3話 いいこと
女は泣き疲れたのか眠った。
ビルの屋上でフェンスを乗り越え、飛び降りようとしていた。
自殺を見るのは好きではない。
話を聞けば、女の上司がクソ野郎で悔しい思いを毎日しているのだという。
それでも女は耐え、仕事をこなし、頑張っていた。
誰かに助けを求めることもなく、仕事にやりがいを見出し。
結果、壊れてしまったそうだ。
自分の上着を敷いて女をその上に横にする。
あれだけ泣いても綺麗な顔だ。でも、少しやつれている。
女の横にしゃがみこみ、頭を撫で、考える。
この女は、その上司がいなくなれは笑えるのだろうか。
現在のこの国において、情報とは全てをさす。
身近な例でいうと、携帯端末。
人の指紋か顔の輪郭、或いはパスワード。
そこいずれがあれば簡単に開くのに、中には膨大な量の情報が入っている。
このオフィスビルもそう。ICカードと鍵のふたつが無ければ扉は開かないが、その扉を開いてさえしまえば各会社の馬鹿みたいな量のパソコン、そしてそのなかの情報が眠っている。
そこで重要なのがセキュリティだ。
携帯端末でいうパスワード、オフィスビルでいうICカードと鍵。
しかしこちらも、結局は情報なのだ。
パスワードなら端末がそのパスワードを記憶していて、それに合致するものを打ち込むからログインができる。
ICカードならばそのカードにパス解除の情報が入ってるし、鍵なら鍵穴と合うように凹凸が造られている。
つまるところ、その情報さえ入手してしまえば簡単に入れてしまうという事だ。
そこで今回登場するのがこの何でもICくん。
俺の作った力作だ。非接触型のICカードが必要な大体のものは通れる。
見た目はただのSuicaだけどね。
そもそもICカードっていうのは電磁誘導やマイクロ波を用いて電源が供給される仕組みだ。
そんで、読み取った時にカードの情報が自社のものか、他社のものか、それとも規格外なのかって判断する。
だったら、なにで読み込んでも『他社』だと思い込ませればいい。
と、そんな感じにマイクロ波で電源が供給された瞬間に回路を偽造する工作を仕込んだのが、この何でもICくん。
話が逸れてしまった。
で、まぁそのICくんを用い、鍵は普通にピッキング。
この女の名刺を見るに会社は4x階のオフィスだろう。
エレベーターを降りオフィスに足を踏み入れる。
暗がりの中で1つ、パソコンがついていた。
覗き込めばすぐに分かる、あの女の席だ。
ディスクトップに大量の資料のデータが貼り付けてあり、
机にも溢れんばかりの資料。しかしそれがきちんと整理されている。
女は身一つで屋上に来ていたからカバンも上着も机に置いてある。
となると、その上司の机はこの島の誕生席か。
監視カメラは───
なるほどね、じゃあこのパソコンの型だけ見てくか。
あとはカメラのない屋上でやりますかねー。
屋上に戻ると女はまだ眠っていた。
この風では肌寒いだろうか。普通の人間の感覚が分からない。
とりあえずど真ん中は風よけもないし入口横に移動するか。
先にしとけばよかったな。
風邪でもひかれたらどうしようか。
そんなことを考えながら女を抱え移動する。
女を再び横にし、女の下に敷いている自分の上着から液タブを取り出した。
「えーと?パソコンがあの型で座標が……あぁ、これか。」
一度確認済みのパソコンを遠隔から見つけるのは簡単だ。
このパソコンにデータをひとつ入れる。
それだけでこの女の上司は呆気なく終わる。
「いいことしたー。」
女を泣かせる奴は悪いやつ。そう教えられてきた。
だからその上司は悪いやつだ。
悪いやつを倒して、俺はいいことをした。