他人の恋愛事情
さて、シルヴィクルが呼ばれて、アルズヴェールと二人っきりになったわけですが……。
「どう思う?」
わたしは、横にいるアルズヴェールに確認する。
「オバハンの恋愛事情に興味はねえな~」
「いや、そこじゃなくて」
わたしだって、他人の恋愛ごとに興味などない。
あと三十路の女性をオバサン扱いしないで欲しい。
「『神様に熱烈に口説かれて』って話の方」
一年目の一月内で神様との交流ってほとんどないはずだ。
少なくとも、ゲーム内ではそうだった。
それに、実際、わたしも相方であるズィード様との交流はそこまで多くない。
「ああ、そっちか。妙に馴れ馴れしいと思っていたら、やっぱり、アレって口説いていたんだなとは思った」
「は?」
アルズヴェールの意外な言葉にわたしは目を丸くする。
「まあ、野郎に興味なんざ微塵も湧かないから適当にのらりくらり躱してるけど、鬱陶しいんだよな」
「ちょっと待って。あなたも口説かれてるの?」
それはいろいろ問題がある気がする。
「あ? 『綺麗だ』とか『美しい』とか『魅力的だ』とかならあのジエルブって神様によく言われているな。それも日常会話中に」
アルズヴェールの容姿なら言われてもおかしくない。
だけど、ちょっと違和感もある。
シルヴィクルの話を聞いた後だからこそ、余計に。
「ハルナは、大丈夫か?」
「ズィード様は何も言わない……かな」
確かに少し優しい感じはするけど、そこまで口説かれたと感じてはいない。
だから、シルヴィクルの言葉も意味が分からなかったのは確かなのだ。
「それなら良かった。ハルナはあのシルヴィクルと同じように野郎への免疫、なさそうだからな」
「失礼な」
「……あったら、その年齢まで独り身を拗らせてねえだろ」
「重ねて失礼な」
確かにあるとは言わないけど!
そして、わたしは別に独り身を拗らせてもない!
「だけど……、なんで神様が神子たちを口説くんだろ? まだ一年目で積極的なアプローチをしてくる時期でもないはずなのに」
そこが既におかしい。
一月目でそんな糖度全開! なシナリオはなかった気がする。
「乙女ゲームって、キラキラした野郎が主人公に向かって常に甘い言葉を吐きまくるんじゃねえのか? スマホの女向けゲームの広告CMとかそんな感じだろ? だから、そんなもんだと思っていたが……」
まあ、世間一般の男性からすれば、そんな認識かもしれない。
でも、スマホゲームは掴みが大事らしい。
飽きたら、すぐに離れるライトユーザーが多いため、始めから、ガンガン糖分過多な台詞が出てくるそうな。
だが、「すくみこ! 」は十年前の据え置き型ゲーム。
購入してまで、乙女ゲームをやりたがるような、ヘビーって程じゃないけれど、それなりにガッツリプレイヤー向けだ。
だから、すぐには攻略相手も靡いてくれない。
わたしに「すくみこ! 」をすすめてくれた友人は、「焦らしプレイが多い」と言っていた。
「ゲームでは神様たちがヒロインに甘い言葉を口にし始めるのは三年目以降だよ。まずは『みこ』たちの邪魔をしないように登場回数も攻略中の神様との偶発的なイベントを除けばそこまで多くない」
「攻略中なのに偶発的とは……」
確かに目当ての神様たちとのイベントを、意図的に起こすようにプレイヤーが仕向けている状況を「偶発的」とは言わない気もする。
口にされるまで、そんなことも気付かなかった。
いや、ヒロインたちにとっては偶然! 偶々! つまりは、神の気まぐれであることには変わりないからセーフなのだ。
「もしかして、他の神子たちがどこか浮かれていたのも……、相方の神様に口説かれたってことかな?」
「多分な。神様が何を考えているか知らんが、迷惑な話だ」
「迷惑?」
「オレは男だぞ? 野郎に迫られるなんて寒気しかせんわ!」
「そ~ゆ~のが好きな層もいるよ?」
「知ってるけど、そんな例外を口にするな」
キャナリダとかは最初、そんな印象だった。
いや、さっき見た彼女はもっとフワフワした感じではあったのだけど。
「ああ、でも……、あのディアグツォープ様から迫られたら考えるかもしれん」
「考えちゃうんだ」
まあ、美人だから分からなくもない。
殿方にとっては高嶺の花タイプだろうけど。
「まあ、原作通りならディアグツォープ様には想い人がいるけどな」
「あら、神様も恋愛するんだ」
まあ、あれだけ美人さんなら神様だって放っておかないだろう。
神様の審美眼がわたしたちとズレてなければ……の話だけど。
「いや、するだろう?ギリシャ神話なんか愛憎入り乱れて成り立ってる話じゃねえか」
「ギリシャ神話には興味なくて。ああ、でも大神がすっごい浮気性ってぐらいは知ってる」
なんか怖い奥さんがいるというのに、あちこちの女に手を出してお約束のように怒られているというイメージが強い。
なかなか「みこ」に靡いてくれない「すくみこ! 」の創造神様とはえらい違いだよね。
「でも、意外だね。ヒカルはギリシャ神話まで読むんだ」
わたしはギリシャ神話ってカタカナの登場人物が多くてどうも馴染めない。
女性の扱いが酷かったりするものも多いらしいし、人間たちもあっさり神様の都合で殺されるって友人たちからも聞いているし。
「……原作で、その、主人公が好きだって言うから読んでみただけだ。別にオレの趣味じゃねえ」
意外にも、彼は好きな人間の趣味に合わせる面もあるようだ。
勝手なイメージだけど、お前は黙ってオレについてこい! って感じだと思っていた。
いや、本当に勝手なイメージなんだけど!
「きっかけは何であれ、興味を持つことは悪くないと思うよ」
少なくとも世界中で読まれてきたという歴史もあるものだ。
つまりは、わたしには理解できない魅力があるのだろうね。
しかし……、原作の主人公が好き……か。
魔法の世界にギリシャ神話?
その世界観が今一つ分からない。
「あと、もう一つ意外だったのは、シルヴィクルの中の人の名前をちゃんと覚えているところだね」
「中の人って……」
相手の名前を覚えることは、社会人の基本ではあるけれど、それを学生時代から身に着けていることは悪くないと思う。
「ああ、オレの妹の名前と一緒なんだよ。『麗か』でレイって読むから字は違うかもしれんが……」
「おや、それは……」
なんと言葉を返したものか……。
彼女を見るたび、元の世界を思い出してしまうのではないだろうか?
「性格は似てない。妹の性格も悪いが、シルヴィクルはもっと分かりやすく悪い」
「シルヴィクルはツンデレさんなだけだと思うけど」
思っていた以上に可愛らしいところもあったし。
「あの性格を『ツンデレ』とはオレは認めない」
「厳しいなあ、お兄ちゃんは」
わたしがそう言うと……。
「…………」
アルズヴェールは目を丸くした。
「何?」
「ラシアレスから『兄ちゃん』って呼ばれるとなんか、新鮮だな。胸がむず痒くなると言うか……」
「ヘンタイか」
「ヘンタイじゃねえよ。オレは十分、紳士だと思うぞ」
「紳士はそんなこと言わない」
自己申告の紳士ってどんな紳士だよ?
「紳士だよ。十分、我慢してるだろ」
「我慢?」
その言葉に嫌な予感しかないのは気のせいか。
「ラシアレスに手を出したいのをこう、必死に我慢している」
「ヘンタイ!!」
右手をワナワナさせながら、あっさり阿呆なことを言う危険人物にわたしはそう言うしかない。
「そうは言うけどな~。目の前で好みの女がチマチマ、チョコチョコ無防備に動いていたら、男としては手を出さない方が失礼だと思うんだぞ?」
「どこの世界の礼儀だ!?」
「……エロ本?」
「ヘンタイ!!」
例えに出されたものが酷すぎる件について!
「オレだって傷つくんだが……」
「大体、彼女がいるんでしょ?」
「いるけど……なあ。一月も会ってなければ、もう他に別の男ができてると思うぞ」
なんという切り替えの早さ。
今の若い人たちの感覚ってそんなに軽いものなの?
「ああ、でもそこまで警戒しなくても大丈夫だよ」
「何が?」
そんな言葉を吐く男に警戒するなという方が無理だとは思う。
「オレはハルナにだけは手を出さないから」
「……中身が違うことを知っているから?」
見た目は理想の女だけど、中身は25歳の別人だからね。
それを理解していれば、確かに食指は動かなくなるかもしれない。
「そう言う意味じゃなくて、なんだろうな? 同志だから? いや、それもなんか、違うな」
アルズヴェールは少し考え込むが、彼の結論を前に奥の扉が開かれた。
『ラシアレス様、おいでください』
導きの女神の穏やかな声で、わたしは立ち上がる。
「後で、ゆっくり聞かせてください、アルズヴェール様」
そして、奥の扉を通り抜ける時に、アルズヴェールが「あ」と、何かを思い出した時のような小さな声を上げた気がした。
だから、知らない。
この時、アルズヴェールがどんな結論を出したか……なんて。
結局、その後も暫くの間、彼は教えてくれなかったのだ。
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