二人の神子
「な~、本当に手を組まねえか?」
「危険人物相手にそんな無警戒な少女がいたら、見てみたいものですね」
しかも理由が「好みの顔だから」とか!
いろいろあり得んわ!
「あんたにとっても得な部分はあるぞ」
「へ~」
興味なさそうに答えるが、実は、彼のいうことも一理あることは理解している。
確かに原作読者と手を組むことは、原作未読者のわたしにとってはかなりのメリットだと思う。
原作にしかない設定も隠れてそうだと、あの女神様とそれを見た周囲の反応を見た時にそう思ったのだ。
そして、基本的にこの場に呼ばれた「みこ」の「中身」は、原作、ゲームをどちらも知っている人間ばかりだった。
そう考えると、片方ずつしか知らないわたしたちが手を組んだ方が良いことは分かる気がする。
他の人間は分かりやすく信用できないから。
特に、彼は「すくみこ! 」を知らない。
それはつまり、ライバル蹴落としという黒いイベントの数々を知らないということだ。
「靴に画鋲が!? 」「舞台衣装がずたずたに!? 」のような使い古されたベタな嫌がらせのイベントもいくつかあった。
製作者の性格の悪さが滲み出ているというより、ある意味、別方向で女性に夢を持ちすぎだと思う。
なんとなく、「所詮、女ってこんなもんでしょ? 」みたいな。
でも、現実には、そんな面倒なことをしてまで嫌がらせはしないよ。
バレた時のリスクが大きすぎるし。
そして、自己紹介を聞いた限り、「みこ」たちは、正しい知識を教えはしないだろう。
本当のことを言わずに相手の自滅を狙う方が楽なのだ。
それは原作未読のわたしにも言えることだろうけど、この世界が「すくみこ! 」ベースなら、彼の方が圧倒的に不利な戦いともなる。
そう考えると、やはり、わたしたちが手を組むことが最もリスクが少ない。
彼は思ったことを口にしてしまうほど素直な人間のようだから、わたしが被る害も少なくてすむだろう。
だが、理屈と感情は別のものだ。
確かに、社会人経験がある分だけ、わたしの方がいろいろと流せるだろう。
だが、一方的に我慢を強いられるだけなんて、流石に我慢できない。
そんなことをつらつらと考えていたのに、彼が口にしたのは、もっと別のことだった。
「男視点で物が見られるぞ」
そんな言葉に、思わず、彼の顔を真正面から見てしまう。
そこには当然、笑顔の美少女の顔があるだけだが、その後ろに何か別の影が見えた気がした。
「え……?」
わたしは何度も瞬きをして、再度、同じ場所を見直したが、勿論、そんな影なんかどこにもなかった。
「意外だったか? でも、そう言うことだろ?」
彼はわたしの驚きを誤解したまま、そう続ける。
今のは気のせいだったのだろうか?
「男視点……?」
「そう。対して、オレは女視点を知りたい」
確かに、彼には物凄く必要なことだろう。
「『すくみこ! 』の知識じゃなく?」
「本当にその世界かも分からん知識を詰め込んでも無駄だと思うぞ」
なるほど……。
彼は、この世界を「すくみこ! 」とは思っていないらしい。
「でも、多分、他の人たちは『すくみこ! 』だと思っているよ」
先ほどの自己紹介を見た限り、そんな感じだった。
「『七羽』の神たちの名前が違う時点で? 『ヴェント』って名前は原作にも出てきたが、『ズィード』なんて聞いたこともないぞ。『赤羽』も名前は『フェーゴ』ではなく、『ジエルブ』だった」
なるほど。
原作ではその名前だったのか。
「そうなると、原作と『すくみこ! 』の『七羽』の名前は一緒っぽいかな。残りは、レディアンス、ヴァダー、テール、ヒンメル、エスクリダン?」
だけど、この世界では違うということは頭に入れておかねばならないだろう。
「……おお」
どこか彼は戸惑ったようにわたしを見た。
なんでだろう?
「ただ、先ほど案内人を名乗ったディアグツォープ様は、同じ名前で、よく似た容姿の女神が出てきた」
あれ?
「ディアグツォープ……様?」
さっき彼が他の神様たちの名前を口にした時はなかったよね? 「敬称」なんて。
そんなわたしの視線と台詞に気が付いたのか……。
「仕方ねえだろ? 原作で主人公が何度もあの方をそう呼ぶんだから!」
そう言いながら、「アルズヴェール」はどこか気まずそうに顔を逸らした。
「悪いとは言ってないよ。わたしも、『すくみこ! 』の創造神を語る時に、『様』を付けたくなる時はあるもの」
ここ数年は語ることもなかったけど。
「それだけ、原作が好きなんでしょ? 主人公の口癖が移ってしまうほどに」
でも、わたしがそう付け足すと、彼は分かりやすく目を見開いた。
「……馬鹿にしないのか?」
わたしに向かって、おずおずと言う金髪美少女。
「なんで?」
どこに馬鹿にする理由があるのか?
「その……、男が少女漫画なんて……」
外見美少女がそんなことを言うが……、多分、わたしは彼本来の姿で問われても、同じ言葉を返したことだろう。
「男が少女漫画を読んで何が悪いの? それだけ良い作品だったのでしょ?」
わたしは、絵柄で避けていたが、彼にとってはそれだけ読み込みたくなるような作品だったのだろう。
普通、漫画で出てきた神様の名前なんてそう覚えていないと思うのだ。
「わたしだって少年漫画好きだしね」
「腐った意味で?」
彼が訝し気な視線で問いかけてくる。
「腐ったことはないなぁ。男女のカップリングの方が好きだから」
そんな作品を見たことはないとは言わないが。
友人が描いていたせいか、BLやGLは、それぞれ同性同士ならではの視点があることは知ってるし。
「あんた、変わってるって言われないか?」
「学生時代には類友しかいなかったし、社会に出てからは言われるほど深い付き合いの人間はいないからなんとも?」
変わっているという自覚はある。
だが、直接言われたことはない!
「改めて、頼みたいんだけど、オレと手を組まねえ? その……、キスのことは本当に悪かったから……ごめん!」
そう言って、彼は90度に腰を曲げてわたしに謝罪した。
う~ん。
ここまで若者が下手に出てくれるのに、いつまでもすねるのも……、大人気ないよね?
いや、流石にショックだったけど……、相手が美人さんだっただけマシと思えなくもない。
「男視点で何かを見るって発想はわたしにもなかった」
それは本当のことで……。
「利用する形になるけど、それでも良い?」
わたしがそう言うと、彼は顔を上げる。
「それはお互い様だろ?」
不思議そうな顔をしてそう問い返す。
うん、彼は素直だ。
「それで良いなら、よろしく、『アルズヴェール』。いや、『境田』くん?」
最初の自己紹介で聞いた名前が本名だったと当たりをつけて、確認してみる。
「『光』で良い。『くん』もいらない。あんたの名前はどっちが本当だ? 『陽菜』? 『はんな』? それともどちらも仮名?」
そして、名前については、彼も気になっていたようだ。
「陽菜が本名だよ、光。苗字も『宮本』で間違いない」
年下とは言え、異性を呼び捨てるのに抵抗がないわけではないけど……、当人が望むなら仕方ない。
まあ、見た目女性だし、女性でもおかしくはない名前なので、そこは割り切ろう。
「あ。でも、名前は呼ばない方が良いかも」
ふと思った。
「は? なんで?」
彼は目を丸くする。
「他の人が見たら、本名の呼び合いって変に思うかなって。だから、さっきまでみたいに『アルズヴェール』、『ラシアレス』で呼び合った方が良いと思うんだ」
わたしがそう言うと、彼は露骨にホッとした顔をした。
「なんだ……。焦った……」
そう言いながら、少しだけ頬を赤らめる美少女。
どうしよう?
この可愛らしい生き物。
ぎゅっと抱き締めて良いですか?
いやいやいやいや!
落ち着け、わたし!
中身、男性! 中身、男性!! 中身は顔も知らない男性!!!
でも、可愛いってお得だ。
こんな顔だけで、先ほどの罪も含めて、浄化されてしまう気がする。
「どうした?」
その場で、うっかり立ち止まってしまったわたしに、「アルズヴェール」は心配そうに声をかけてくれる。
「『アルズヴェール』が可愛いって話」
わたしは素直にそう答える。
中身は分からないけれど、この外見は間違いなく、わたしが見た中でもトップクラスの愛らしさだ。
現実にいたら、いろいろと苦労が絶えない気がするぐらいに。
「は? 『ラシアレス』の方が絶対、可愛いって」
「小柄な女性が好み?」
「違う。人を少女趣味みたいに言うな。『ラシアレス』の外見はオレのドストライクなんだよ」
大きく垂れた瞳、大き目の口、丸顔、柔らかそうなほっぺた、あまり高くはない鼻、胸はあるけど、小柄な身体。
……少女趣味を疑っても可笑しくないと思う。
実際、「ロリ」枠扱いされていたし。
いや、どの「みこ」も15歳からスタートなのだから、実際「少女」に間違いはないのだけど。
因みに「すくみこ! 」にて糖度高めな場面は3年後、18歳以降となりますので、プレイの際はご注意ください。
ああ、少なくとも、三年はこの世界にいる可能性が高くなった……かも?
「えっと……。少し距離を取ってよい?」
中身はともかく、外見がストライク発言……。
それも、ド級なら、女としてはそうせざるを得ない。
わたしは少し、後ろに下がろうとする。
「止めてくれ。結構、ショックだから」
そう言って、彼は項垂れながらも、わたしのがっしりと両肩を掴んだ。
まるで「逃がさない」とでも言うように。
う~ん。
手を組まない方が良かったのかな?
もしかしなくても、早まった?
そう思ったけど……、今更、後悔しても遅いのだろうね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




