episode.109 分からなくなる
ちょうど目を覚ましたタイミングで現れた、アオに似ている女性。彼女は無言で私を立たせると、そのまま部屋から出した。通路のようなところに出る。恐らくここが敵勢力の基地なのだろう、人の世やキャッスルとは少々違った雰囲気だった。壁、床、扉、天井――全体的に無機質さをまとっている。あれほどの数のキャッスルがあれど、ここのような雰囲気のキャッスルは存在しない。キャッスルの中ではかなり無機質さを感じる盾のキャッスルでも、こことは少々方向性が違っている。
私は青髪の女性に誘導されるがままに歩く。
見張られて歩いていると、何だか囚人にでもなったかのような気分が湧き上がってくる。
べつに何もしていないし何もする気はないのに、などと脳内だけで呟いて、馬鹿ね何をしたかなんて関係ない、と自分で自分に呆れ笑いする。
歩いている間、数人の青髪女性とすれ違った。
彼女たちは皆機械のように真っ直ぐに歩いていた。
そんな彼女たちの中に入っていればアオは異端だっただろう――プリンセスプリンスが人間の中にあればそうであるように。
アオは笑うし悲しむし怒りもする、照れることだってあるし、恋することもある。そんな彼女は、他の女性たちが見れば不気味に思えたかもしれない。もっとも、彼女たちに何かを不気味に思うという心があるかは知らないが。ただ、同じではない、とは感じたのではないだろうか。
「どうぞ、こちらへ」
気づけば部屋の前に着いていた。
見た感じ狭そうだ。
扉は全開になっていて、室内にテーブルと椅子があるのが見える。
「え?」
「お座りください」
女性は複数あるうちの一つの椅子を揃えた指先で示す。
「は、はい……」
取り敢えず指定された席へ座る。
幸い拷問されそうにはない。今のところは。だから、今は、きっと大丈夫と信じていよう。手を出されてはいないから、こちらも無駄な抵抗はしない。
「しばらくお待ちください」
しかし不思議だ。
アオに瓜二つな別人がここではたくさん歩いている。
人の世では同じ外見の人が多くいるということはない。間違えるくらいそっくりな二人、さえ、かなり少数。形は同じでも、それぞれどこかに個性がありどこかに違いがあるものだ。しかし青髪女性はそうではなくほぼ一致する容姿、これを不思議と言わずして何と言うのか。
少しして、白い飲み物が出された。
カップからは湯気が立ち上っている。
「どうぞ」
「あの、これは……」
「ホットミルクです」
聞いたことはある、その名前。
でもあまり飲んだことがない。
透明感のない白い水面を意味もなく見つめていたその時、通路の方から人影が近づいてくるのを感じた。
「アナタがクイーンね?」
声がした方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは大人の女性――否、男性だった。
身体つきを見るに男性だろうと思うが、格好は女性を連想させるようなものだ。
一枚の反物を巻き付け身体の前面で重ね合わせたような服を着ている。
確か、遥か遠くの国には、こういう服があったような気がする。私が育った地域の文化ではないため実際に目にしたことはないが、話として聞いた覚えはある。
「初めまして。アタチ、ここのリーダーみたいな者よ。よろしく」
男性は片手を差し出してくる。無視するのも失礼かと思い、こちらは恐る恐る手を出す。すると強く掴まれた。一瞬罠か何かかと思ったのだが、どうやらそうではないようで。握力が強めなだけで単なる握手だったようだ。
「……フレイヤです、こちらこそよろしくお願いします」
そう言うと、彼は急に「アッハハハハン」と甲高い笑い声を発した。
何がそんなに面白かったのだろう、と思っていたら。
「これは失礼、ゴメンなさいね。名前を仰るものだから面白くって」
フレイヤと名乗ったのが笑われた原因か。
「アナタ、ちょっと変わったクイーンね。気に入ったわ。アタチとミルクタイム楽しまない?」
ミルクタイムって……もしかしてホットミルクをゆっくり飲む会? ティータイムみたいな意味?
男性は私の正面の席に腰を下ろすと近くに立っている青髪女性に向けて「ほらアンタ! ミルク出して!」と鋭い言葉を投げつける。それまでの喋り方とは大きく異なっていた。だが青髪女性は動じない。表情は一定のまま、静かに「承知しました」とだけ返して動き出した。
「アナタ、この服に興味があるみたいね」
「えっ」
「さっきから視線を感じるわ」
「あ……それは失礼しました」
今のところ殺意は感じない。
ただ、読みきれない不穏さがある。
「そうジャナイそうジャナイ。いいのよ、見てもらって。この子、アタチのお気に入りの着物なの。黒くて艶やかで魅力的でしょ?」
「はい、大人っぽくて素敵です」
「よく分かってくれるわね! いい女になれるわよ」
返答に困っていると、ちょうど彼用のホットミルクが届いた。
彼はすぐにカップを手に取り、その縁を口もとへと持っていく。それからゆったりと一口飲んで、視線をこちらへやって「どうぞ、美味しいわよ」と言ってきた。
あまり乗り気ではないのだが飲むことにした。
いかにも嫌がっているみたいになったら失礼かもしれないから。
ホットミルクは甘かった。ただ、甘いと言っても砂糖で甘く仕上げたようなわざとらしい甘みではなくて。自然なほのかな甘みがそこにはあった。
「甘い……!」
「どう? 嫌かしら」
「いえ、美味しいです」
「アラそれは良かった」
彼はそう言って微笑む。
関われば関わるほどに彼という人物がよく分からなくなる。




