5話 クビ
その日はタクシーで帰り、家に帰ってよく寝た。
ご飯を食べる気にはなれなかった。
翌朝。
いつも通り出社し、いつも通り働く。
そして、いつも通りジジイに怒られ……なかった。
何故かジジイは出社してすぐ社長室に呼び出され、朝の怒声はなかった。
さらに翌日。
ジジイはクビになり、課長の席は空いた。
人事部が新しい課長の選定を終えるまで課長の分の仕事は山分けになった。といっても少ししかないが。
突然の事でなにがなんだかわからない。
が、死ななくてよかったと思う。
仕事量はちょっぴり増えたけど、やることは変わらない。
怒声が無くなり、自分の仕事を評価してもらえる。
もしかしたら、死のうとしたことが誰かに気づかれて、
もしかしたら、誰かが社長に不正を伝えて、
なんて、虫のいいことはないだろうけど。
それでも、嬉しかった。
「うん、笑えてる。」
ふと、後ろからあの日の声がした。
バッと後ろを振り向くが誰もいない。
「中井さんどうかした?」
「え、あ!なんでもないよ、なんでも。」
気のせいだろう。仕事に戻る。
暫くしてジジイのクビになった理由が同じ課である人間にだけ伝えられた。
なんでも、ジジイのパソコンから競合会社に企業秘密を漏らしていた証拠が見つかったらしい。
ジジイは否定したが、ジジイのパソコンはジジイしか触っていない。
数年前のメールから少しづつ企業秘密を漏らしていたようだ。
私の業績を奪うだけでなく、他社に情報を漏らすとは。
よく課長になれたなと思う。
長年務めてただけの老害認定が他でもされていたのだろう。
発覚の翌日にクビを切られるのは異例の速さだと言う。
その日から、残業がなくなった。
ジジイが定時に帰るのを断固として許さなかったため残業していたが、本来残業は無意味だったからだ。
そのおかげで私は時間が出来た。
退勤後、若者の街を通り抜け、飲み屋街へと入る。
仕事終わりの飲酒!
今までだったら翌日が辛くてそんなこと出来なかったけど、定時退勤なら余裕!!!幸せ!!!
「おねーちゃん良い笑顔だね。相席いい?」
そんなに笑っていただろうか。恥ずかしい。
声をかけてきた相手を見上げると…
「アイルさん?」
「覚えててくれたの、嬉しい。」
あの夜の青年、アイルさんがいた。
そうか、アイルさんもあの屋上にいたもんな。この辺の人なのかな。
「おっちゃん、枝豆とだし巻き、あと烏龍茶ちょーだい。」
「あいよー」
アイルさんは私の前の席に腰掛け当たり前のように注文をした。
こうして明るいところで会うのは初めてだ。
よく見るとまつ毛なが…これが世に言うイケメンか……。
「麗華ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。」
見すぎた。
「何かいい事あったの?すごく嬉しそうな顔。」
「あ、そうなんですよ。それが───」
私はアイルさんにジジイの話をする。
こんなベラベラ喋っていいものかとも思うけれど、あの夜アイルさんには何もかも話しているから今更だ。
アイルさんはあの夜と同様、相槌をしながら話を聞いてくれた。
お酒が入っているからか私は永遠に喋り続けた。
アイルさんはそれを嫌がることなく、たまに「そういう事あるよね」とか「俺も──」と話をしてくれながら、基本的にはずっと聞いてくれた。
「姉ちゃん、兄ちゃんスマンね。そろそろ閉店の時間だ。」
「あ、分かりました。麗華ちゃん帰れる?」
あっという間に閉店の時間になってしまった。
5時間くらい呑んでた。驚きだ。
流石にベロベロになってしまって帰れる気がしない。
「アーるさんくるまでしょ?送ってよー」
「分かった分かった、車まで歩ける?」
「うんーーーーだーいじょぶー」
アイルさんは色々食べてたし笑ってたけど、お酒を一滴も飲んでいない。見てたんだからなー。
見上げるとアイルさんは困った顔をしていた。なんでだ?こんなに楽しいのに。
「お会計してくるからここに居てね。これ飲んでて。」
「あーーい」
細い指先で頭をわしゃわしゃされ、水の入ったコップを握らされる。
んーー。水美味しい。スっと入ってくる。
こんなに話して笑ったの、いつぶりだろう。
アイルさんと居ると何故か何でも話せて、楽になる。
この間もそうだったな。
死んでやるとか思ってたのに、結局泣き喚いて落ち着いちゃった。
「麗華ちゃん終わっt──ねちゃったか。おっちゃん、ご馳走様でした。」
「あいよー、気をつけてねー。」