主人公(その2)として
『これで、7人。全て揃ってしまいましたか……』
どこからか、そんな女性の声が聞こえてきた。
でも、不思議なことにその姿は見えない。
横にいた「アルズヴェール」も、同じように周囲を見渡している。
でも、わたしはその言葉にちょっと不穏な気配を感じた。
だって「揃ってしまった」って何?
それって実は揃うことを望んでいなかったって考え方でおっけ~?
実際の少女ならば分からないけど、もう社会に出て数年の大人なので、そう言った細かいところが妙に気になっちゃうわけですよ。
だって、言葉の表現ってかなり大事だもんね?
「7人……?」
すぐ傍の金髪美少女が気になった点は、わたしとは違ったようで、訝し気に呟く。
いや~、美人はどんな顔をしても絵になるね。
羨ましい限りだ。
いや、ちょっと待て。
今やわたしの見た目は「ラシアレス」らしい。
ちょっと小柄で、日本人のような黒髪、黒い瞳の美少女になっているのではないか?
乙女ゲームの主人公は、作中では「平凡な容姿」とされていても、一般的には平均以上なのはお約束。
つまり、わたしもいつの間にやら、美少女の仲間入りってことだ。
中身はかなり残念な思考を持つ二十代のOLですけどね。
設定上では、「ラシアレス」の身長は全ヒロイン中、最も低い150センチ。
それ以上、低くはできなかったのだろう。
イベントCGが見切れてしまうから。
だから、実際の自分よりどこか視点が低い気がしたのはそのためか。
本来のわたしは160センチだった。
体重については聞かないでください。
お願いします。後生ですから。
現実の人間が、乙女ゲームの主人公たちみたいにありえない数字であるはずがない!
男どもよ、覚えておけ!
体型に関しては、ゲームの設定やアイドルの自己申告数字を信じるな!
そして、そのせいで、「アルズヴェール」は公式設定では身長158センチのはずなのに、ちょっと高く見えるってことか。
納得、納得。
『アルズヴェール、ラシアレス。その部屋の中央へ。今から貴女たち二人をご案内いたします』
不思議な声が再び、部屋に響く。
ぬ?
いよいよゲームの始まりだ?
でも……、昔、見た「すくみこ! 」のチュートリアルとは少し違う気がする。
わたしが記憶している「すくみこ! 」では、神殿のような部屋の扉の前で、ゲーム開始前に選んだ「主人公」がうろうろしているところから始まった。
そこで、不思議な声が言うままに主人公を操作をして、最終的にその扉を潜り抜けるところがオープニングであり、チュートリアルでもあった。
その声は命令口調で、乱暴な物言いだったが……、創造神ルートで、その声が創造神自身のものだと知るのだ。
ある意味、性格やいつも口調の割に、創造神は細かな世話焼き気質を持っていたというほんわかエピソードである。
気付いた時は、何度もOPだけをやったよ!
そして、叫んだよ!
でも、この声はわたしが昔、惚れこんだ創造神の声とは違ったのだ。
いや、ゲームは声優さんが演じているので、現実(?)と違うのはおかしなことではない。
でも、口調も違う。
少なくともこんな女性的で丁寧な声ではなかったはずだ。
まあ、操作説明を実際にされるはずがないと考えて良いのだろう。
わたしは自分の身体を思うように動かせるし、自由に何かに触れることもできる。
ゲームのように型に嵌る必要はないのだ。
つまり、いくらでも逆らえるってことでもある。
逆らうと言っても、与えられたお役目を果たさないと言うわけではない。
寧ろ、逆だ。
しっかりお役目を果たしてやろうではないか。
社会人として!
いや、普通に考えても創造神から与えられた仕事である「箱庭」の育成を完全に放棄して、美形な神様たちとイチャイチャ、ラブラブって行動が人としておかしくない?
だって、現状、その星が困っているから「みこ」たちが7人も呼び寄せられて、解決させようとしたわけですよ?
それなのに、それを完全に忘れたかのように振舞う完全に恋愛脳に侵食されている「みこ」たち。
お前らは織姫と彦星かよ!?
そして、創造神は天帝のように本来は、怒り狂うところじゃないか?
そんな立場にいながら、なんで、隠しルートの相手役を務めていらっしゃるのだ?
いや、貴方様の全てのEDはしっかり堪能させていただきましたけれどね!
ええ、それは隈なく、取りこぼしなく!!
だけど……、社会人として働きに出た今だから分かるのだ。
職務放棄は全てにおいて良くないことだって。
本当に困るのだ。
仕事しない人間の存在は。
それもその理由が恋愛のため、とか。
そんなに恋人が大事なら、仕事辞めて永久就職しとけ!
いや、落ち着けわたし。
仕事を辞めて永久就職コース。
それは「すくみこ! 」における恋愛ノーマルEDだ。
全てを捨てて、神様と共に生きる道を選ぶことになるルート。
でも……、それは現実問題として、どこか歪に感じてしまう。
神様と恋愛に生きた結果、救われなかった星はどうなるの?
他の6人の「みこ」に全てを押し付けて自分だけは幸せになる?
どれだけツラの皮が厚ければ、そんなことが許されるの?
少なくとも、わたしにはできない。
―――― だから、決めた。
この世界が本当に「すくみこ! 」の世界かどうかは分からないけれど、もしそうならば、わたしは恋愛に生きず、職務を全うする! と。
美形な神様との恋愛ED?
無理無理無理!
わたしは彼氏がいない歴と年齢が一致してしまうような人種。
いわゆる喪女ってやつだ。
どれだけ乙女ゲームをやり込んだ所で、現実の美形耐性など全くない!
既に、この近くにいる「アルズヴェール」にだって、同性でありながら、緊張しているぐらいだ。
――――って……。
「中央に行かないのですか?」
いつまでも動こうとしない金髪の美少女「アルズヴェール」に対して、思わず声をかけていた。
あれ?
もしかして、わたしと違って、彼女はチュートリアル中だったとか?
「どうして?」
わたしの言葉に金髪美少女は首を傾げる。
くそぅ!
そんな仕種すら可愛いじゃないか。
ハグさせろ。
……っと、いけない、いけない。
思わず、自分の思考がオッサン化してしまった。
「今、呼ばれたのは、『アルズヴェール』と『ラシアレス』だけだろ?」
ちょっと待て。
わたしが知っている「アルズヴェール」はそんなこと言わない。
プレイヤーが操作していない時の彼女は、ふんわり優しいお姉さんタイプだったはずだ。
そして、彼女の標準は「です」「ます」口調。
決して、「だろ? 」などという俗な言葉は使わないのだ。
彼女からわたしに対する最初の問いかけは「ラシアレスですよね? 」だったので、違和感はなかった。
でも、さっきのは明らかに素の返答だろう。
いや、それを言ったら、「ラシアレス」だって先ほどの問いかけ方は間違っている。
彼女なら、「中央に行かないの? 」と初対面相手にもどこか物怖じせず、気やすい感じだったはずだ。
流石に神様相手には敬語だったけれど。
つまり……、ここから導き出される答えは一つ。
「あなたは……、その……『アルズヴェール』でしょう?」
「はあ!?」
驚く顔も素敵な美少女……ではなくて……。
「綺麗で流れるような金髪とそれをハーフアップにし、纏めている大きな赤いリボン。特徴的なルビーのような紅い瞳。肌が白くスタイルは標準的。着ている服は白いブラウスに赤のジャンパースカート。わたしが覚えている『アルズヴェール』そのものです」
わたしが見たままの事実を彼女に告げる。
彼女はますます眉間のシワを深く刻んでいく。
それでも美少女は美少女。
でも……、わたしが考えている通りならば、中身は違う。
「マジかよ……」
そう言いながら、彼女は頭を乱暴にかいた。
折角の綺麗な髪が乱れてしまう。
その口調にどこか残念な動作。
だから、はっきりと分かってしまう。
今の動きは年頃の少女としてはあり得ないし、わたしもあまり人前ですることはない。
既に、年頃の少女ではないですけどね。
だから、ちゃんと確認しておかねばならない。
今後のためにも。
そして、何よりわたし自身のためにも。
わたしは、少し緊張しながらも、金髪の少女に向かって尋ねてみた。
「あなたは……、もしかして、中身は男の人?」
次話から週に一回程度の更新になると思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。