一月後の変化
割と今更な話だが、この世界の暦はわたしたちの住んでいった世界とは違う。
一年が十二月、365日とは違うのだ。
いや、確かに月の数は十二月ある。
だが、一月が少し異なり、どの月も31日あった。
そして、日数調整のための閏年はない。……多分。
少なくとも、「すくみこ! 」のゲーム内ではなかったと記憶している。
30日のルーティンワークに加え、月末に創造神様への定期報告があった。
一週目は創造神様を攻略することはできないので、ほとんどその定期報告でしかお会いすることはできなかったのだ。
その創造神様が好きだったわたしは、がっかりした……ということもなかった。
一周目は、特に創造神様に興味がなく、二周目以降のちょこちょこあるイベントの中で心惹かれていったので、特に問題はなかったのである。
いや、そんな話はどうでも良い。
つまり、何が言いたかったかと言うと、今回、この世界に来て、初の定期報告会なのである。
しかし、具体的に何を報告すれば良いのだろう。
この一月にわたしがしたことと言えば……。
1.書物庫へ行き、この世界の少子化対策をいろいろ考えました
2.主人公(その1)であるアルズヴェールと毎日、情報交換をしています
3.相方であるズィード様にお願いして、大気魔気とやらの調整や安定化を図りました
4.この世界の神官に会って、少しずつ相互理解を図る努力はしました
でも、まだどれも、何の成果も手応えも得られていない。
いや、大きなプロジェクトが簡単に上手く軌道に乗るなんて思っていないし、神様にも簡単にできないことだから、人間代表として、わたしたち「神子」が集められたことを理解しているが、それでも、ここまで何もできていないと焦ってしまうのだ。
『どうした? ハルナ』
横にいるアルズヴェールが小声でひっそりと声を掛けてきた。
この部屋は神子たちが初めて会った部屋だった。
あの日と同じように円卓を囲んで座っている。
あの時と違うのは、一つだけが空席だったことだろう。
空席は「リアンズ」だった。
彼女は本当に世界を救うことに興味がないらしい。
実際、彼女は本当にまだ15歳だと言う。
突然、世界を救えと言われても戸惑ってしまうのかもしれない。
いや、逆に「世界を救うのは私しかいないわ! 」とかなってもおかしくない年代じゃないかな?
「何をどう報告したものかと思いまして」
わたしはアルズヴェールにそう返答する。
「真面目だな、ハルナは」
「立場上、不真面目よりは良いと思いませんか? ヒカル」
彼の名を呼ぶと、アルズヴェールは本当に嬉しそうな顔をした。
わたしが言うのもなんだけど、彼は酷く分かりやすい。
わたしたちは7人とも「救いの神子」として、呼び出された。
だが、それでも、自分の名前を捨てると決めたわけではない。
捨てたいと願ってこの世界にいるわけではないのだ。
特に、彼はその傾向が強いのか、書物庫で話をする時も、わたしの本名を呼びたがる。
そして、彼も自分の名前を呼んで欲しそうにするのだ。
まるで……、小型犬のように。
イメージ的には柴なわんこだろうか?
「一応、資料を纏めてはきましたが……、どういった形でプレゼンをするのかも分からないので、困っています」
「本当に真面目だなぁ……」
いや、仮にも定期報告というからにはそれなりの形式のものを作っておかないと、不安じゃない?
え?
今の学生とかって、その辺りの感覚が違うの?
準備不足で失敗って割とよく聞く話だし、わたしなんか、万全を整えてもまだ足りないって思うのに。
「ハルナ……。多分そこまで気合を入れてるのはお前だけだ」
「へ?」
「周りを見てみろ。お前とは全く表情が違う」
アルズヴェールからそう言われて、わたしは周りを見回した。
ほぼ正面にいるキャナリダは落ち着きなくキョロキョロしているし、その横にいるトルシアも似たようなものだ。
マルカンデは所在なく視線を動かしているが、その二人ほど酷くはない。
わたしの右隣にいるアルズヴェールとは逆の左隣にいるシルヴィクルですら、落ち着いているように見えるが、天井に視線を動かしては、少し手遊びのように机上で指を絡めたり、髪を弄んだりと、やはりソワソワ気分が隠しきれていなかった。
「定期報告……、だよね?」
周囲の雰囲気がどこか浮ついている気がしたので、思わずアルズヴェールに確認したくなる。
「そう聞いていたんだけどな」
アルズヴェールもどこか力が抜けたような声で応えてくれる。
わたしたちがここに集まったのは一月前だった。
その時はもう少し、緊張感があったように思える。
でも、今はその欠片も感じられなかった。
その場にあるのは、もっと別の感情が強い。
それは、まるで、恋する乙女たちが、好きな相手を待っている時のようにも見えた。
「一か月で変わっちゃうもんだね」
「いや、これはちょっと変わりすぎだろ」
以前は、少なくとも、もっと警戒心とか探り合いとか、そんな心理が働く程度に周囲への関心はあった気がする。
でも、わたしやアルズヴェールがこっそりと会話していても聞き耳を立てるような気配もない。
これが芝居だったら、役者が揃い過ぎだと思う。
彼女たちに何があったのか?
いや、そんなことは考えるまでもない話だった。
この世界を本当に乙女ゲームと考えれば、「すくみこ! 」の「操作説明モード」が終わった後に、まず、何をするかを考えれば当然の結果だろう。
プレイヤー経験者なら、少しも無駄な時間を過ごさずに、お目当ての殿方に猛烈アタックを開始しているだろう。
早く口説き落とさねば、他のヒロインに奪われてしまうから。
わたしやアルズヴェールのように、この世界への知識や理解を深めることなんてする必要はない。
だって、既に、原作やゲームを通して、「すくみこ! 」のことは知っているのだ。
そんなプレイヤーたちが今更、何を学ぶと言うのか?
さらに本来は蹴落とすべき「他の神子たち」と、わざわざ「勉強する」なんてこともしていないだろう。
本来、手っ取り早く神様との好感度を上げるためのVSイベントを発生させたり、相手から妨害を警戒する時にしか、「他のヒロイン」を意識することはない。
つまり、彼女たちは全力で「育成ゲーム」ではなく、「恋愛ゲーム」をプレイ中なのだ。
しかし、もともと恋愛脳っぽいトルシアや、非生産的な恋愛観察好きに見えるキャナリダはともかく、異性が苦手だと言っていたマルカンデや、お堅くとっつきにくい印象があったシルヴィクルまで、この状態とは、少し、恐れ入る。
彼女たちが惹かれた神様ってそんなに魅力的だったってことなのかな?
なんとなく、横にいるアルズヴェールを見た。
彼女……、いや、彼はどこか面白くなさそうに周囲を見ている。
原作通りのかなり綺麗な顔なのに、その唇が少しだけ突き出ていて、どちらかというと「綺麗」というより、「可愛らしい」という言葉の方が似合う。
やはり、人間、見た目より中身ということか。
……あれ?
なんか違う?
「どうした?」
わたしからの視線を感じたのか、アルズヴェールが尋ねる。
「いや、あなただけでも変化がなくて良かったよ」
わたしは素直にそう言うと、アルズヴェールは何故か、目を丸くした。
「流石に、このハートが飛んでいるような居心地の悪い状態であまり孤立はしたくないからね」
女社会で恋愛関係に口出しをしてはならぬと、元の世界で学んでいる。
恋愛状態にある女性に対して周囲が配慮すべき点は、適度な共感と程よい関心。
そして、大いなる羨望なのだ。
口で言うのは容易いが、実は、この辺りの匙加減が難しかったりする。
あからさまではいけない。
さり気なくすることが重要なポイントになるのだ。
「お前な~……」
どこか呆れたようなアルズヴェールが何かを言いかけた時、部屋の奥にあった扉が動く気配がしたのだった。
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