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nous 黄昏を求めし抵抗者  作者: ものぐさ卿
第一章後編 我等、黄昏を求めし抵抗者
17/24

第17話 サイカイ

 俺は例の女に引きずられ、運ばれる。

 空腹と痛みで身動きが取れない。

 力も入らず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


 気づけば意識が途切れていた。

 目を開けると、暗い部屋に両手を縛られている。

 解こうとするが、勿論そう簡単に取れる訳は無い。


 「目が覚めたみたいだね?」

  

 声の方向を振り向くと、俺より何歳か下であろう少年がそこにいた。


 「ここは何処だよ?」


 「それは言えない決まりなんだ」


 「……お前、あの女の知り合いか?」


 「ああ、姉さんには会っていたんだよね。

 彼女は僕の実の姉だよ。

 まだ中学に入ったばかりなのに、もう父さん達の仕事を任されているんだ」


 「……」

  

 「今ね、少し君の事で色々揉めているんだよ。

 僕はその間の見張り役、食事も一応あるけど食べる?」


 そう言って、皿に乗せられた不格好な三角のおにぎりをこちらへ見せる。


 「毒入りだろ、ソレ」


 「酷い事言わないでよ。

 さっき僕が作ったばかりなんだからさ。

 まあ特に具とかは入ってないけど、これで我慢して。

 君をここで死なせても、こちらで処理が面倒なんだからさ」


 そう言って、少年はおにぎりを掴むと無理矢理口に入れてくる。自分の感覚だと約3日ぶりのまともな食事に俺はがっつき数秒も掛からず食べ終えてしまう。

    

 「随分お腹減ってたんだね、お兄さん」


 「なんだよ、悪いかよ?」

 

 「別に、でその右手どうしたの?

 昨日姉さんが手当てしてたみたいだけど、気になっててさ」


 「その女に刺された傷だ。

 ナイフでな」


 「なるほどねぇ、でも手当てしてあげたのはお兄さんが初めてかもね。

 いつもは殺して終わりだからさ」


 「会話はそれくらいにしなさい。

 それにしてもあなた、随分弟と仲良くなっているわね?」

   

 会話に入り込んだのは、俺をここに連れ込んだ先程の女だった。警戒しながらも、俺はその女に尋ねる。


 「何しに来たんだ?」


 「あなたの処遇が決まったの。

 依頼主がこちらを裏切ってね、あなたの身柄を渡す依頼は先程破棄されたばかりなの。

 それで、さっきまで私達の両親とあなたをどうするかで話をしていて、その結果を伝えに来たのよ」


 「で、俺はどうなるんだ?」


 「貴方には2つの選択肢があるわ。

 ここで君を開放し、ホームレスの生活に戻る。

 もしくは、私達と共に裏の家業をこなすか。

 2つ目の選択肢を選ぶのなら、色々と条件はあるけど食事と寝床くらいは保証するわ」


 「その色々な条件ってなんだよ?」


 俺がそう問いかけると、女は僅かな微笑み答えた。


 「貴方の両親が抱えた借金、総額5000万。

 それを全てこちらで払う代償として、貴方をこちらでその借金返済までの間を私達の手足として働かせてもらうわ。

 仕事に関してはこれからほんの2ヶ月で叩き込むけど、2ヶ月後に使い物にならないと判断した場合は貴方を市場にでも売り飛ばす。

 そして、私達の命令に背くような素振りを確認した場合は、私の独断でいつでも貴方を殺せるの。

 他にも色々と条件はあるけど、貴方の両親の借金の返済に関してこちらは無利子で引き受けてあげるのだから貴方にとってそう悪い話じゃないでしょう?」


 「そんな条件を子供の俺に持ち掛けるとはどういう風の吹き回しだよ?

 俺の両親の借金を返済して俺を雇っても、あんた等には一文の得にもならないはすだ。

 お前、俺に一体何をさせるつもりだよ?」


 「私が両親に頼んだのよ。

 貴方の素質を見込んでの判断でね」


 「何?」


 「ただの私の勘よ。

 貴方は必ず優秀な私の手足になってくれる。

 そう私が思っただけ、それで貴方はこれからどうするの?

 このまま野に放たれて外で野垂れ死ぬか、ここで私の部下になるのか?

 私の下に来るのなら、相応の見返りを保証してあげるけど?」


 そう言って目の前の女は手を指し伸ばした。

 その合図を見計らい後ろに控えていた女の弟が俺を縛っていた手足のロープをほどく。


 女の誘いに乗るか俺は迷っていた。

 初めて本能的に関わるなと体が命令していた。

 手を取れば、二度と引けない。

 しかし、これを取らなければ遅かれ早かれ死ぬだろう。

 女の下に行ったとしても、裏切る素振りを見せれば俺は彼女の独断で殺される。

 迷いはあった、だがここで野垂れ死ぬのは御免だ。

 僅かでも生き延びられる希望があるのなら、毒だろうと化け物でもなんだろうと食らって生きるしかない。


 「その条件を受け入れる。

 その代わり、あんたが俺に相応しくない主なら信用しない。

 俺に信用されるだけの実力はお前にあるんだろうな」


 「へぇ、よく言ってくれるわ。

 なら、貴方も相応の覚悟をしていなさい。

 怖気づいて逃げでもしたら、容赦なく貴方を殺すから」


 その日から俺と奴との命懸けの関係は始まった。


 2097年7月2日


 俺達はいつも通りに店を回し営業時間を終えた後に夕食の準備をしている。


 先日俺達はダンジョンの攻略部隊であるゲイレルルとの抗争に敗れた。

 ミヤさんの護衛が一番の目的であり、フィルの決死の時間稼ぎの甲斐あって彼女だけでも逃す事に成功した。

 しかし、現在に至っても彼女からの音沙汰は無かった。


 彼女の反応を待ちながら俺達は常に気の休まることの無い日々を過ごしている。


 「あー、疲れたわね。

 全くどうして私がこんな事しないといけないのよ」


 そんな愚痴をこぼし悪態をつくとある人物に対してシロは叱りつけていた。


 「仕方ないでしょう、ここに居る以上の規則なんですから。従えないのなら、あなたの給与の配給や食事は無しですよ?

 困るのはメイちゃんだねじゃなくてあなた自身も色々と困るでしょうに?」


 「何よ、全く……。

 こんな時に限ってあの泣き虫女が戻らないなんて!

 本当っ使えないっ!」


 そう言いながら、俺達が準備をしていく側でメイのもう一人の人格であるヒナは悪態をつき叫んでいる。


 彼女はあの戦いの日以降、何故かは分からないがメイの人格は戻らなかったのだ。

 その代わりに、本来の彼女の役目を代わりヒナがこなしている訳であるが……、


 が、このヒナという人物。

 彼女の行動はとてもじゃないが見ていられない。

 仕事は平気でサボる、こちらの命令には全く従わない。

 ロクなコミニケーションは取れない割に、少し仕事をやれば俺達の誰よりも優秀ときているのだ。


 だったらもう少し真面目にやってくれ!


 彼女に対してもう少し素直でいるとかあるいは元のメイさんに戻って欲しいと僅かながらに期待していた。

 

 「はぁ、またやってるねぇあの二人。

 一応、シロちゃんの命令は聞いてるみたいだよね。

 ヒナちゃんはさぁ……。

 私なんか抱き付こうとして、すぐに引き剥がされちゃうし……」


 「お前はもう少し、距離感を保てよ。

 メイさんだって、少し嫌がってただろうがっ!」


 俺の隣で作業するドラゴとそんな会話を交わしているとふと彼女は一言呟く。


 「なんでかな……。

 どうして私達をケイは裏切ったんだろう……。

 私達よ何が駄目だったのかな、クロ……」


 落ち込みながらそう言う彼女に少し間を空けて俺は彼女の言葉を否定し言葉を返した。


 「いや、俺達は間違ってないだろう。

 アイツの為に、アイツが生きてると信じて俺達ここまで強くなったんだ。

 そして、アイツの事だ何か裏があるに違いない。

 あの戦いで俺は確信したよ、アイツは俺達に知られたくない何かがあるって。

 そして、アイツがゲイレルル側に入っていた理由もそこにある、と思うんだが……。

 ドラゴはその点どう思う?」


 俺の言葉に対してドラゴは少し戸惑うも、少し悩んだ末に首を振った。


 「えっ……、ううん……まだよくわからない。

 でも理由があるのは確かなんだよね。

 それにケイは、シロちゃん達と別れてから何か新しい技を習得していたってシロちゃん達は言ってたし。

 それにシロちゃん達が別れたあの日と同じく、ケイはエルクさんを失った。

 以前そのね、シロちゃんやフィル君が私達に話してくれた事から分かるけど黄昏の狩人の人達にとってエルクさんはとても大切な存在だったのは確かなんだよ。

 それもケイにとっては家族同然の存在だったみたいだから」


 「そうだな。

 あの人、現実世界で何度か会った時にいつも楽しそうにケイと絡んでいたからな」

  

 「うん……。

 だからさ、そんな人を失っただよケイは。

 色々思っていたに違いないと思う。

 私、最近思うんだ。

 このままもしかしたら、私達はバラバラになってしまうんじゃないかって。

 今の生活も凄く楽しいよ。

 ヒナちゃん、あんな態度だけど私達と少しは向き合ってくれてるからさ。

 でも、そこにミヤちゃんが居ないのはやっぱり寂しい。

 そしてやっぱりさケイも居ないと、クロもやっぱ張り合いないでしょ?

 お互いなんか煙たがってる感じだけど、本当はすごく信頼してるって分かるから」


 「ああ……まあ、そうだな」


 俺がそう答えると、ドラゴはそのまま作業をしながらも話を続ける。


 「今の関係が永遠に続くとは限らない。

 私達もこれから色々あってそれぞれの道で別れてしまうよ。

 必ずそういう日はいずれ来るって事は私もわかってる。

 でも、もし別れるなら笑顔で楽しく別れたいんだ。

 こんな悲しい形じゃなくて、みんなで笑ってさよならを言いたい。

 そして、お互い沢山年をとって久しぶりってまた出会うの。

 そういう日が来れるように私はもっと強くなりたい」


 「ドラゴ、お前本当に強くなったよな」


 「え……、そうかな?」


 「最初に出会った時、そうでもなかったろ?

 前のメイさんよりも暗い感じだった」

  

 「そんなに暗かったかなぁ?」


 「無理してたろ、当時のお前は。

 でも、メイさんやユウキに励まされて変われた。

 それに今は、俺達の誰よりも仲間想いだろうよ」


 「うん……」

  

 「色々考える事は多いが、やるだけやろう。

 お前の得意分野だろ、とにかく前に突き進むのはさ。

 だからお前は気にせず明るく振る舞っていろ。

 その期待に応えれるよう、俺達も頑張っていくさ」


 「そうだね、期待してるよクロ!」


 

 二人の会話を遠目に俺はユウキと売上の整理をしていた。会計作業をしながら俺はユウキにぼそぼそと呟き程度に雑談を交わしている。

 

 「なあ、ユウキ?」


 「どうかしたのかい?」


 「あの二人って付き合ってるのか?」 


 俺はそう言い、軽く台所で作業しているクロとドラゴの方を指差す


 「ああ、そう見えるけどそうじゃないんだよね」


 「ふーん、でも何かしらはあるんだろ?」


 「そうだね、お互い意識はしているみたいだけど自覚がないというか。

 ここのギルドの関係は見ていていつも楽しいよ」


 「そうかい」


 「色恋沙汰といえば、そっちはどうなんだい?」


 「そっちというと?」


 「フィル達の方だよ。

 色々とあったりはしたんだろう?」


 「ケイはまあ色々とあったな、でも俺はさっぱり女からはモテないんでね。

 それに昔からだよ、アイツはいつも俺より先を行くんだからな。

 俺の求める物を既にいつの間にかアイツが持っている。今回に限った話じゃないよ、昔からだアイツは」


 「なるほど、ねぇ……」


 「そこでじゃれあってるヒナとシロ。

 アイツも好きなのはケイだった。

 そりゃあそうだろうとは思ったよ、シロに至っては俺に直接それを相談してきたからな。

 ヒナは行動に出ていたし……」


 「苦労してるみたいだね、君」


 「ユウキはどうなんだ?」


 「僕かい?」


 「とぼけるなよ。

 お前、元は結構良いところの御曹司だったんだろ?

 そんなお前がどうしてクロ達と同じ場所にいるんだ?

 こんな小規模のギルドなんかに居なくても、あんたくらいの実力なら実際もっと上の大規模ギルドは愚か十王直属くらいの居場所くらい余裕で行けるだろう?」


 「確かに、元は裕福だったかもしれないな。

 でも今はその立場は機能しないし、前の立場を取り戻したいとは思ってる。

 でも僕は今はここに居たいんだよ。

 クロがいるからね」 


 「………。」


 「僕自身は別に前の会社を取り戻したいとは思ってない。いやむしろ無くて良かったとさえ思ってる。

 僕自身の手で作り直せる訳だからね。

 まあクロがいるからって理由とは関係ないけど」


 「じゃあどういう意味だよ?」


 「クロとはまあ、昔からのライバルみたいな物だよ。

 昔から、僕には無いものを彼は持っていた。

 人を惹き付ける力。

 人に力を与える力。

 人を動かせる力。

 これ等全部、元の僕には無かった物だよ。

 彼の素質は僕が見つけた、最初は自分の思い通りに上手く利用してやろうと思ったけど、今となっては完全に追い越されてしまった。

 ある意味、僕と君は同じだよ。

 アイツに誰よりも嫉妬してる。

 だからある意味、クロの実力を僕は誰よりも評価してるさ。

 それに今の、彼等の恋路がどうなるかとかも色々と見ていて楽しいけどね」


 「そうかい」


 「君はどうなんだい?」


 「俺の今の目標は振り向かせたいだけだ。

 いつまでも叶わないと知りながら、追い求めるアイツを俺の方へ振り向かせたい。

 それがどうしようもなく難しいんだよ、今の俺には途方もなくな……」


 2097年7月3日


 その日のお昼の時間帯はいつもより空いて暇だった。

 身構えていた割にはほとんど客入りもなく時間は過ぎていく。


 「暇だなぁ……」


 「こういう日もあるんだね」


 クロとユウキがそんな事を言う。

 流石に全く売上が無いのはまずいので、私は思い立って同じく座っている2人に声を掛けた。


 「私、呼び込みして来ようかな?

 ついでにシロちゃんやヒナちゃんも行こうよ!」


 「なんで私まで行かないといけないのよ!

 あんた達二人で充分じゃ……」

 

 「そうですね、ヒナちゃん行きましょうか?」


 「なんであんたまでちゃん付けするのよ! 

 私は絶っっ対、行ないから!」


 ヒナちゃんがすごい抵抗を見せるが、それに構わずシロちゃんは彼女の腕を軽く掴むと無理矢理外へと引っ張りだしていく。

 周りからはシロちゃんは軽く掴んでいるように見えるが、近くにいる私にはかなりの力が込められているのが容易く見て取れる。


 「こんのぉ!!離せよ!

 怪力女!!刀ババァ」


 ナニカが切れるような音が聞こえた気がした。

 言わずとも分かる、シロちゃんの方からである。


 「ヒナちゃん、最近ちょっと口が悪いんじゃない?」


 シロはそう満面の笑みを浮かべながら力を強め彼女を引っ張りだす。

 あまりの怖い笑みに私は一瞬恐怖を感じた程。

 傍目で見ていたクロ達、男性3人組は彼女から軽く視線を逸らした。

 彼等からは軽く冷や汗のようなエフェクトが流れている。

 そんな彼等に対して、シロさんの矛先が向かった。


 「そこの男共?

 私達がこれから沢山のお客様を呼びに向かうからしっかりと準備をしていなさい?

 3人とも、返事は?」


 「「はいっ!!」」


 彼女の声に怯えながら作業に戻るクロ達。

 ユウキは僅かに苦笑いを浮かべながら、2人の手伝いをしていく。


 なるほど、彼女が居たからあれ程個性的なケイ達のギルドはまとまっていたのだとつくづく感じた瞬間だった。


 外に出てシロさんの営業スマイルによる完璧な呼び込みをすると、すぐに多くの客が店の中になだれ込んでいく。

 完璧な呼び込みをこなすシロの隣で彼女の真似をしているつもりだろうヒナは少し硬い笑顔で呼び込みをしていた。


 ある意味、仲が良さそうにも見える二人を見ながらも、私も店内や店外での接客をこなしていく。

 途中、人手が足りなくなり私は店の中での対応に追われていた。


 そして気づけば営業時間を終えて私達はシロさん以外、二階のリビングで死んだように倒れ込んでいる。


 「うぅ……こんなの毎日繰り返されたら身が保たないわよ!

 なんで私が彼以外に笑顔振りまかないといけないの!

 あの女だけにやらせればいいじゃないっ!!」


 「あはは……。

 でも今日ヒナちゃん凄く頑張ったよね。

 お客さんも沢山来たしさ」


 「当然でしょう!

 私の方があんな奴よりずっとかわいいに決まっているんだから」


 彼女の自身過剰なところも相変わらずだが、彼女も少しずつこちらに馴染んでいるようにも見える。

 しかし、元の人格に戻った時が大変かもしれないが。

 

 そんな彼女が、クロ達に対して珍しく質問をしてきた。


 「ねぇ、それで今後の方針はどうするつもりなのよ?

 例のダンジョン攻略とかはさ?

 ずっとこんな店の経営ばかりなんて私は嫌!

 こんなのするなら、適当な高難度の討伐クエスト受けた方がずっと儲かるでしょう!!」

 

 ヒナがそう言うとクロは疲れ気味の様子でゆっくりと答える。


 「そのやり方は収入が不安定過ぎるんだ。

 討伐するのはいいんだ、だがドロップ報酬でのばらつきあるいとか、他の競争相手の多くが飽和しているのが今の環境なんだよ。

 ダンジョンでそれ等の狩りが出来るのなら出来なくは無い。

 しかし、今の現状として俺達の実力やケイ達の動き。

 更にはアントの問題もあって今は迂闊に動けない。

 DLの問題も、俺達にはまだ残っているがシロさんとフィルはもう残っていないんだ。

 下手に動けば簡単に死ぬだけだろ」


 「ダンジョンの敵なんて私一人で余裕よ!

 何かのはずみで泣き虫女が出なければ……」


 「なら、辞めた方がいい。

 そういう事だから、しばらく店の経営優先が俺達の方針だ」


 クロはそう言うとゆっくりと立ち上がる。

 夕食の支度に移るのだろう、クロに合わせてシロさんも立ち上がると一階の店の入口のベルが鳴り響く。

 店は閉まっているのは向こうにもわかってるはず。

 つまり、来客だろう。


 現在の時刻が夜の9時、こんな時間の来客に対して僅かに不信感を私達は抱いた。

  

 「どうする?

 お客さんみたいだよ?」


 私がみんなに対してそう尋ねると、ヒナちゃんが立ち上がる。


 「じゃあ私が行く。

 こっちにいるとずっと苛立ってでキリがないもの。

 何かの変な勧誘とかなら適当にあしらっておくから」


 そう言って、ヒナちゃんは下へ向かう。

 それを見て、クロが私に話しかけてきた。


 「ドラゴ、アイツが少し心配だから後ろからこっそり見といてくれないか?」


 「分かった、こっそりだね」


 クロの言葉を受けて、私は彼女の後ろから悟られないように後ろから伺っていた。

 彼女が階段を降りて、入口へと向かう。

 私もその後を追って見えないように、レジ裏に周り込んでその様子を伺う。

 彼女が一階の明かりを付けると、ため息をついて呟いた。


 「さっきからバレバレよ、ドラゴ。

 それで尾行のつもり?」


 彼女にそう言われ、私は立ち上がりそして近寄った。


 「やっぱり凄いなぁ、ヒナちゃんは」


 「まあいいわ、とにかくさっさと済ませましょう」


 そう言ってヒナは入口の扉を開け来客を確認する。

 訪れたその人物の姿を見て私は驚いた。

 

 「帰って来れたの?

 本当に本物なんだよね?」


 視線の先に居る二人の人物。

 長い黒髪の女性アバター、そしてフードを深く被り灰色のコートを身に着けた男性アバターがそこにいる。

 女性の方を見て、私はすぐに彼女の方へと抱きつく


 「おかえりなさい、ミヤちゃん!」


 「ただいま、ドラゴさん。

 元気そうで何よりです」

  

 抱きついた彼女を抱き締め返し、喜びを分かち合った。そんな私達に対して、向かい会うヒナともう一人の人物。


 「ちゃんと会えるのは久しぶりね。

 いつ振りかしら?」


 「まあ色々あった通り、お前は約束は果たしてくれたようだな。

 無事、あいつ等と馴染めて何よりだ」


 「そう見えるなら、あなたの目は節穴よ」


 「雑談は後にしよう。

 色々、伝えるべき事があるからな」


 男の方はそう言うと、フードを外し素顔を表す。

 そこに居たのは、私達の元から離れたはずのケイの顔がそこにあった。



 夕食準備を後回しにし、俺達は一同介して集まる。

 ようやく、いやこの日をどれだけ待ちわびたのだろう。

 この日、初めて私達のギルドメンバーが全員一同に揃った。

 しかしこの場に祝福ムードの欠片もない。

 異様な緊張感が漂っている。


 理由は簡単、先日私達へ襲撃を仕掛けたゲイレルル。

 その一員として現れたのは、本来俺達の仲間であったはずのケイであった。

 そして彼はその後行方不明となり、シロ達が必死に探そうとしていた人物であった。

 故に俺達には複雑な心境があった。


 「まずは先日の襲撃に関して、それと連絡不備の件について謝罪する。

 本当に済まなかった」


 ケイはそう言い、俺達に頭を下げた。

 それに合わせて、隣に座るミヤさんも頭を下げる。

 二人の異様な行動に対して、俺達は困惑していた。

 ケイが俺達へ謝罪する件は理解出来る。

 しかしそれに合わせて彼女まで頭を下げる行為に対し、俺達の理解が追い付かなかった。


 「なんでミヤさんまで謝るんだよ。

 貴方には関係ないはずだ」


 俺がはそう言うも、ミヤさんは言葉には応じず頭を下げたまま謝罪の言葉を続ける。


 「彼にも相応の事情がありました。

 彼に全く負い目が無いとは言えません、ですが今は彼を許してあげて下さい。

 お願いします、クロさん、ユウキさん、ドラゴさん、ヒナさん、メイさん、シロさん、フィルさん」


 私達の名前を言い、彼女は頭を下げ続ける。

 対してケイは言葉の多くは語らずに頭を下げ続けた。

 二人の間で何かあったのは事実だろう。

 俺と同じくそれを感じたユウキと自然に視線が合うと頷き二人の方を見る。

 

 「理由について、僕達に話してはくれないのかな?」


 ユウキが彼にそう尋ねると、僅かばかりの言葉で答える。


 「俺がお前達から離脱した理由は、お前達を例のダンジョンに近づかせない為だ。

 その細かい理由についてはまだ上手く話せない」


 彼の曖昧な答えに対して、俺は僅かにうなずきケイに対して一つ尋ねた。


 「もう一つ尋ねたい。

 お前はミヤさんの探していた人物で間違いないんだな」


 「ああ、どうやらそうらしい。

 これからそれを少し説明させてもらうよ」


 そして少し間を開けると彼はゆっくりと口を開いた。


 「22年前の6月、ナウスのサービス開始から2年後に俺の父親に当たるカノラリールとミヤの叔母に当たる人物が結婚しその一年後の8月7日に俺は生まれた。

 生まれて間もなく、俺は母親の学生時代の親友であった今の家族、明峰家に引き取られ育てられた。

 ソレが俺の過去らしい、白崎グループとは少なからず関係はあったみたいだ」

  

 そう言い終えると繋ぐようにミヤさんも口を開いた。


 「実はカノラリールは事件発生の前に既に何者かによって殺されてるんでふ。

 殺された理由は、ナウスを利用したとある実験によるもの。

 そして、そんな彼を殺したのは他でもない私のお父様でした。

 カノラリールの行っていた実験、それは私達プレイヤーのデータをコピーしこことは別に存在するナウス上での戦争シュミレーションです。

 それは代理戦争として毎日のように行われておりました。

 このデスゲームが始まった前日、初めて代理戦争のクリア条件が満たされた。

 そして、それを引き金に私達のみにつけてVRヘッドギア内部に存在するとあるシステムが作動し今回の事件は引き起こされた。

 代理戦争から生き延びた者達は各ダンジョンのモンスターとしてデータを流用、そしてナウスを攻略したという一握りのプレイヤーは各ダンジョンの階層ボスとして配置されました。

 私達がこれから戦おうとするダンジョンの敵は全て、元は私達と同じ人間だということです。

 彼は私達にそんな真似をさせない為に、私達をダンジョンから遠ざけていた。そして不本意ながらもかつての仲間であるシロさんやフィルさん達に頼っていたんです」


 ミヤさんがそう言い終えると俺達は思わず言葉を失った。

 ダンジョンの敵が全て人間だということ。

 ここで行われている戦いは一種の本物の戦争なのだと。

 いや、彼女の言っていた代理戦争というものに巻き込まれた者達にとってはどうなのだろうか……。

 俺達と同じような存在が更に過酷な環境の下で戦っていたのだと思うと唖然とすることしか出来ずにいた。


 「じゃあ、俺達はこれからプレイヤーと同じような存在を殺さないといけないのかよ。

 俺達が元の世界に帰る為に、向こうで生き延びた僅かな生き残りの者達を踏み台にろということか?」


 俺ががそう尋ねると、ミヤは僅かに視線を逸し沈黙を続ける。

 対するケイはその言葉に対して僅かに頷き返した。


 「いつから気付いていたの、ケイ?

 ダンジョンの敵が人間じゃないのかって?」


 「最初のボス戦の時に俺はなんとなく察していた。

 相手の行動に幾つか不審な点があったことは伝えただろ。

 そして、今回の代理戦争の事を知って俺は確信した。

 階層ボス、恐らくそれ等全てはお前達だろうってな」


 「私達がダンジョンの敵って一体何を根拠に?」 


 シロがそう尋ねると、ケイは答えた。


 「第1階層は黒い甲冑の騎士と大剣を担いだ女剣士。

 直接戦った時、クロとドラゴだとなんとなくそう感じたんだ。

 デスゲームが始まってからあの時、初めてお前達と戦った時に直接交えて可能性の一つとして頭の隅に置いてはいたがな。

 第2階層は多彩な状態異常を駆使していた敵。

 姿こそ人外の異型であったが、戦いの洞察力の鋭さ、そして奴自身が俺にヒントを与えた事で察したよ。

 アレは間違いなくユウキだってな

 何かしらの裏が今回のnous事件にはあるだろうとは思っていたがな……。

 そして敵側にも何かしらの事情があるのは明白だろう」


 「つまり、その代理戦争だっけ……。

 その戦争に生き延びクリアしたのが私達なの?

 世界中には私達なんかよりも多くの強いプレイヤー達が居る中でどうして私達がクリア出来たのかな?

 私達くらいじゃそんな競争相手に勝てっこないし……。

 むしろ階層ボスを務めるなら、十王ギルドの団長クラスが妥当になるでしょう?」


 シロさんがそう言うと、ケイも悩みながら答える。

 

 「まあ、そう言う話に陥るんだよ。

 世界には財閥ギルドが存在しているからな。

 更には大規模ギルドも集まった総力戦だとも予想は出来る。

 まして、その間に俺達が介入出来る余地はないんだ。

 俺達のような小規模のギルドはせいぜい大規模ギルドの傘下で傭兵として雇われて戦っていたはずだろう。

 だが代理戦争の内容が外部の俺達からはどのようなものか、その全容は分からない。

 でも、その中から生き残って俺達プレイヤーの前に現れた敵も俺達ギルドであったのもまた事実なんだ。

 もうお前達がダンジョンの攻略をする事は構わない、恐らく止めても行くんだろうからな。

 だが、それは自分自身との殺し合いだということを深く覚えておいて欲しい。

 俺はそんな事をお前達にはさせたくはない」


 ケイはそう言い終えると、大きなため息をゆっくりと吐いた。

 ケイが俺達の為にしていた事、そして俺達も知り得なかったこの世界の真実。


 俺達は2人に対してどう答えれば分からないまま、時間だけは流れていく。

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