神子たちの内緒話
「ロメリア……。昨日も言ったけど、ラシアレス様だけは信用できると言っているのに……」
すぐ近くにいるロメリアの明確な拒否の言葉に、アルズヴェールは溜息を吐く。
ここに来るまでにも、同じようなことを言っていたのだろう。
まあ、アイルも同じようなことを言っていたのだから、相手からもそう言われてしまうのも仕方ないのかな?
そして、このロメリアさんはアイルより手強そうな印象がある。
「そこにいる分には構わないと思いますよ?」
だから、わたしはそう言った。
「ラシアレス様?」
アルズヴェールは驚いたようにわたしを見る。
「まずは、おかけになってください、アルズヴェール様」
わたしは、目の前に座るように促すと、アルズヴェールは素直に従う。
「アイル。昨日のように紙と筆記具をお願い」
「準備しております」
そう言いながら、アイルが持っていたカバンから、わたしに紙とインク、羽ペンを出してくれる。
「ありがとう」
お礼を言って、わたしは目の前で紙を広げる。
昨日、散々、いろいろと書き散らしたおかげか、この筆記具にも慣れたと思う。
『どうせ、二人とも動いてくれないのだから筆談で良い? 彼女たちは日本語が読めないみたいだから』
わたしはそう紙に書いて、持っている羽ペンをアルズヴェールに手渡した。
アルズヴェールは一瞬、目を丸くして、それとなく、傍にいるロメリアとアイルをそれぞれ見る。
その二人は、わたしの書いた文字をじっと見つめるが……、ロメリアは眉を顰め、アイルは溜息を吐いた。
やはり、読めないらしい。
『了解』
アルズヴェールは、癖のある文字でそう書いて答えてくれた。
『よく気付いたな、こいつらが日本語を読めないって』
『偶然だよ』
本当に偶然だった。
アイルが問わなければ、気付かなかったぐらいに。
『どちらでも良い。会話方法としては面倒だけど、あまりこいつらにオレたちの話を聞かせたくもない』
アルズヴェールは、本当にわたしを信用してくれたようだ。
普通に考えたら、筆談なんて会話の証拠が残ることは、それなりにリスクがあることだ。
彼は、わたしが裏切るなんて微塵も考えてないのだと思う。
それを単純と考えるか素直ととるべきか。
今のところ、わたしは彼に対して適切な評価を見いだせていなかった。
『それで……、色々と、ゲームの内容をまとめてみたのだけど……』
わたしは、昨日、書き散らした資料を取り出す。
『仕事、早いな』
それを受け取りながら、アルズヴェールは感心する。
『早い方が良いでしょ?』
情報は速さが命だ。
それならば、資料も早く作って、お互い早めに情報共有をした方が良いと思う。
『オレ、レポートもギリギリまでしない派だから』
『トラブルも考えられるから、早めにやった方が良いと思うよ?』
具体的には締め切り前日にPCが壊れてデータが吹っ飛ぶとか。
うっかり印刷したレポート用紙を電車に忘れてしまうとか。
とにかく、ギリギリで仕上げたものほど、何故かトラブルに見舞われてしまうものなのだ。
『それが正しいことは分かってるんだけどな』
正しいと分かっているのにしない理由はわたしには分からない。
『ぶっちゃけ、めんどくさい』
ぶっちゃけすぎだろう。
いや、どちらにしても提出しなければならないのだから、問題の先延ばしに意味があるとは思えないのだけど。
『選択肢で選ぶってことは、ADVか』
『ADV?』
見慣れない略語だ。
『悪い、アドベンチャーゲームの略だ』
『アドベンチャーゲーム?』
『行動、選択肢で分岐していくゲームのタイプだな。ノベルゲームとかもそうだ』
『ジャンル的には乙女ゲームじゃないの?』
『それはもっと細かく分けたものだな。オレは、シミュレーションの方だと思っていた』
アルズヴェールは「シミュレーション」の前に「S」を書こうとして、塗りつぶすように消した。
訂正するなら、訂正印を押せとは言わなくても、せめて二重線で消して欲しいと思ってしまうのは一種の職業病だろう。
いや、こんな雑談にいちいち訂正印を押印されても困るけど。
そして、わたしには彼の言いたいことがよく分からない。
「すくみこ! 」は乙女ゲームだったよね?
シナリオ量は多かったけど、ノベルゲームってわけでもなかったと思う。
ノベルゲームって、文章しかないものじゃなかったっけ?
『そうなると行動の一つ一つが、選択肢になっている可能性があるわけか』
……なるほど、そうなるのか。
『今日、この図書館に来たのも何かのフラグになってるのかもな』
『フラグ……、伏線ってやつ?』
多分、死亡フラグとか言われているやつのことだよね?
「オレ、この戦いが終わったら結婚するんだ」とか。
「あれ? こんな時間に誰か来た? 」とか。
「大丈夫だ、問題ない」みたいなやつ。
『ちょっと違う。プログラム上で現状や設定条件の成立を表す変数のことだ。あれ? 一般的な言葉じゃないのか?』
『多分、知っている人の方が少ないと思うよ』
プログラムの変数とか言われても、正直、わけが分からないですわ。
こんな調子で、ゲームの流れを話し合っていくのだが、どうも、話が横道に逸れてしまうのだ。
この辺りは、持っている知識量の違いもあるためだと思う。
どうしても、分からない単語が出てくると、何故かお互いにその単語の意味を確認したくなるのだ。
わたしが確認したくなったのは彼が書くコンピューターとかに関する専門用語。
専門用語だと思うよ?
「変数」とか「乱数」とか聞いたこともない。
「変数」って言葉は数学にチラリとあった気がしなくもないけど、社会人に数学はいらんのです!
算数だけでなんとかなる!
アルズヴェールが気になったのは、「すくみこ! 」内のシステム。
ストーリーについては特に必要ないそうだ。
それでも、「せっかく大まかなあらすじを頑張って書いたのに」と零したら、部屋で読んでくれるそうだ。
別に押し付ける気はなかった。
興味ない人間に勧めても仕方がないと思うし。
でも、そんな恩着せがましい言葉が零れてしまったのは、ストーリーを思い出していくと、あの頃を思い出したのかうっかり筆がのってしまって、つい、「暁」と呼ばれるような時間帯まで書いてしまったからだろう。
我ながら、阿呆である。
そして、夜更かししてしまったことは、アイルにはバレているだろう。
朝から、心配されてしまったし。
『オレも原作を書いた方が良いか? かなりの長編だったけど、内容については、ある程度は思い出せるぞ』
アルズヴェールがそう言ってくれたので、わたしはお言葉に甘えることにした。
だけど、確かにメインストーリーは問題じゃない。
だって、「すくみこ! 」は、「原作関係ねえ! 」な話だったのだから。
『原作の神様に関することはどれだけ覚えている?』
「すくみこ! 」が10年前のゲームなら、原作はもっと古かったはずだ。
どれだけ読み込んでいたかは分からないけれど、恐らくサブストーリーにすぎないような部分をどこまで思い出せるだろうか。
『あ~、まあ、なんとか思い出す』
そう言いながら、アルズヴェールは苦笑いをした。
彼も全て思い出せる自信はないのだろう。
『救いの神子については?』
……へ?
「神子」?
「みこ」じゃなくて?
わたしの目は分かりやすく驚いていたのだろう。
『もともと、原作にあった「救いの神子」たちの話だからな』
彼は少し困ったような顔をしながら、そう追記した。
言われてみれば、神様よりも重要な話かもしれない。
原作にあった「救いの神子」。
彼女たちの話をゲーム化した……はずだ。
あれ?
でも、そうなると時代がおかしくない?
『その流れで、今、思い出したんだが……』
彼は難しい顔をしながら、乱暴に、インク壺に羽ペンを突っ込んだ。
だが、そんなインクが飛びそうな行動よりも、彼の書いた言葉にわたしは驚かされることになる。
『原作に、「救いの神子」は「異世界人」の表記があったはずだ』
ここまでお読みいただきありがとうございました。




