯いていたヨクは改めて顔を上げ、ウツロへ目をやってから黒ずんだ笑みをこぼす。
「戦力を集める段階に入るわ」
「……はーい」




