episode.110 侵入者と収穫 ★
目の前にいる男性――漆黒の着物なる異国の服をまとっている彼は、ホットミルクを飲みながら昔からの友人と話しているかのような雰囲気で話しかけてくる。
「アタチ、ヨクっていうの。よろしくね」
ここのリーダーみたいな者と言っていた、彼も敵なのだろう。
でもなぜか敵意は感じない。
こちらを油断させるために本心を隠してそう振る舞っているのだとしたら、かなりの演技力だ。
「アタチ、こういうのが使えるのよね」
彼は黒く塗られた長い爪のついた片手を胸の前で開く。するとその手のひらの真上に小型パネルが現れた。人の顔よりほんの少し小さいくらいのパネルだが、私たちが通信する時のパネルに見た目の仕様は似ていた。
そのパネルに映し出されているのは時のプリンスだった。
黒い部屋で手足を拘束されている状態だ。
壁に貼り付けられた彼を斜め上から撮影したようなアングルである。
「えっと……これは一体?」
こんなものをいきなり見せられても困ってしまう。
「アタチの能力よ」
「通信ですか?」
「いいえ、外れね。これは過去の映像。映像を記録に残せる、それがアタチが持つ能力なの」
彼はパネルを出していない方の手でカップ持ち、ゆったりとミルクを飲んでいた。
「一瞬が永遠にナルってことよ。うふふ、なかなかいいんジャナイかしら」
「ではそれは、彼が囚われていた時の映像ですか?」
「そういうコト! よく話が分かってるわね、いい感じよ」
褒められても何とも言えない気持ちになるだけだ。
「これ、アタチの最近一番のお気に入りなのよね」
「そうですか」
「だってだって、好みの男が虐められてるのって最高じゃない?」
ヨクは頬を僅かに赤らめる。
紅を塗った薄い唇が笑みの形を作るのが少々不気味だ。
正直、私には、その趣味は理解しきれない部分がある。でも彼がそう言うのだから、彼の中ではそうなのだろう。誰しも理解してもらえない部分はあるものだ、彼にだってそういうところはあるだろう。不思議な趣味とは思うが、それもまた、私の感性に照らし合わすからというだけのこと。彼の感性をもって見れば、それが普通で、当たり前なのだろう。
「これでも感謝してるのよ? 最高の作品をありがとね」
映っているのは時のプリンスだ、私に礼を言われても困ってしまう。
「安心していいのよ。アナタを意味もなく虐める気はないから。アタチ、女虐めにはまーったく興味ないの」
ヨクがそう言って微笑んだ、刹那。
『ご報告申し上げます』
彼の耳もとから女性の声が聞こえてきた。
どうやら彼の耳には小型の通信機のようなものが装着してあるようだ。耳についた豆のようなそれを使えば、音声のみながら会話ができるのだろう。
声は明らかにそこから流れてきているので間違いないと思う。
『侵入者三名を確認しました』
「何者かしら」
ヨクがまとっている空気は急に変わった。
先ほどまでの穏やかさは一瞬にして消え去った。
『女性二人男性一人、現在施設内を逃走中です』
「捕らえなさい」
『承知しました、我らが王』
女性の声はそれで終わりだった。
「悪いわね、今日はお開きとさせてもらうわ」
「いえ……」
「じゃ、おやすみなさい」
彼が指をぱちんと鳴らすのとほぼ同時に意識が途切れた。
◆
「まったく。楽しく喋っていたのに邪魔されるなんてがっかりだわ。イライラマックスだわ」
クイーンは意識を喪失。睡眠中と同じような状態となってから、多くある部屋のうちの一つの部屋に運ばれた。そこで床に横たえられ、そのまま放置されることとなる。
「侵入者に関する情報は?」
「目撃者によりますと、プリンセスやプリンスの可能性があるとのことでした」
騒々しくなった通路にて、報告係の青髪女性と会話するヨク。
「アラ、それはいいわね」
「どういう意味でしょうか」
「今世代のプリンスは三人よね?」
「はい」
ヨクは少しだけ視線を遠くへやって。
「命令よ、男は確実に生きたまま捕らえて」
「はい」
少し間があって、一人「……さんぶんのいち、ね」と呟いた。
◆
気がつくと、私はまた知らない部屋で寝ていた。
最初に寝ていたところだろうか。
今はまだ視力が元通りになりきっておらず全体的にぼやけてしか見えないのだけれど、もしかしたら最初のところかもしれない。
私は確か……あのヨクとかいう女性風の男性と過ごしていて……。
一つ一つ記憶の断片を探る。
次第に思い出してきた。
私はあのヨクという人とミルクを飲みつつ喋っていた。彼の趣味やら何やらについて聞いていた最中、侵入者が確認されて。それでミルクを楽しむ会は終わってしまった。
でも、その先の記憶がない。
ぼんやりしていたその時、突如扉が開いた。
スライド式だったらしく重いものが転がるような音がしたと思ってそちらへ視線を向けると、どこかで見たような顔。
「……!」
「時のプリンスさん!?」
急激に目が覚めた。
上半身を起こす。
「どうして貴方が!? え、あの、なぜ!?」
混乱してやたらと声を発してしまっていると、手袋をはめた手で口を塞がれる。
「……黙れ」
ますます意味が分からなくなってしまう。
何か言おうとするけれど、口もとを塞がれているせいで、ただもがもがなるばかり。
「話すな」
よく分からないが従っておくことにした。
直後、ばたばたという足音が部屋の前を通過していった。
すると手が離された。
「あの……これは一体……?」
「調査。しかし皆とはぐれてしまった」
「えっと、調査とは……?」
「一から百まで説明せねば分からぬか」
冷ややかな声に心が震えた。
怖い、と。
「お主がここにおるかの調査」
「私? でも、だとしたら、どうして貴方が」
「……我はアオの付き添いよ」
面倒臭い、とでも言いたげな口調だった。
「アオさんも来てくださっているのですか」
「も、ではない。我はただアオが行くと譲らぬので同行したのみ。お主に興味なんぞないわ」
彼は言いきってから数秒の間を空けて続ける。
「とはいえ、発見できたのは収穫と言えるかもしれぬな」




