2話 悔い
扉を開けると風が重たく伸し掛る。
フェンスの方へ行けば、高速道路と高層ビルの光が下から照らす。
この街の中心に位置するこのオフィスビル。
すぐ下には若者の街が広がり、反対側にはオフィスが立ち並ぶ。
61階の屋上。そこに人が立ったって地上からは見えない。
つまり、止める人はいない。
フェンスを越え、真下を見る。
ビルには残業の明かり。それより先の下は見えない。
流石に、怖いな。
でも1歩踏み出せば、それで使う勇気は終わりだ。
目を瞑り、足を前に上げた、その時。
「お前、何やってんの?」
声が聞こえた。
驚いた私はフェンスに抱きつき座り込む。
私以外いるはずのないこの場所に、私以外の声。
辺りを見渡してもやはり誰もいなくて。
死の間際に聞こえる幻聴だろうか。
ふぅ、と息をつき私は再度立ち上がる。
「いやだから、何してんのって。死ぬ気?」
再び聞こえた声は、先程と同じ声色だった。
幻聴なら静かにしててよ。邪魔しないで欲しい。
「ちょ、まてまてまて、まてって。」
今度は声とともにグイと引っ張られ、フェンスにもたれ掛かる。
幻聴だけでは片付けられない力に、後ろを振り向く。
でもそこに人は、やっぱりいなくて。
掴まれた腕を見ると、人の手が……
「きゃああああ!!!」
え、なになに、幽霊????なんで人の手浮いてるの???
「ちょ、だから、そっち行くと危ないから!」
手から逃れようとして私はビルから身を乗り出していた。
今手が離されたら、落ちる。
死を間際にして、死ぬ覚悟でここに来たはずの私は、
情けなく意識を手放したのだった。
「おーーーい。起きてーーーー。」
ぺちぺちと頬が叩かれ、目を開く。
空は暗く、うっすらと月が出ていた。
「お、起きた。」
フェンスを越えビルの縁に立っていたはずなのに、
ここは屋上のど真ん中のようだ。
「さっきは驚かせて悪かった、大丈夫か?」
さっきから話しかけて来るこの青年は誰だろう。
ビルの管理者にしては服装がラフだ。
髪色は灰色で、肌は白い。瞳が青いのはカラーコンタクトだろうか。
月の光でうっすらと光っているようだった。
「おーーい??」
「っ、あ、すみません!」
ポケーとしていたら無視する形になってしまった。
急ぎ謝って立ち上がろうとする。
「!!?」
「危ないって、気をつけて。まだ立たない方がいい。」
足に力が入らず、ふらついてしまった。
青年が肩を掴み支えてくれ、もう一度座る。
そうか、死ぬのに失敗したのか。
変な幻覚、幻聴。
飛び降りる、その1歩すら出来ないのか。
「ど、どうした、どこか痛むのか?」
気が付くとぽろぽろと涙が零れていた。
目の前の青年が慌てているのに、涙は止まらない。
「私、だ、大丈夫、です。ごめんなさい。」
「大丈夫な人間はこんなに泣かない」
青年は裾で私の涙を拭き、私の顔を覗き込む。
心配そうな、しかし真剣な顔付きだった。
「あ、貴方のせいではなく、怪我も、ない、です。」
「怪我はないか、良かった。」
「私、が、何も、出来ないの、で、悔しくて。」
「うん。」
「なにも、出来ないから、ただ、盗られて、何も、残らなくて、」
「うん。」
「なのに、死んで悔いる、ことさえ、させ、られな、く…」
「うん。」
見ず知らずの、名前すら知らない青年の前で泣きじゃくってしまった。
青年は私の言葉に相槌をうち、泣き顔を見ないよう肩を貸してくれた。
青年は、ただただ私の言葉を聞いてくれた。