自己紹介は化かし合い
さて、「みこ」の一人、「シルヴィクル」からの発言によって、案内人と紹介されたディアグツォープ様は笑顔のまま退室され、他の神様たちは、それぞれに何か思惑がありそうな感じで部屋から出て行った。
つまり、この場には7人の「みこ」たちだけが残されたのだ。
それ自体に不満はない。
わたしも少し、気になっていたことは確かめておきたかったし、一人分の想像だけでは限度もある。
でも、彼女「シルヴィクル」に何の意図があるのかはまだ分からない。
だって、彼女、神様たちがいなくなって、7人だけになっても何も話そうとしないし!
いや、それはないでしょう!?
会議の進行役を買って出ろ! とまでは言わないまでも、最低限、目的を離してくださいませんかね!?
他の5人もお互いに様子を見合うだけで、何も口にしようとしないし。
でも、気持ちは分かる。
せめて、発起人に何か言って欲しいよね?
これが何の会合なのかを。
さて、どうしようか?
「えっと……、何故、ワタシたちは残されたのでしょうか?」
誰もが待っていた最初の一言を口にしたのは、「アルズヴェール」だった。
……敬語、使えたのか。
そう思ってしまったわたしもどうかとは思うのだけど。
「分かりませんか?」
訝し気に「アルズヴェール」を見る「シルヴィクル」。
その視線には言外に「察し悪いな、こいつ」と言っているような気がする。
いや、出会ったばかりの見も知らぬ他人に対して、何を期待しているのでしょうね? このお嬢さん。
「報告」、「連絡」、「相談」って、社会人の基本じゃないっけ?
「空気読め! 」では、社会は回らないのよ?
「いや、分からないでしょ。常識的に考えて」
そう言ったのは、先ほどの説明会で爆弾発言をかました「トルシア」。
えっと、常識って何だっけ?
「私、こんなことしている暇はないんだけど。移り気な橙羽様にしっかりアタックしなくちゃ! こんなチャンス! 逃すわけにはいかないんだから!」
えっと……。
もう一度考える。「常識ってなんだっけ? 」。
「その発言。貴女は『すくみこ! 』プレイヤーってことで間違いないかしら?」
そう「シルヴィクル」は確定的な単語を口にした。
あの質問の場でも誰も触れなかった言葉。
誰も確認しなかった事実。
即ち、この世界は一体何なのか?
「そうよ。『すくみこ! 』はやり込んだわ! 本命は創造神サイエク様だけど、あの人、二週目以降じゃないと落とせないでしょ? 現実はセーブ&ロードなんてものはないから、二週目の保証はない。それなら次点の『ヴェント』様狙いになるのは当然じゃない?」
ゲームプレイヤーとしてはある種、当然の発言。
でも、「現実」という単語を口にする以上、ちゃんと「現実」を見てくれ。
ここが「すくみこ! 」の世界だとは誰も言ってないよね?
「じゃあ、改めて自己紹介とさせていただきましょうか。私は『みこ』名『シルヴィクル』。中身は『七瀬 玲』。31歳。原作読破済、ゲームは踏破済。死んだ覚えはないから、異世界転移じゃないはずよ。質問は?」
まさかの年上!?
「玲さん、ゲーム内の本命は?」
そして、安定の「トルシア」さん。
「ごめんなさい、何の関係があるか分からないわ? 『トルシア』」
「え~? だって、本命が被ると面倒でしょう? 攻略のライバルなら、邪魔しなきゃいけないし」
どこまでも分かりやすい理由。
「……紫羽様」
そして、言っちゃうんだ。
彼女の言葉に一理あると思ったのかな?
「か、勘違いしないでよね! これは、友好を深めるために答えたのであって、私は一刻も早く帰るために、神様なんて相手にせず、攻略するんだから!!」
あ、ツンデレのテンプレ台詞。
さらには、顔を赤らめている辺り、可愛いさポイントも追加ですね。
「あ~、根暗な陰キャラ好みかあ……。私とは趣味が合わないね」
あ、言っちゃった。
いや、意外だとはわたしも思った。
どちらかというと、誇り高く堂々とした真面目な「黄羽」様好きかなと。
もしかして、逆だから惹かれるってやつかな?
「合わない方が貴女にとって、都合は良いのでしょ!?」
「あ、そっか~。つい……」
そして、どこまでも自分のペースを崩さない「トルシア」さん。
「シルヴィクル」はすっかりペースを崩されてしまったようだ。
「ゲーム、原作の『七羽』の順番で行きましょう。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順で紹介を頼めるかしら? だから、次は……」
「赤……。多分、ワタシですね?」
そう「アルズヴェール」が反応した。
でも、「シルヴィクル」は自分の発言が妨げられたことが不満だったのか、少し口を尖らせた。
聞き間違いでなければ、年上……でしたよね?
あれ?
それとも年齢が15歳の少女だから、それに引きずられている?
それなら、わたしも気を付けなければいけない。
顔に出さないようにしていても、うっかり出てしまっているかも。
「えっと……、『アルズヴェール』です。『さかいで ひかり』。20歳です。原作? も、ゲームも、姉からの知識程度しかありません。ワタシも死んだ記憶はないです。よろしくお願いいたします」
そう言って、彼女はペコリとお行儀よく頭を下げた。
そんな金髪美少女に対してわたしは思わず「誰だ? お前? 」と言いかける。
そんなレベルの、見事なまでの化けっぷりであった。
さっきまでとかなり違いませんか? あなた。
しかも、この自己紹介、ほとんど嘘じゃない?
さっき名乗った時「境田 光」って言ったよね?
実はそっちが本名!?
それとも、どちらも偽名?
そして、ゲームはともかく、原作は読み込んでいませんでしたっけ?
いや、そう断言したわけじゃないけど、そんな感じだったよね? 「アルズヴェール」さん?
何よりもその口調! さっきと全然、違うじゃないか!!
詐欺だ! 詐欺!!
同じだったのは年齢だけだった。
そして、「シルヴィクル」がさらに眉間に皺をよせたのも見る。
わたしから見ても、20歳って若いと思うのだ。
それ以上に年上の彼女は複雑なのだろうね。
「じゃあ、次はその右隣りの貴女にお願いするわ」
わたしが「アルズヴェール」の中身の経歴を精査……と言う名の突っ込みを心の中でしていたことで、自己紹介をすぐできなかった。
そのために、この状況をよく分かっていないと判断されたのだろう。
「シルヴィクル」が、少しだけ優越感のある笑みを見せながら、わたしに話しかけた。
なんか、この人、いろいろ好きになれないなあ。
「『シルヴィクル』さん、ご指示をありがとうございます」
わたしはそう言って頭を下げる。
ますます、彼女は嬉しそうな顔を見せた。
「ここに来る前に出会った横の『アルズヴェール』さんから、わたしの名は『ラシアレス』と伺いました。ここに来てから一度も自分の顔を確認していないので、本当にその人なのかは分からないです。死んだ覚えも勿論、ありません。気付いたらここにいました」
嘘は言っていない。
「アルズヴェール」がその名を口にするまで、わたしは自分を「ラシアレス」だと気付かなかったのだ。
「あら? そうなの?」
わたしの言葉に「シルヴィクル」だけではなく、他の「みこ」たちも驚いたかのような顔をする。
なるほど、どうやら、顔に出やすい人たちが多いようだ。
まあ、これ自体が芝居とも限らない。
女社会は基本的に化かし合いの世界だ。
外見は化粧などで取り繕い、思ってもいないことを口にして、本心を隠す生き物である。
「はい。わたしの本名は『みやもり はんな』と言います。年齢は25歳。原作、ゲームについては、10年ぐらい前にした友人との会話程度の知識しかありません。いろいろと教えてくださればと思います。よろしくお願いいたします」
わたしが年齢を告げた時、「シルヴィクル」の顔が再び分かりやすく歪みを見せたが、わたしが彼女に視線を向けながら、「教えて欲しい」と口にした時に再び笑みを見せた。
少しばかり承認欲求が強い人かもしれない。
そうなると、話す時は持ち上げるべきかな?
これが素なら、扱いやすくて助かるね。
そして、なんとなく横の「アルズヴェール」からの視線が少し痛い。
多分、わたしも先ほど彼に対して同じような表情をしていたことだろう。
ああ、うん。
でも、化かし合いはお互い様だよね?
さっきはうっかり本名を名乗っちゃったけど、こんな所で個人情報を漏らしすぎるのは確かに良くない。
年齢だけは偽ってないから見逃してね?
お互い様でしょ?
わたしはそう思って、笑顔を彼に向けたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。