主人公の中身
わたしはすっごく緊張したのだ。
大事なことだからもう一度言わせていただく。
わたしはすっごく緊張したのですよ?
だって、見た目が完全に女性、それも「美」の付く少女に対して、「男の人ですか? 」なんて、問いかけたのだから。
もし、中身が女性だったら、双方に大打撃間違いなしの言葉だよね?
それなのに、返された言葉はあっさりとしたものだった。
「おお」
まさかの一言。
文字数にしてたったの2文字とか!?
しかもこれ以上、喋る気はないのですね、分かりました。
それならば、わたしが話を進めて差し上げましょう。
確かに彼氏がいたことはないが、男の人と全く話せないほど奥手でもない。
社会に出れば、職場で男性と話すことだって多いのだ。
内容は仕事ばかりでそこに色気など皆無だがな!
「貴方がその可憐な見た目に反して中身が男性なのは分かりました。そして、貴方も現状は理解できましたか?」
「お堅い口調だな、あんた」
おい、こら!
わたしの話を聞きやがってください。頼むから。
初対面でこの口調、そしてこの態度。キミ、絶対、若いでしょう?
もしかして高校生ぐらいじゃないの?
「あ~、でもよく分からんが、理解はした。あんたの容姿が、『ラシアレス』に似ているように、オレもその『アルズヴェール』って女の姿ってことだな」
「そのようですね」
「調子狂うな、その外見でその口調」
あ。
すっごく嫌そうな顔をしている。
思ったことをそのまま口と表情に出してしまう辺り、まだ学校生活以外の社会経験皆無でしょう?
もしかしたら、バイトすらしたことがない……かもしれない。
「で、あんたはどっちの『ラシアレス』だ?」
「……と言うと?」
彼の問いかけに、今度はわたしが驚く番だった。
でも、顔には出さない。
それが大人の女ってやつだから。
だけどごめんなさい、貴方の言っている意味が分かりません。
そんなに「ラシアレス」って言葉は、この世の中に大繁殖していなかったと思う。
「原作とゲーム」
ああ、なるほど。
彼の言いたいことはよく分かった。
でも……。
「原作にも『ラシアレス』っているのですか?」
わたしは原作を知らないのだ。
「……なるほど、原作未読ってことか。それじゃあ、ここがどっちかは判断できんな」
「多分、ゲームの方だと思いますよ。『ラシアレス』と『アルズヴェール』だから。それならば、間違いなくゲームの主人公たちの名前です」
他にも「7人」いることは確定している。
そこまで共通していて無関係ってことはないだろう。
「『アルズヴェール』も原作に名前は出てくるんだよ。原作にガッツリ関わる『ラシアレス』と違って、本当に名前だけだがな」
「なるほど」
そうなると、「すくみこ! 」の世界と完全に同じだと信じ込まない方が良いかもしれない。
始まる前に良い情報を頂いた。
口調は悪いけど、情報の出し惜しみをしないタイプで助かる。
「わたしは『宮本陽菜』と言います。あなたは?」
だから、自己紹介がてら、本名を言ってみた。
もし、この名前を知っている人間なら、何らかの反応はあるだろう。
「オレは『境田光』。二十歳の大学生」
くっ!
年齢まで躊躇なく言えるその若さが羨ましい。
しかし、大学生?
口調からもっと若いかと思っていたけど……。
まあ、大学生も高校生も社会経験がなければそこまで大差はないか。
特に男の子ってそう言うものだって聞くし。
しかし、彼の名前に残念ながら覚えはなかった。
まあ、彼が小学校入学時にわたしは高学年という年齢の差があれば、余程のことがない限り、繋がりなどないだろう。
「あんたの年齢は? 三十路ぐらい?」
まてこのガキ。
なんでそこまで年かさにした?
え? 何?
二十歳の感覚からすれば大差なく見えるってこと?
「社会に出てまだ数年の若輩者です。まだ三十には至りません」
だが、本当の年齢など口にしない。
「28ぐらい……だな」
残念!
まだそこにも至っとらんわ!
そして、相手が年下の学生と分かればそれだけで十分だ。
それ相応の対応をしてくれようか。
「それより、中央に行きませんか? 先ほどの声しかこの先の案内はなさそうですよ?」
わたしはアルズヴェールの姿をした彼に向かって、手を伸ばす。
「……みたいだな」
だが、その手を取らずに自分から彼は部屋の中央に行った。
そして……。
「先に言っとくけど、オレには彼女がいるからな」
はい!?
驚きの声を出さなかったわたしを、誰か褒めてくれ。
今の台詞は何ですか?
まさか、「彼女がいるからオレに惚れても無駄だぜ」的な話?
いやいやいや?
ないわ~。
「大丈夫です。わたしにも選ぶ権利はありますから」
余裕のある笑顔で応じてくれよう、この小童が!
大人の女をなめるなよ?
「良く言う。良い年して、乙女ゲームなんてものをやってるような女だろ?」
なんだと?
それは偏見というものだ。
「10年ほど昔のゲームです。普通に考えても、学生時代やっていると思いませんか? ああ、あなたは、今、リアルで学生やっているのでしたね」
少しだけ「お子様」と、皮肉を込めてみる。
それが相手に伝わるかは分からないけどね。
「……10年?」
彼は形の良い金色の眉を顰めた。
それを見て、わたしもちょっとした疑問を抱く。
「もしかして、わたしとは時代が違いますか?」
それもたまにある話だ。
それぞれ別々の時代から召喚される。
いや、この状態が召喚されたと、はっきりしているわけではないのだけど。
中身はともかく、身体は違うのだし。
「いや……多分、同じくらい……だと思う。オレはゲームの方をやってないからはっきりとは言えないけど……」
それは良かった。
実は、彼の方はゲーム全盛期の時代から来ていたら、年齢や経験年数はともかく、確実に年上になってしまう。
そうなると扱いとしてはかなり難しい。
いや、人生の経験年数が未熟なことに変わりはないのだから、そこまで気を使う必要などないのだけど、自分の気分の問題だね。
「なるほど、でも原作を読み込んでいるのですね」
あれ?
でも、原作って絵柄はかなり違うけど……、確か結構、長編の少女漫画じゃなかったっけ?
しかも……、ゲームが出た時よりも昔だから、その始まりは10年以上前ってことになるよね?
「か、勘違いするなよ!? 原作もゲームも姉貴が買ってたから、たまたま知ってただけで、オレは一切、それらに関わっちゃいねえ!!」
「でも、原作はしっかり読み込んでますよね?」
わたしはもう一度強く言ってみる。
「な、何を根拠に……」
どうやら、口ごもっているところを見ると、彼にとって、原作を読み込んでいることを、あまり知られたくはないことらしい。
まあ、少女漫画を読み込んでいるって……、周囲を気にしてしまう年代の男性としては、大々的にアピールしにくいものではあるのだろうね。
だが、容赦はしない。
「原作に『ラシアレス』はガッツリ関わっていて、『アルズヴェール』は名前だけしか出てこない……でしたっけ?」
「ぐっ!」
必殺の一撃!
「アルズヴェール」は膝を折った。
ふふっ。
これがわずか数年だが、明確な数年の差だよ、学生くん。
相手が膝を屈した大袈裟なポーズをしたのを見ると、わたしも気分が良くなった。
そして、軽い足取りで、部屋の中央に向かう。
「ほらほら、『アルズヴェール』? いつまでもそんな所に蹲っていては、原作にしても、ゲームにしてもお話は始まりませんよ?」
「この女~」
ほっほっほっ!
美人さんが怒ると迫力あるけど、こんなに若い相手ならそこまで怖くもない。
社会に出れば、強面のオッサン方と対峙する場面は、いっぱいあるのだ。
しつこく悪質なクレーマーだって少なくはない。
それらをのらりくらりと言質を取られないように交わす技術も社会人としては必要不可欠なのだよ。
この時のわたしは完全に油断していた。
確かに社会人としての経験は間違いなくわたしの方が上だろう。
だが、彼は、わたしよりもずっと経験値が高いものを持っていたのだ。
「外見は『ラシアレス』」
そう言いながら、アルズヴェールは立ち上がる。
あ、あれ?
なんか目の前の美人さんの紅い瞳がより紅く見えるのは気のせいでしょうか?
「ならば、オレの方には問題ない」
そう言って、「アルズヴェール」は、「ラシアレス」の肩を抱き、そのまま唇を重ねてきたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。