神子は闇に沈む
昼食の時間となったことで、アイルに声を掛けられ、今回の話し合いは終了することになった。
明日も同じ時間帯に、「図書室」でアルズヴェールと会う約束をして、彼と別れた後に部屋に戻る。
だが、わたしの頭の中は大混乱であった。
わたしはこの世界のことを単純に、乙女ゲーム「すくみこ! 」の世界のヒロインたちの身体に「わたしたち」が入り込んだだけだと思っていた。
でも、話はそう単純ではないようだ。
いや、異物混入って十分、大事件なのだけど!
アルズヴェールが言うには、原作で「救いのみこ」は「異世界人」だという表記があるそうだ。
まさに、今の状況はそれに近いと思う。
でも、これって原作を知らなかったわたしはともかく、原作既読済みな「みこ」たちは、既に気付いていることなんじゃないだろうか?
特に、あのシルヴィクル辺りは勘付いていると思う。
結構、「みこ」に関して重要な事実だし。
思った以上に情報って大事かもしれない。
いや、漠然と大切だと思っていたけど、アルズヴェールが協力を申し出てくれなければ、わたしはこの点において、かなり遅れをとっていた可能性がある。
本当に彼に感謝するしかない。
アイルに言って、新たな紙を出してもらう。
インク壺も新しく替えてもらったものだ。
昨日、いっぱい書き散らした上、今日も午前中に雑談でいっぱい使ってしまった。
いくら複製はできると言っても限度はあるかもしれない。
午前中に、アルズヴェールからもらった断片的な情報を纏めていく。
「すくみこ! 」の原作「魔法探索~MAGICAL QUEST~」はかなりの長編漫画だった。
その通称は「まほたん」もしくは、「マジクエ」。
これだけ見ると……、まるで、どこかの国民的RPGみたいな略称だね。
「MQ」じゃなかっただけマシか。
「人間界」と呼ばれる世界で育った主人公は、「魔界」と呼ばれる異世界へ行くことになった。
そして、様々な経緯を経て「魔法」を使い、紆余曲折あって、「聖女」と呼ばれるようになる。
……うん、どこにでもありそうな異世界モノだと思うよ。
そして、なんで、異世界モノって、「聖女」とか「勇者」とかがまるでお約束のように出てくるだろうね?
もしくは公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵などの貴族の子息&令嬢とか?
ある程度の地位がないと物語が面白くならないからだろうか?
そして、平民スタートでも、順当に地位が上がってしまうのが不思議。
確かに偉業を果たした結果だということは分かるのだけど、身分社会がほとんどない日本人の感覚で育った身としては、少し不思議な気持ちになる。
庶民が皇族になるって天文学的な確率だし、現実的にはかなり難しいと思うのですよ?
いや、フィクション作品の設定に、現実の論理を振りかざしても仕方ないのは分かるのだけどね。
おっと、いかん、いかん。
また思考が脱線してしまった。
主人公は、もともと、王族だったらしい。
つまり、その時点で「聖女」の下地となるチート能力が約束されていたようなものではないだろうか?
ただ、その少女は人間と魔界人の間に生まれた娘だった。
だから、「聖女」と呼ばれるまでにも時間がかかったそうだ。
決定的だったのは……。
うん!
本当に「すくみこ! 」関係ねえ!!
当時、そう叫ばれていた理由もよく分かる。
いや、それでも確か、原作と「すくみこ!」の世界観は同じだったはずだ。
原作より遥か昔の物語。
だけど、原作はフィクション。
どう考えても、「魔法」とか「魔界」とか、現実の話ではありえない。
だから、原作の中に「救いの神子」が「異世界人」の表記があったとしても、物語を面白くするための作者の悪戯じみた目的があったとしか思えない。
売れるためになんでもするのは、作者としては当然だろう。
ライトノベルなどで、「異世界人」、「異世界転生」、「転生したら〇〇だった」系は、一定の層より支持されていると聞いたことがある。
それなら、原作の表題は、「平凡なわたしは、実は王族の血を引いた聖女様だった?! 」。
そして、乙女ゲームの方は、「異世界転移をした救いのみこは神様たちに溺愛される! 」みたいな表題の方が売れたかもしれない。
いや……、落ち着け。
どちらもラノベが今ほど流行る前に出た作品だったわ……。
そう考えると、10年前って本当に昔だよね?
でも、もし、本当にそんな表記が原作にあったとしたら、どんな状況で、どんな理由があったかを突っ込むべきなのだろうか?
普通に考えても必要性を感じない表記だと思う。
少し間違えたら、人間界で育ったという主人公より目立つ設定になっちゃうよね?
そして、「すくみこ! 」の世界観にそんな裏設定があった?
でも、ゲーム中にも、攻略本にも公式設定集にもそんな表現はなかったはずだ。
あったら、印象強いから覚えているだろう。
いや、原作には書かれていた。
つまりは、原作読者には周知の事実なので、いちいち明記していなかった?
それも不親切じゃないか!?
誰もが原作を読み込んでから乙女ゲームをやっていると思うなよ!?
それに、この状況は厳密に言って、「異世界人」とは言い切れない部分がある。
何故なら、「異世界人」なのは中身だけの話なのだ。
身体はわたしのものではない。
これが、「宮本陽菜」のものなら、納得ができるのだけど。
だが……、この身体は、本来、「ラシアレス」と言う名前の15歳の少女のものである。
黒髪、黒い瞳、小柄だけど胸の大きなドジっ娘。
同じ黒髪、黒い瞳でも中肉中背と言える標準的な体型をした25歳OLとは似ても似つかないほど愛らしい少女。
自分の右手を見ても、同じ人類とは思えないきめ細かな肌。
マニキュアでコーティングしていないのに、整えられた桜色の爪。
視界に入る髪の毛一本一本すら艶めいて、この身体の育ちの良さを表している。
自炊もそこそこで栄養バランスも良くはなく、良質な睡眠もちゃんととっていない疲れた社会の歯車とは全然違うのだ。
だけど……、そんなわたしが何故、選ばれたのだろう?
わたしは、平凡なOLでしかない。
平日は、朝起きて、会社に行って、仕事して、家に帰って寝るだけの生活しかしていなかった。
休日だって、特に遊びに出かけるわけでもなく、家でのんびり過ごすだけの日々。
原作の主人公みたいに、王族とか身分の高い人の血が流れている特別な人間というわけでもないのだ。
それなのに、何故、特別な人間の中身として選ばれてしまったのだろうか?
そんなこと、考えても分かるはずはない。
答えなんか、出るはずもないのだ。
わたしは頭の中のごちゃごちゃした何かを整理したくて、ひたすら目の前にある紙に向かって、いろいろと書き殴っていく。
今日の雑談を含めて、これまでのことを思いつく限り。
そこには時系列とか順序だてなど一切、ない。
思い出した順番に、適当に羅列されていく文字。
お世辞にも上手とは言えない漢字やひらがな、カタカナは次々に踊っていく。
それを見ているうちに……、昨日の寝不足もたたったのか、わたしの意識はナニかに導かれるかのように、闇に沈んでしまったようだ。
意識の遠くで、誰かが叫んだような声が聞こえた気もするが、そこは……、気のせいだろう。
わたしを心配するような人間など、いるはずもないし。
だから、わたしは知らない。
うっかり寝落ちしてしまった後、インクにまみれたわたしを発見したアイルが悲鳴を上げたことも。
それを察して、ズィード様が部屋に飛び込んできてくれたことも。
そして……、それを後で、聞いたアルズヴェールから思いっきり怒られることも。
―――― この時のわたしは本当に何一つとして知らなかったのである。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




