第一章 4.
4.
食事を終えると室伏と野上は、取引先であるK商事に向かった。受付の女性に用件を伝えるとすぐに応接室に通された。
応接室は、K商事の十二階にあり、清潔感のある部屋の窓からは、すめらぎ市全体が見渡せた。
しばらく待っていると、眼鏡をかけた男が入ってきた。K商事の和泉総務部長だった。
「いや、すみませんな。お待たせしてしまって……」
和泉は、そう言うと申し訳なさそうに頭を下げた。和泉は腰の低い男だった。
「あ、いえ、そんなことは、」
野上はそう言った。
「そちらの方は?」
「あ、はい。調達部の室伏というものです。美術品の目利きとして社内で有名でして、」
野上がそう言うと室伏は、軽く頭を下げた。
「……なるほど。わざわざありがとうございます。まあ、お掛けになってください」
和泉は、手で座るように促しながらそう言った。室伏と野上が座ると和泉は「さて、」と話を切り出した。
「今回、野上さん達をお呼びしたのは、先月、御社から購入した絵画についてです」
「メーヘレンの絵、ですね?」
「はい。じつは、あれがメーヘレンの作ではないという匿名の連絡がありまして……」
「えっ?贋作、ですか?」
「そうなるのですかね?とにかく、つきましては、購入経緯など、二、三お伺いしたいと思いまして」
「絵はどちらに?」
室伏がそう言うと和泉は「弊社所有の美術館です。ただ、すこし離れた郊外にありましてね。写真だけなら」
和泉は、そう言うと写真を机の上に置いた。
「どうだ!」
「静かに」
室伏がそう言ったあと、室伏は深いため息をついた。「贋作とまではいえないと思いますね」
「そうですか、」
「鑑定をオススメいたしますよ」
室伏はそう言った。
その後、二人は田中貿易も回った。ホテルに戻ったのは、三時ごろだった。
「……あの社長、俺のこと睨んできやがって」
野上は不快そうに顔を顰めながらそう言った。田中貿易での商談を終えてからというもの、ずっとこんな調子であった。
「気にするなって、」
「アンタは気に入られってからそう言えるんだよ」
「そうか?」
「そうだよ。実際、取引はスムーズだったしな」
「気のせいだって、」
室伏は、笑いながらそう言った。
「まっ、俺としちゃノルマが達成出来ればそれでいいから、気にしてないけどな、」
そう言うと野上は脱いだ背広をハンガーにかけながらそう言った。「あんまり、そう言ってるとさ、他の奴らに恨まれるぜ?……もう少し堂々としてなくちゃよ、」
野上は笑いながらそう言った。
「肝に命じとくよ」
室伏は、笑いながらそう言った。「さ、それよりも今日の夕食をどこにするか決めよう」
「商談も纏まったし、うんと豪勢がいい」
「ダメだ。経理の連中がうるさいからな。近くの三越のレストラン街で済ませよう」
室伏は、そう言うとにこりと笑った。