神子は手紙を出す
さて、「すくみこ! 」の基本システムを書きだそうとしたわたしだったが、中身が日本人だったために、現代国語限定の日本語と、僅かばかりの英語の知識しかない。
そのためにこの世界の言語が分からない可能性が出てきた。
だが、その件については、後で、アイルにでも習うことにしよう。
神様も人間の言語まではカバーしていないだろうし。
それに、今は言語が違って良かったということにしておこう。
何も考えずにうっかりアイルの前で「すくみこ! 」世界のシステムを書き散らすところだった。
もし、「この世界はゲーム世界に似ている」と、信じている「みこ」に言われたら、彼女はどう思うだろうか?
普通に考えれば、「みこ」は頭がおかしくなったと思うだろう。
そして、それは信頼関係の崩壊にも繋がる。
うん、良くないね。
実に良くない。
この世界の人たちに知られたくないことは、できるだけ日本語で書くことにしよう。
わたしは、文字が書き辛い羽ペンで、なんとか書き殴る。
アイルは、その様を暫く見守ってくれていたが、昼食の準備のために、隣にある台所へと向かった。
悪いが、好都合だ!
そうして、わたしは思い出せるだけの「すくみこ! 」システムとちょっとしたイベントをメモることができた。
主人公の行動は、「図書室で勉強」、「人界に魔力を送る」、「部屋で過ごす」、「部屋の外へ行く」、「寝る」を毎日の行動から選んでいた。
それらに加えて、「神様との会話」、「神官との対話」、「創造神に報告」が定期的に発生していたはずだ。
神様や神官との話は確か、週一ぐらい。
創造神への報告は月一。
昔のことなので、自信満々ではないけれどそれぐらいの頻度だったと思う。
でも、ゲーム中では主人公が勝手に「今日は神様にお会いする日だわ」などと言いだすので、その頻度については細かく気にしたことはなかった。
それに、ゲームが進むと、神様たちは不定期に訪問してくれるようになっていく。
毎日、一日の行動選択前に次々と神様が来るのはなんの嫌がらせかと思ったけど。
はい、不特定多数の神様に対して好感度を上げた結果ですね。
分かっておりますとも。
行動の中にある「部屋で過ごす」、「部屋の外へ行く」を選ぶと、さらに選択肢があって、それが、様々なイベントへと繋がるようになっていたと思う。
まあ、今回は恋愛イベントをあまり意識的に発生させないようにする。
橙羽様……いや、ズィード様は他の神様に比べて会う機会が多いので、ある程度は勝手に好感度が上がってしまうだろう。
他の「みこ」の妨害さえなければ。
これは、「箱庭を育てる作業ゲーム」なんて、気楽で単純な話ではないことは、午前中に理解した。
人類の命運がかかっているのだ。
そのために、今のわたしに必要なのは、この世界の知識だろう。
そうなると、図書館に通い詰めることになりそうだが……、この世界の言語が理解できないとかなり困る。
まさか、翻訳のためだけに、毎回、アイルを付き合わせるわけにもいかない。
彼女は彼女の仕事があるのだ。
それに、彼女は頑張り屋さんっぽいから、あまり、余分な雑事をさせたくはないという点もある。
そこまで考えて、ふと気付いた。
他の「みこ」たちはどうしているのだろうか?
しかし、足を引っ張り合う可能性がある人たちに、あまり確認はしたくない。
そうなると……。
「アルズヴェール、一択かあ……」
友達が少ないのも考えものではあるが、「ぼっち」ではないだけマシだろう。
わたしは自分にそう言い聞かせたのだった。
****
「他の神子さまに……ですか?」
昼食を食べ終わった後、わたしはアイルに確認する。
「うん。アイルは連絡とる方法を知らない?」
なんということでしょう。
わたしは、アルズヴェールに連絡をとる方法を持っていなかったのだ。
これは何という誤算!? と気付いたのが、つい先ほど。
考えてみれば、「すくみこ! 」にそんなイベントはなかった。
ライバルを蹴落とす女社会に、そんな交流を深めるようなことをする必要はない。
互いに笑顔で罠に嵌め合う未来しか見えなくなってしまう。
ゲームのジャンルが変わるわ。
いや、これってわたしだけの責任じゃないよね?
アルズヴェールも気付いてなかったよ、多分……。
「お手紙をお渡しする……というのはいかがでしょうか?」
なるほど……。
「手紙」か。
アナログだけど、間違いない。
「でも……どうやって届けよう」
郵便屋さんなんていないよね?
これは、使用人を通して相手の主人にお届けするってやつ?
「ああ、ラシアレス様は『書簡』をご存じないのですね」
「『書簡』?」
いや、知っているけど。
確か、「手紙」のことだよね?
「専用の書簡紙をお出ししますね」
そう言いながら、アイルは先ほどの紙と別の用紙と封筒を出してくれた。
最初に出された紙は、淡いクリーム色……一般的にアイボリーと言われる色の紙だったが、今回は薄い橙色……杏色、アプリコットカラーというやつだった。
……また橙か。
「まずは、こちらの書簡紙にお伝えしたいことをお書きください」
これは、便箋ってことだよね?
でも見たところ、何も書いていない。
罫線がないと書きにくいのはわたしだけ?
とりあえず、わたしに線を引くために定規をください。
「そして、こちらの『状袋』と呼ばれる方形の紙の袋のこちら側に宛名と、裏側に差出人の署名、もしくは押印をして、『封緘紙』と呼ばれる紙片を貼り、魔力を通しますと、一瞬で宛先に届きますよ」
アイルは笑顔でそう言った。
でも、わたしとしては、その説明、突っ込みどころが多すぎるよ?
状袋?
それは聞いたこともないけど、多分、封筒のことだよね。
それに、宛名に署名や押印することは分かる。
押印については、仕事で担当者が分かるように判子を押すこともあるから抵抗はない。
今は判子は持ってないけれど。
封緘紙?
そんな紙片を貼ったことは……、あ~、なんか重要書類に丸っこいシールを貼ったことがあった気がする。
基本、重要書類は鳩目紐付きの封筒だったから、本当に一回か、二回ぐらいしか使ったことがない。
ああ、小学生の時に友人への贈り物にはシールをよく貼ったかな。
いや、問題は魔力を通す……。魔力を通す……だと?
この世に生を受けて早25年。
一度たりとも、そんなことをしたことがないわ!
さらに、一瞬で届く……?
この世界、空間法則、おかしくないか?!
今更だった!!
「ラシアレス様? 私の説明では、分かりにくかったでしょうか?」
「いえいえ、大丈夫よ、アイル。とてもよく分かったわ」
不安げなアイルにわたしは、慌ててそう言った。
この場合、彼女は本当に何も悪くないのだ。
わたしがこの世界の常識を知らないだけ。
だから……その常識を覚える必要がある。
「ラシアレス様!」
「はい?」
突如、アイルが叫んだ。
「この領域に、別の魔力が侵入の気配です」
「はい!?」
何!?
魔力の侵入って……魔法攻撃?!
乙女ゲームがいきなり、異能力バトル展開?!
ところが、警戒するわたしとアイルの前に、一つの四角い紙が届いた。
薄い紅色のその紙は、わたしの前にゆっくりと降り立つ。
「失礼しました。どうやら、ラシアレス様宛のお手紙のようです。魔力の気配はこれだったのですね」
手紙の話をしていて、それが届くタイムリーさにも驚きだけど、そこに込められた魔力とやらの気配が分かるアイルにもびっくりだよ?
それだけ大量の魔力が込められているってこと?
「失礼します。確認させてください」
アイルはそう言って、未だに固まったままのわたしの前にある封書を手に取って眺める。
「この気配は火属性……。どうやら、差出人は火の神子アルズヴェール様のようです。文字は……神子文字のようですので、私には宛名も分かりかねますが……」
「ああ、わたし宛で間違いないよ」
その封書には、癖のある大きな文字で「ラシアレス様」と書いてあった。
カタカナはともかく、漢字には分かりやすく癖があった。
「か、開封は私にお任せください」
封書を受け取ろうとしたわたしを制して、アイルはその封書を開封する。
これは、検閲……ってことかな?
でも、アイルは文字が読めないのよね?
するりと、封書から便箋を出して、軽く撫でた後に振る。
中身を読もうとしているわけではないのはよく分かる。
裏側にしているし。
「……どうやら、罠ではないようですね」
アイルはホッと安堵のため息を吐いた。
彼女の警戒はともかく、あのアルズヴェールに限って、そんなことをするとは思えない。
「どんな罠を警戒していたの?」
「火の大陸出身者ですから、発火と爆発ぐらいは仕掛けてくるかと」
「手紙に?!」
何、それ。
すっごく怖い!
嫌がらせでも、「靴に画鋲が!? 」ってレベルじゃないよ?!
「この書簡紙にも魔力は込められます。中には魔力紙を使う方もいらっしゃいます。それらを使って、簡易魔法を具現化させるような方もいることでしょう」
えっと……RPG系のゲームで言う、一回限りの魔法効果がある巻物……みたいなものかな?
「まあ、風の神子であるラシアレス様を害せるような魔法を込めることができる人間がいるとは思えませんが……」
いやいや!
わたし、身体は「みこ」だけど、中身、普通の人間だからね?!
多分、アイルより弱いよ?
安全性が確認されたことで、アイルは、わたしに手紙を渡してくれた。
彼女が何やら、「この記号の形を覚えておかねば」と言ったのは、気のせいじゃないだろう。
そして、わたしは、手紙を広げる。
異性からの手紙……。
そんなの、最近では、社内文書やメールのような事務的なものばかりだったので、少し緊張するね。
中には、簡潔にこう書いてあった。
『明日、書物の間まで来れないか?』
ここまでお読みいただきありがとうございました。
 




